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【後編:わたしとグラヴィス】

前編はこちら↡



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グラヴィスルームでいつも言われてきたのは「感覚を育てるんだよ」ということ。

今の時代、情報は簡単に得られるけれど、感覚は検索することができない。
だから自分で感じていくことが大事だよ、と。

でも、私はすごく頭で考えてしまう性質。

そして、今こうやって書いていても思うけれど、言葉に落とさないと気が済まない。

グラヴィスをもっと深めてみたい、と思うようになっていた私は、なんで身体が楽に感じるのか、理屈や理論が知りたかった。

だから最初は、言われたことを聞き漏らすまいとメモを取ってばかりで、感覚を育てることからすぐに離れてしまっていた。

途中から、とにかく感覚で捉えていくことだけに集中していこうということになった。

でも、これ以上、感覚を育てるってどういうことなんだろうか。
感覚の世界に浸ってしまうことへの怖さもある。

グラヴィスの世界観は美しいと感じるけど、私の言葉では説明ができない。

今までの常識の外にあって、万人に伝わるものではない気がする。

続けるも続けないも自分で決めることとわかっていたけれど、もやもやも出てくるようになっていた。

そして、次第に”心のしこり、詰まり”にも行き当たるようになる。


私は、社会人になるまで、求められたこと以上の成果を出そう、今いる世界で上を目指すのだと、頑張ってしまうところが強かった。

仕事で心身の調子を崩して辞めてからは、今までとは違う生き方をしようと思ってきた。

でもやっぱり、いつかどこかの世界で活躍したい。
今持っているエネルギーを何かに活かしたい。
そのためには努力が不可欠で、ゆるんでいる場合ではない。
時間を無駄にしてはいけない。
早く、効率良くやるんだ。

そんな思いが、心の奥底にずっと流れていた。
何層にもわたって、深く。

だからグラヴィスでゆるめてゆったり過ごすことで、どこかで今までの自分を否定するような感覚や、罪悪感が生まれはじめた。

その頃の日記には、こんなことが書いてある。

「『ゆっくり、ゆったりって何?それで生きていけるんならいいよね。世の中そんな甘くないんだよ。』
そういう言葉が、自分に出てきてしまう。そう言われるのが怖い。(2021/1/11)」

だんだん、自宅で緩めようとしても、もやもやが募り、頭ばかりが回ってしまうようになった。

グラヴィスルームで、そのもどかしさや、やり場のない怒りをぶつけたこともあった。

そうした中で、転機が訪れた。

第二子を授かったのだが、程なくして切迫流産になり、入院することになったのだ。

グラヴィスルームに通えなくなった。

トイレとシャワー以外は立ち上がることのできない生活を、ひと月送ることになった。

点滴の副作用で気が滅入りそうになりながら、ぼんやりと天井を見つめる。
半身幅ほどのベッドで、帯をするのがやっと。
腕を伸ばして緩めることもできない。

しばらくしてふと、やりたいと思いついたこと。

それは、ゆっくり心ゆくまで、絵や文章をノートに書くことだった。

自分では意外だった。

自分の中から、ゆっくり、じっくりやりたいという言葉が出てくるとは。


毎日毎日、ぼーっとしながら、時折思い出したように起き上がり、コツコツと書いていった。

そうしたら、なんだが満たされるような、穏やかな達成感が生まれた。

「私ってもっといろんなこと、納得するまでじっくりやりたいし、書きたいし、整理したいのかも。」

そう思って、退院後も時間をつくってはじっくりものを書いたり、整理したりする生活を送るようになった。

こういう生活、やろうと思えばできるのか。
今まで何でやってこなかったんだろう。

すごくホッとする自分がいた。

ありがたいなと思った。

グラヴィスルームからは一度離れて、自分なりにやりたいと感じたことを、やっていく妊娠期間を過ごした。

そうして迎えた、2人目の出産。

人間から動物になって、頭の中が空っぽになった。

身体はバキバキになり、特有の興奮状態が続くので、努めてゆっくり過ごす。

そんな日々の中で、帯をして緩める心地よさ、幸福感が、純粋に染み渡ってきた。

「隙あらば帯してアイマスクして寝る。
 帯すると、じわーってスライムみたいに地面に溶
 けてく感じ。
 身体がまとまって一体となって動ける。
 何度やっても、帯するとやっぱり違う。至福。(2022/9/13)」

ああ、なんか久しぶりだなと思った。

身体に優しくできて、ホッとして。

生まれてきてくれた子供にも、「ありがたいなぁ」という気持ちが自然に湧き起こった。

気持ちいいなと思えるようになってから、様々な気づきがあった。

グラヴィスを面白いと思うあまり、広めたいとか、誰かに説明したいとか、その先に何かの頂点を目指すような成功イメージが根強くあったんだなということ。

そんな思いばかりが先行して、バランスが崩れていたんだなということ。

ずっと、原理を教えてもらいたいとばかり思ってきたけど、自分で感じたことの中に、私の答えはあるのかもしれない。

その答えは人によって違うだろうし、それでいいのかもなということ。

私がこれまで社会と思ってきたものが、すべてではないってこと。

もっと違う世界で、楽しんで生きたいって、願ってもいいんじゃないかってこと。

本当に、私がゆっくりゆったり、楽しむことを実感することが大事なんだってこと。

私はこれがいいな、好きだなと思っていることが大事なんだなということ。

どれも、言葉としてはグラヴィスルームで聞いてきたように思う。
でもやっと、実感を持って、思えるようになった。その入り口に立った。

ここまで書いてきた変化や気づきが、すべて直接グラヴィスによるものだったかと言われると、わからない。

他にもきっかけになるようなことはあったように思うし、これをやったからこうなった、と言えるほど、人間って単純にはできていないはず。

でも、身体と心ってつながっていて、身体に優しくしてあげることができると、気持ちも含めてバランスが取れて、ゆとりが生まれて、気づきを得るスペースみたいなものができるのかもなと思う。

心身のバランスが悪いままだったら、ここまでの旅路はなかったんじゃないかな、と。

そしてグラヴィス帯やグラヴィスルームは、自分が自分の素に降りていくための、穏やかでやさしいガイド役なんだなというのが、今の実感だ。

きっとこれからも、感覚が育っていったら、いろんな気づきや世界が見えるのかなと思う。

これからもそんな日々を、楽しんでいきたい。
今はそう、思っている。

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私は亜豆沙さんからこの文章をいただいた時、自分の中にワッーと熱が広がるのを感じました。

今回の文章は、お願いして書いてもらったものではなく、亜豆沙さんが自分の想いを「文字」にのせ、純粋に私たちに届けてくれたものです。

「書いてみたい」というシンプルな想いが真っ直ぐに届いて、まさに重力で引き寄せられる様に、私の心も引き込まれました。

グラヴィスを実践していると、必ず自分の本質と向き合う場面が訪れます。

それは自分の弱さや課題だったりするので、場合によっては目を背けたり、逃げたくなったりしますが、じっくりと時間をかけてでも前に進んでいけば、必ず見えてくるものがあります。

亜豆沙さんはそんなプロセスを経て、たくさんのことを実感しながら前に進んできた、というのが何より伝わります。

私は勿論のこと、いまグラヴィスを実践している、そしてこれからグラヴィスを知っていただく多くの方が、共感出来る言葉なのではと思います。

グラヴィスとご自身の繋がりを言葉というカタチで表現し、ここでみなさんに紹介する機会をくれた亜豆沙さん、改めて本当にありがとうございます✨

そして最後まで読んでいただいたみなさま、ありがとうございます🌺

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