あのこは貴族で私はフェミニスト?

「あのこは貴族」が描いた世界

友達に誘われて映画「あのこは貴族」を見た。
見てよかった。
原作も買って読んだ。
映画とは違う良さがあってよかった。
映画を見た時パンフレットを買いたかったけど売り切れていたので、後日同じ映画館に行ってパンフレットだけ買って読んだ。
買いに行ってよかった。

ああ何て語彙力、だけどまあ、率直な感想となると上記の通り。

今はちょうどパンフレットを読み終わったので、この感覚が冷めないうちにパンフベースで派生して考えたことをメインに。

映画「あのこは貴族」を見たことのない人に一言で説明すると「シスターフッド」がキーワードになる映画です。でもそれだけじゃ圧倒的に説明不足。何だろう悲しいかな自分自身がシスターフッドという言葉にむずがゆさみたいなのを感じてしまっているからな気もする。それ自体が変だよね、ほんとは。

パンフレット内で、監督・脚本の岨手さんの言葉に「日本では女性について発言をするときに『自分はフェニミストではないけれど(=面倒くさい女じゃないですよ)』という前置きをしないと、意見を言いにくい雰囲気があります。」とあり、あぁああああと感嘆してしまった。ほんそれ。まさにそれ。

フェミニストに「なっちゃった」のか?

約2年前に同じ会社の中で異動があり、環境がガラッと変わった。古い体質の会社だとは以前から思っていたが、周囲に中年男性が増え、彼らのミソジニーのすごさにドン引きすることが増えた。
明らかに馬鹿にした文脈での「女性ならではの意見」というコメント、部下だから、近くにいたから、ではなく「女だから」頼むお茶出しや電話対応。これ以上挙げるとムカついてくるので一旦終わり。

今までは、運よくそういう人がいなかったのか、各々忙しく総じて目の前のことをがむしゃらにやるしかなかったため気にする余裕がなかったのか、そんなに気になることがなかった。
同世代の方が「学生までは男女差別されたと感じたことはない。社会に出てから、『こんな古い価値観の人たちがまだ実在しているのか』という衝撃を受ける。」と言う主旨のことをツイートしているのを見た時は、いたく共感した。
むしろ、以前は私も「男尊女卑の考え方の人が一定数いるのは仕方ない。家事は女のものって言われるのが嫌だったり共働きしたりしたいなら、理解ある男性と結婚すればいい」くらい言っていた。無自覚な差別も考えると「理解ある」人は一握り。嫌な扱いを受ける当事者になって、ようやくこの思考の浅はかさに気づいてきた。

で、折に触れていらんことを言われるので、しょっちゅうtwitterで、時には対面で本人に怒っている。最近の自分、アラサーちゃんで、フェミ化した時のヤリマンちゃんみたい。・・・って自嘲気味に言ってしまうのも虚しい。フェミニストかどうか、とかフェニミストになるならない、とか、気にしてしまうことそのものがナンセンスなんだよね。

彼らの言動で更にムカつくのが、私が「今回の件で女だから、は関係ないのでは」と言うと「あーそうだよね、ごめん」と改めるどころか、「まぁまぁまぁ」「まーた怒っちゃって、(これだから女は・・)」的な流れに持っていこうとするところ。
育った時代が違うし、他人を変えようなんておこがましいし、無自覚で人を傷つけることは誰にだってあるけど、本人が仮にも勇気を振り絞って嫌だって言ってることを、流すって何。こっちだって雰囲気悪くなるの分かってるし言わないでいいなら言いたくない。
あと、あからさまな失言をするのは中年の男性がほとんどなんだが、理解ある俺アピールしながら「〇〇ですよね」って言ってくる、〇〇が女性蔑視であることに気づいていない同世代男性にも腹が立っている。

それから、一部の若い女性至上主義男性の失礼な扱いを嫌がっているだけなのに「おばさんが若い子に嫉妬しちゃって」って図式にするあのノリ、全然おもんないからやめろ。

分断されても生きていく

何の話でしたっけ。時を戻そう。そう、でも望んでもないのに勝手に分断されやすいんですよね女性は。「女の敵は女」という形で。とりあえず「心中天網島」に触れてみたい。

そして、この映画を語る上で外せない地方と東京(のエグゼクティブ)という図式。「花束みたいな恋をした」でもここまでではないが近い描写があり、地方民側に感情移入したが、今作で地方出身者として描かれる美紀の話は、わかるわかるよーーという感じだった。もちろん彼女のようなレベルの大学には入っていないし、夜の仕事をしながら稼いだことはないし、自分の出身は雪国でもない。でも、彼女が松濤(なんて地名ちょっと前まで知らなかったよ)で育った華子や、政治家一族の幸一郎に抱く感情はわかる気がした。原作者の山内マリコさんは富山出身なんですね。どうりで。あと、私にも東京のイメージがあった水原希子氏のインタビューに「私も神戸から東京に憧れをもって上京して・・・」とあって、「神戸も十分都会っぽいけど、まぁ、東京は別格か・・・」と思って読んでたら、最後のプロフィールに「アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身」ってあって、話ちげーじゃねえか!と思ってしまった笑
いやまあでも、神戸のこともダラスのこともよく知らないし、そういうステレオタイプで判断するんじゃなくて、色んな違いを受け入れて、励まし合って生きていこうっていうのが、彼女のメッセージで、ほんとそれに尽きる。

花恋の時も思ったけど、うまくおすすめできないけど人に見てほしい映画。今回も、東京でずっと育ってきたあの人が見たらどう思うのかな、っていう人が何人かいる。

監督・脚本の岨手さんは長野出身だと。下の名前に「貴」とあって変換するときに「貴族」って一度打って消して、ちょっとふふってなってしまった。終わり。


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