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戦争が終わらない理由|イラク

1985年~1988年
イラクの聖地とも呼ばれるナジャフという街で、
400床の総合病院で医療機器をメンテナンスする仕事をしていた。
 
当時のイラクは、イランとの戦争の真っ最中ではあったが、
主にイランとの国境沿いでの戦闘が行われていた一方で、
ナジャフの街はまだ静けさも治安も保たれていた。
 
ある日、手術部門のイラク人医師からお茶に誘われたので、
チグリス川のほとりで彼の友人2人とともに雑談をしていた時の話しだ。
 
その医師から、
「日本はどうして戦争をやめることができたのか?」
という質問があった。
 
あまりにも唐突な質問だからというだけではなく、
私自身が当時は政治や文化や歴史といったことに全く関心を持っていなかったため、

「日本は戦争に負けたからやめたというだけだろ。」
と、気軽に返してしまった。
 
しかしながら彼の反応はもっとはるかに重いものだった。
 
「イラク人は負けを認めることをしないのだよ。
負けたのだと言われても、
全く聞く耳をもたずにひたすら戦争を続けようとする。
だからいつまで経っても戦争が終わらないのだよ。」
 
という話しだった。
 
彼はさらに続けた。
 
「ずっと戦争が続いているために、医療も教育もめちゃくちゃだ。
いつまで経っても国が良くならない。

一方で日本は、第二次世界大戦で戦争が集結した後は、
数十年で復興して経済発展した。

いったいイラクと日本で何が違うのか、教えてほしい。
この国はいったいどうしたら良くなることができるのだろうか」
 
とのことだった。
 
しかしながら、当時の私というと、
母国日本の歴史や文化すらも全く関心がない状態で、
返答することすらできなかった。
 
そういう自分が何だか情けなく感じたことが、
より記憶に残ることになった出来事だった。
 
その会話の時点ではまだ戦争の余波も少なかったが、
その後国境周辺での戦闘状態も激しくなり、
病院には毎日のように多数の傷病兵達が運ばれてくることになった。
 
たまたま病院の廊下でその医師とすれちがった際、
あまりにも真っ赤な目をして疲労困憊している姿が見て取れたので、
 
「どうしたんだ、何があったのか?」と聞いたところ、
 
「もう1周間くらい寝ていない。
けが人が多すぎて手術が間に合わず、スタッフも医薬品も足りない」
とのことだった。
 
続いて
「頼むから手術を代わってくれ」
とのことだったが、私自身は医療機器の技術者であって、
医師ではないことから、当然断らざるを得なかった。
 
もちろん彼の方もそれくらい知っているのだろうが、
どうしても言いたくなったのだろう。
 
現地のテレビ映像では、
なぜか国境沿いで倒れた○体の山が延々と放映されていた。
中東の50℃を超える暑さの中で放置されたものがどうなるのか、
思い出したくもない。
 
私が直接会った病院の人達は、
皆が笑顔で声をかけてくれて、お互いに冗談も言いながら過ごしていた。

忙しい日本人とは違って、
廊下ですれ違う人達もどこかのんびりしている雰囲気があり、
私にとってはむしろ日本にいる時よりもずっと居心地が良いと感じていた。
 
それでも戦争というあまりにも大きな命題に、自分の無力さを痛感させられる日々だった。
 
 

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