正論を振りかざしそうになると、祖父の死を思い出す。
Xを見ていると、毎日必ず「正論」を見掛けます。
気持ちの滅入っている人が吐いた弱音に対して、一万人が正論をぶつけます。
「自分が選んだのだから自業自得だ」とか、
「統計的なエビデンスがない」とか、
「科学で証明されているから正しい」とか。
そんなとき、いつも思い出すのは、祖父が亡くなったときのことです。
今回は、胃がんで亡くなった祖父の話を介して、
「正論が正しくなくなるとき」について書きます。
どうしても明るい話にはなりませんので、
ネガティブが苦手な方、センシティブな方は、また明日お会いしましょう。
それではよろしくお願いします。
厳格な祖父
父方の祖父は厳格な人でした。
祖父の部屋には海軍に勤めていた時代の表彰状がところ狭しと並び、整然と手入れされた庭園と数十鉢の盆栽は、その性格を写し取ったようでした。
私たち孫が遊びに行っても表情と威厳を崩さず、ニッコリと笑う姿はほとんど見たことがなかったと記憶しています。
大酒家の祖父がアルコールを飲むことができなくなり、異変を感じて病院にかかったのは、彼が80歳ぐらいのときでしょうか。
当時の私は大学生で、薬学を学んでいました。
診断は胃がんと食道がんの併発。
いわゆる、がん末期というもの。
「一度も病院に世話になったことがない」と豪語していた祖父は、突然、余生のすべてを病院で過ごすこととなりました。
怪しげな治療法
ただ病名が付いただけで、それ以外は昨日と何も変わらないハズの祖父は、昨日とはまったく異なる人物に見えました。
日に日に衰えていき、二週間もすれば厳格な祖父の姿はもはやありませんでした。
やがて食事も満足に摂れなくなり、痩せ細る祖父の姿を見る日々。
医師も諦めたのか、緩和ケアに方針を切り替えたようでした。
見かねた誰かが、ある日、こう言いました。
「免疫を増強させる飲み薬があるらしい」
免疫を増強させる。
私は嫌な予感がしました。
その飲み薬とやらの金額は、数百万円。
祖父の手持ちと、親族で少しずつお金を出し合えば可能な金額でした。
薬学を学んでいた私は、正直、大反対でした。
それで末期のがんは治らないよ。
そんなお手軽な、民間療法みたいな手段で治るんだったら、誰も死にはしないじゃないか。
そんな "正論" が頭をかすめます。
家族の心を支えたものは
でも、言えませんでした。
言いませんでした。
皆が、その治療法に縋ろうとしていたから。
望みをかけていたから。
一度も頭を下げたところを見たことがない祖父が、深々と首を垂れて懇願しているのを目の当たりにしたから。
祖父は、その治療を施してから10日後に天に召されました。
皆が泣きました。私も泣きました。
そして祖父の葬儀が終わると、誰もが口々につぶやいたのです。
「できることはやった」
「おじいちゃんは頑張った」
と。
そう。
残された家族の心を支えていたのは、私が内心では侮り見下していた、あのときの「何の科学的根拠もない治療」だったのでした。
もし正論を振りかざしていたら
もしあのとき私が「そんな治療に意味はない」と科学を根拠に断じていたら、どうなっていたのか。
今も、事あるごとにそれを考えます。
そこには、実父の亡き後に「あの治療をやっておけば」と後悔して自責する、私の父の後ろ姿があったかもしれません。
このエピソードは、私たち以外の人からすれば、
「高額詐欺に引っ掛かる、哀れな一家の話」です。
それこそ、Xで嘲笑されて、軽蔑される類の。
でも、そのときの祖父にとって、家族にとって、科学は「絶対的なもの」なんかではなくて。
理屈だけで行動を決めるわけでもなくて。
人びとが何かに縋ろうとしているとき、
心のよりどころを求めるとき。
それを正論で捻じ伏せようとする行為の危険性を、私は祖父から教えてもらったのです。
まとめ
今回は、祖父のエピソードを通じて、
「正論を振りかざす行為の危険性」について書いてみました。
「科学的裏付けのない行為」が正しい場面もあるのだ、と知ることは、人に対して優しくできるキッカケになりうると思います。
とくに私のような「科学とエビデンスを武器に仕事をするタイプの人間」は、よくよく気を付けていなければならないですね。
普段は読書によって得られた知見をもとに、記事を書いています。
更新頻度は高くないのですが、薬剤師についてのマガジンもあるので、よろしければ。
それでは、また。
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