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ジャズ現在進行形/または世界地図と旅する男①
ミスタ・ジェイコブズが私の住む村にやってきて、そろそろ半年ほどになります。
私は彼がなにをしているひとなのか知りません。
おそらく村の誰もわかっていないと思います。
彼はみどり屋の2階に間借りしています。
みどり屋は村立小学校の正門向かいにある文房具屋兼駄菓子屋で、12歳以下の子どもたちのサロンでもあります。
みどり屋のおばちゃんの話によると、ある日村役場のひとがミスタ・ジェイコブズを伴ってやってきて、このひとをしばらく置いてやってくんねえか、と言ったそうです。
その日から、田舎道を散策し誰とでもにこやかに挨拶を交わす彼を、村はなんということもなく受け入れているようでした。
先週の木曜日、必要な書類を発行してもらいに村役場に行った帰り、久しぶりにみどり屋の前を通りました。
ミスタ・ジェイコブズが店の前のベンチに腰掛けて、パピコを食べていました。
よく見ると、みどり屋のおばちゃんが彼の横に座って、やはりパピコを咥えています。
ひと袋のパピコをふたりで分けたに違いありません。
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彼は私を認めると流暢な日本語で話しかけてきました。
「アイスすごく美味いよ。食べていけば?」
私は彼から声をかけられたことに少し驚きましたが、その気になったので冷凍ケースからパピコの白いのを取り出し、おばちゃんにお金を払いました。
ふたりは、ミスタ・ジェイコブズが訪れた国について会話をしていたようです。
ミスタ・ジェイコブズの膝の上にはボロボロの世界地図が広げられていて、横から覗くとそれはたくさんの書き込みや下手な絵やステッカーなどでびっしり埋まっていました。
ベンチに並んでパピコを食べながら地図を指さしたり穏やかに笑いあうふたりの様子は、なんだか親子のようにも見えました。
知覚過敏の歯に沁みてきたので、2本目のチューブを彼にあげました。
彼は「日本のアイスは最高だね」と喜びながら、足元にあった汚いバッグに手を突っ込むと、これじゃない、あれでもないと引っかき回したあげく、一本のカセットテープを掴み出して私に差し出してきました。
「お礼になるかはわからないけど、音楽を楽しんでくれ。俺はこのアイスを最後の一滴まで楽しむよ」
貸してくれたのか譲ってくれたのか判断がつきかねるカセットテープを曖昧な気持ちで持ち帰り、その夜古いテープレコーダーを出して聴いてみました。
はじめて聴くものもありましたが、いくつかは楽曲検索アプリを使って曲名や人名を調べることができました。
♪ "Everything Is Going to Be OK" by GOGO PENGUIN
最高にクールなマンチェスター出身のトリオ。
ベーシックなスタイルにミニマルもエレクトロをも取り込んだ、確かなテクニックとアンサンブル。
♪ "ALTITUDE (feat. Michael Mayo + Joel Ross)" by NATE SMITH + KINFOLK
ジャンルレスな活動で現代NYのシーンを代表するドラマーがリーダーを務めるグループ。
柔軟性とキレと揺らぎが共存するプレイは他に得難い魅力。
♪ "METAMORPHOSIS" by Grégory Privat
マルティニーク出身のピアニストのリーダー作。
畳み掛けるようなリズムと特徴的な左手の鳴らしかたは、やはりカリブ海のDNA?
♪ "Groove del Pregón" by Martín Meléndez
キューバにルーツを持ち、現在はバルセロナを拠点とするチェロ奏者。
全編ピチカートで弾きまくるこの曲、めちゃくちゃカッコイイ!
♪ "Manhattan Island" by ATOM String Quartet
「弦楽四重奏でジャズ」というコンセプトが単なる看板ではないことがよくわかる、スリリングにドライヴするカルテット。ポーランド、ワルシャワから。
♪ "2000 Years" by Louis Matute
ホンジュラスがルーツながらジュネーヴで生まれたギタリスト/コンポーザー。
変拍子のこの曲、ホーンやストリングスの重ね方とメロディが美しくてうっとり。
♪ "CORCOVADO" by Vicente Amigo
現代フラメンコ・ギターのトップ・プレイヤー、アンダルシア出身。
こちらもトップ・ベーシスト、Marcus Millerとの共演は両者が正面からぶつかり合う超絶技巧の応酬。
♪ "Los cuentos del arce" by Pasajero Luminoso
ブエノス・アイレスで活動する四人組グループ。
派手さはないけれど、しなやかなグルーヴとしっとりとしたメロディは「南米のパリ」と呼ばれた街の伝統かも。
テープの音楽を聴き終えると、私はやはりこれはミスタ・ジェイコブズに返そうと思いました。
この使い込まれたカセットテープに、彼の旅の断片が記録されているような気がしたからです。
(この稿つづく)
top image : BRRT, Thank you for letting me borrow your wonderful work.
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