自分を縛る自分も愛せよ
大抵のことは「できるかできないか」だけでみれば「できる」はずです。
でも日常生活の中では、そんな突飛なことは普通やらないものです。
そもそも法律があるから。
というより、法律を守ろうとする自分がいる、というのが正しいと思われます。
好き勝手しないのは、自分を縛っているから
自分の欲望のままに、アクセルを踏まないのは、ちゃんとブレーキを学習してきたからです。それは家庭であったり、学校であったり、様々な場面で生きていくために体験から学習し、自分を適応させてきた結果といえるでしょう。
社会で生きていく上では便利なブレーキなのですが、あまりそればかりうまくなってしまうのも考えものです。
私の場合の縛り・・・「やるべきこと=課題=決めたら頑張る」
例えば私の傾向だと、「やるべきこと」を決めるとそれをとにかくやり切ろう、頑張ろうという気持ちになります。それが「やりたいこと」でなくても・・・です。
自分の欲望にブレーキを踏み、ストップをかけてその代わりに「やるべきこと」を頑張らせる自分が現れる、というイメージです。
そのために「真面目」とか「頑張り屋」といったイメージをもたれることがあります。好きでやっているわけでもない時もあるのですが、結果としてそのイメージは社会で生きていく上でプラスを私に与えてくれてもいます。
問題は行きすぎた時でしょう。抱え込んで頑張りきれない時はパンクしてしまったり、他者に同じような頑張りを求めるといったことは、注意しなければなりません。
そして、あまりにブレーキばかりではなく、自分にはアクセルがあるんだ、ということも忘れないのも大事なことです。それを忘れると、無意識にブレーキを踏みすぎた反動で急にアクセルを踏み込んで大暴走!なんてことも・・・。
つまり、本当に自分が「やりたいこと」はなんだったっけ?と自分観察・注目する姿勢も忘れずにおくことです。
感謝の言葉
もっと楽に生きれたらいいのに・・・という思いは私と似たタイプの方はどこかで思う瞬間があるのではないでしょうか。
でも「楽をしない自分」という「自分への縛り」の効果もあって、自分の「今」がある、ということを忘れてはいけないのでしょう。
そのことを感謝をしつつ、共存して生きていくことにしましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想・コメントをいただけると嬉しいです!