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【掌編】『かがやける未来』

 ビデオの中でねているのは君だった。テーブルの向こう側の椅子に座りちょっとだけ視線をこっちに向けた。

「恥ずかしいんだけどー」僕が構えるビデオカメラに向かって小声で言うと両手で顔を覆う。

 このビデオテープを再生して見たのは、いったいいつ以来だろう。友達から借りたビデオカメラが面白くて何でもかんでも撮りまくってた頃だ。少し気持ちを落ち着けて記憶をたどるけど、時間が経ち過ぎてもう思い出せない。

 君はおどけてすました顔をして見せる。すぐに噴き出して笑い転げる。手で口を覆う仕草が懐かしい。

 少し前、ふと君を思い出しながら短い文章を書いた。楽しかった出来事を書き出すと時間を忘れていた。そして、それと同じくらいの悲しい出来事も思い出した。でも、それを書いていなければ、こうしてビデオを見る事は無かっただろう。何年もの間、僕は君の記憶に鍵を掛けていた。ビデオの存在さえ思い起こすことはなかった。

「もう止めてよー」口を覆った手を降ろすとこっちを睨む。やけに幼く見えるあの頃の君がいた。ビデオは終わった。

 ほとんど氷だけになったグラスに焼酎を継ぎ足す。

 記憶の池の底に散らばっている欠片を拾い出そう。吉祥寺のどこかのビルの喫茶店。その後、いったい何を話したんだっけ。

 今は多分もう無くなっているだろうその空間で。

 向かい合って座って。

 - ねえ、君は覚えているのかな -

 もし、ビデオのように時を巻き戻せたら...…。それでもきっと僕は君と出会い恋をするよ。

 二人で願った(ほんの一瞬だったかもしれない)未来が、今度こそやってくるかも知れないから。

 
 


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