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浅草は賑やかじゃなくちゃ

海外からの観光客も多く、平日も大勢の人で賑わう浅草。隅田川沿いの花川戸商店会に、この街をこよなく愛する雑貨店店主がいた。

絶やすわけにいかない 浅草商店主たちの意地

商店連合会の事務局長であり、浅草サンバカーニバルの運営を率いる諏訪信幸さん。「この辺も昭和20年3月20日の大空襲でぜんぶ焼けちゃった土地。そういう廃墟から盛り上げてきたのが親父たちの世代。高度経済成長を迎えて、復興していく浅草を見た。でもそれが1980年代になると衰退して、人
がぜんぜん来なくなった時代があった。そこからもう一度、この街を回復させるとき、36年前に先輩たちが始めてくれたのが、このサンバの祭り。これを絶やすわけにいかない。浅草の商店主たちの意地だ。

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サンバのレコードなど日本では手に入らなかった時代に、雷門の前につくったステージで十数人が踊ることから始まったというサンバ。最初は、きわもの扱いする人もいたという祭りが、今や50万人もの人が訪れる、東京が誇る祭りへと成長。2014年に諏訪さんは世界のサンバカーニバル主催者によるリオデジャネイロでのコンベンションにも招かれ、英語で浅草サンバカーニバルのプレゼンテーションも行ったという。

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サンバの力で地場産業も盛り上げる

「リオのカーニバルにも参加したれど、あれはすごい。東京23区のどこにいってもサンバをやっているような規模に圧倒された。」35回目となる2016年の夏の準備をしながら、諏訪さんが構想しているのは、サンバカーニバルに関連する装飾品づくりを浅草や墨田区の産業として根付かせること。

「いい町工場がいっぱいある。サンバの力で地場産業も盛り上げることが、自分に課した宿題。」諏訪さんの新しい挑戦が始まっている。

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浅草サンバカーニバル
日時:2020年は新型コロナウィルス感染症の影響から開催中止
場所:浅草・馬道通り~雷門通り

今回インタビューに答えてくれたヒト
浅草サンバカーニバル 実行委員会
事務局長 運営委員会 委員長
諏訪 信幸 さん

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※このインタビュー記事は2016年にGTFガイドブックに掲載したものを加筆修正しました

「祭り」の伝統を次世代に繋ぐため、裏方として活躍するヒトやモノのストーリーを発信していきます。頂いたご支援は祭りの伝統を繋ぐ人たちへの取材費とさせていただきます。