見出し画像

不登校と闘っている人たちへ。

こんにちは!
子ども運動教室LUMO(ルーモ)、児童指導員の射場です。

私は指導の合間に、子どもたちといろんな話をします。
ときには「学校に行きたくない」と言う子もいます。
「お友だちがいじわるしてくる」「勉強がむずかしい」「なんか面倒くさい」など、理由はさまざまです。

そんなとき、私は決まって「本当にしんどいなら、行かなくてもいいと思うよ。」と伝えています。
なぜなら私自身が、ココロやカラダを壊してまで行くことはないと、
身をもって感じているからです。

子どもたちにとって学校に通うことは将来の為に準備する”手段”であり、
“目的”ではありません。
無理をしてまで学校に通う必要はないと考えています。
では、子どもが学校に行けなくなった場合、どのようなサポートができるのでしょうか?

小中高と不登校を経験した私が
【学校以外で学ぶという選択】についてお話していこうと思います。

今回の記事で“不登校”という言葉のマイナスイメージを少しでも減らせればと思っております。
また、『学校がよくない』ということではないので、そちらも踏まえた上で読んでいただければ幸いです。

ぜひ最後までお付きあいください!



ある日、思い通りに動けなくなった話

私が小学5年生の頃、授業についていけないことが増えてきました。
特に漢字の書き取りが苦手で、宿題や小テストは、かなりのストレスでした。
担任の先生も化粧品の匂いがきつく、その前に座っていると、授業に集中することが困難でした。

また、クラスではいじめがはやっており、
「イジリ」と称して過剰に誰かをからかったり、どこにいても誰かの悪口が絶えず聞こえていました。
両親も共働きでなかなか相談できず、笑顔で自分自身をごまかしながら学校に通っていました。

しかしそれも長くは続かず、ある日突然学校に行こうとするとカラダが動かなくなったのです。
なんとか学校に行けた日でさえ、頭痛で動けなくなったり、腹痛でトイレから出られなくなり早退するようになりました。

酷いときには、声が出なくなることもありました。
あるとき、筆談で母親に助けを求めると
「学校は休んでいいから、そんな嘘つかなくていいよ」と言われ、
私の心はぽっきり折れてしまいました。

それからは、家と学校から逃げるように祖母の家で過ごすようになりました。


不登校時の生活

祖母との生活は穏やかで、3つの約束を守っていれば自由に過ごすことができました。

【祖母との約束】

  1. 少しでもいいから、毎日勉強する。
    学校で配布されている宿題プリントや通信教材を使い、毎日最低でも30分は勉強していました。

  2. 働かざる者食うべからず!掃除や洗濯を手伝う。
    祖母の家では毎日掃除をし、床の拭き掃除から洗濯物の畳み方まで、一つひとつ丁寧に教えてもらいました。また、揚げ物以外であれば料理の手伝いをさせてもらい、食材の下処理の仕方も身につきました。

  3. 早寝早起きをする。
    祖母から「一緒に住むなら私にあわせて動いてね」と言われて、祖母の起床時間にあわせて行動しました。私が朝起きることができなければ、布団から引きずり落とされました。

また、祖母の日課である散歩や、老人会の公園掃除を手伝いに行ったりと、日光にあたる機会もたくさんありました。
行きたい場所を伝えると、京都などの遠い場所でも連れて行ってくれ、
一日3万歩を超えることもありました。


続いて、そうした祖母との暮らしで、改善されたことをご紹介します。

【改善されたこと】

  1. 体調が良くなった
    いじめや苦手な大人(母親や先生)と距離をおくことで不安がなくなり、安心して眠れるようになりました。また、三食きっちり食事をとり、適度な運動(祖母との散歩など)によって自律神経のみだれが改善され、味覚障害や偏頭痛が改善されました。

  2. 自分の世界を広げることができた
    学校以外の世界を知ることができ、『学校に行かなきゃ大人になれない!』などの固定観念がなくなりました。結果的に、自分のペースで学校に通えるまでになりました。

  3. 自分から進んで勉強するようになった
    学校から出される宿題は”やらされている”と感じ、数をこなすことができてもあまり身に入りませんでした。
    しかし、祖母と出かけることでたくさんのものにふれ、自分の興味あるものを見つけることができました。そして、その興味の対象に対して「もっと知りたい!」と自ら調べる癖がつきました。わからないこと、知らないことを理解できたときの喜びから、知識欲がかきたてられたのだと思います。


「学校なんて行かなくていいよ。」

祖母と暮らして数か月たった頃、一つの疑問が浮かび上がりました。

「そういえばおばあちゃん、学校のことなんも聞いてこないな?」

当時私は大人に対して、学校に行かないことを責めたり、子どもの話をまともに聞かず決めつけ、意見を押し付けるイメージを抱いていました。
しかし祖母は「配られた宿題はしておきなさい」というだけで、学校で何があったか聞くことは一切ありません。
なんで学校の話を聞いてこないのか、少し不安になりながらも聞いてみることに。
すると祖母の口からとんでもない言葉が出てきました。

「学校行けなくなった時点で嫌なことあったのはなんとなくわかるよ。
それに、死にたくなるくらいなら学校なんて行かなくていいよ。」

『休んでいいよ』と言われることが多かった私にとって
『行かなくていい』と言われたことは、かなりの衝撃でした。

学校に通っていた頃は何度も死にたいと考えていましたし、腕を引っかくなどの自傷行為をやめられなかったことも事実です。
しかし改めて祖母の言葉を聞いて「学校に行くと死んでしまうのか?」
「それほど学校が嫌いなのか?」と考えるようになりました。

それから私は、どの程度学校に近づくと体調を崩してしまうのか、実験することにしました。
「ランドセルを背負うだけ」「校門まで行けた」など記録をとっているうちに、登校できる日数が増えていきました。そして、6年生に上がったときには担任の先生も変わり、ついに毎日登校できるようになったのです。


もっと大人を頼ればよかった

不登校のときに「こうしていればよかった…」と、一つだけ後悔していることがあります。
それは、“大人を頼る”ことです。

子どもの頃は、祖母以外の大人がとにかく嫌いで、話を聞き入れることができずに反発ばかりしていました。
特に母親は、過保護気味な上に自己肯定感が低いため、私が学校に行けないことを自分のせいだと目の前で泣いてしまうこともありました。

ほかにも、こんなことがありました。
・学校で何があったのかしつこく聞いてくる。
・体調不良を休むための言い訳だと決めつけて「嘘付かないで」と私の話を聞いてくれない。

特に「私の育て方が悪かったの?」と目の前で母自身を責めながら泣かれるのはかなりのプレッシャーです。仕方なく、無理やり身体を引きずって登校する日もありました。
その無理が重なり、さらに体調を崩してしまう結果に…。
しかし私自身が大人になって、『子どものために、なにかしたい』と強く思う機会が増えたことで、母親やほかの大人も同じ気持ちだったのかなと感じています。


信頼を、どう築くのか?

子どもにとって大人に頼ることは、場合によっては、とてもハードルの高い行為です。
私はこのハードルを下げるためには、子どもとの信頼関係が必要不可欠だと考えています。
信頼関係を築くために一番身近な行動、それは“日々の会話”です。

無理に話を聞き出そうとせず、些細な会話から心がけてみてください。
「挨拶だけでもしよう」「昨日はよく眠れたかな」など、ちょっとしたことでも構いません。
好きだと思っていたものが実は苦手、興味ないだろうと決めつけていたものが実は特技だったなんてこともあるかもしれません。

ちなみに、私の場合は
ケーキやシュークリームなどの甘いお菓子が苦手でした。
しかし母親はそれを知らずに、私が喜ぶだろうと買ってきてくれていました。私は本意を伝えるのが申し訳なく、我慢して食べていいたのです。
そんな私も、祖母との暮らしを経て、苦手なものを「苦手」と相手に伝えられるようになりました。
母親とも、自然なかたちで好きなものや苦手なものを共有できるようになっていきました。

学校に行くことができない時間は、お互いの新たな一面を知る絶好のチャンスです!

なかには仕事で疲れて、子どもの話を聞くのが難しいときもあるかもしれません。
そんなときは大人のほうから「疲れちゃったー。ちょっと聞いてくれる?」と、会話を持ちかけるのもいいかもしれません。
彼らは子どもである前に、ひとりの人間です。
相手の信頼を得るには、こちらも信頼していることを証明しなければなりません。
大人が弱いところを見せることで、対等に思っていることが伝わり、より信頼を築くことができます。

実際に子どもに話してみて、悩みが解決することもあるのではないでしょうか?
私自身、LUMO(ルーモ)に通う子どもたちや、年下のいとこの何気ない回答に救われることがたくさんあります。

どうか保護者の方も力を入れすぎず、
目の前にいる子どもと日々を楽しく過ごせるように願っています。


学校は絶対通わなければいけないもの?

学校では言葉や計算など学習の基礎を学びます。
また学校は、クラスメイトや先生など家族以外の人との関わりをとおして、道徳心やコミュニケーション能力を身につけるのにも最適です。
しかし、まわりと同じ行動や習熟度を求められると、授業の遅れや、したくないことをさせられる(前に出て発表など)ストレスで、孤立してしまう子もいます。
つまり、個々の希望やペースはなかなか尊重されません。
集団行動がメインとなる学校では、個人をサポートすることに限界があると思うのです。

不登校児に対して、無理にでも学校に行かせなければと必死になってしまう方のなかには、「義務教育だから」と考えている方も少なくないでしょう。
しかし、この義務は、子どもに向けたものではありません。
子どもに教育を受けさせなければならないという国や政府、保護者に向けた義務が、本当の意味です。
つまり、子どもの学ぶ権利が正しく守られているのであれば、学校以外の場所であってもまったく問題ないと思います。

無理に学校に通わせようとするのではなく、子どもが楽しく学べる環境を見つけるためのサポートができるよう心がけることが大切だと思います。


学校以外で学ぶという選択

では、いま通っている学校以外で学ぶには、どのような選択肢があるのでしょうか?
メリット・デメリットも含めてご紹介したいと思います。

【自宅学習】
自宅での自主学習。教材などに決まりはないため自由度が高い。

メリット
・自分の好きな時に好きなことが学べる。
・慣れた空間で勉強することができる。
・疲れてしまってもすぐに休める環境が整っている。

デメリット
・ゲームやおやつなどの誘惑が多く、集中が続かないことがある。
・わからないことがあったときに相談できる相手がいない場合がある。
・他者とコミュニケーションを取る機会が少ない。

【フリースクール】
NPO法人やボランティア団体、個人による民間の機関。
費用やルールは多種多様。主に不登校の小学生〜高校生が勉強したり、友人と過ごすことのできる居場所である。

メリット
・入学資格や試験などがない為、通うためのハードルが低い。
・親子でカウンセリングが受けられる。
・自分のペースで通いながら学ぶことができる。
・不登校ならではの悩みを共有できる仲間が見つけやすい。
・在籍している学校の校長が認めた場合、
・フリースクールの利用を学校への出席と同等に扱ってもらえることがある。
       
デメリット
・料金がかかる。(平均月額33,000円ほど)
・学習レベルが低いことがある。
・学校への出席と同等に扱ってもらえるとは限らない。
・子どもの主体性を育むことがメインになるので、社会性が育ちにくい。
・高校卒業資格が得られない。

オルタナティブスクール
フリースクールと異なる点は、学習や進級など一定のルールがあること。
フリースクールは一般に不登校や引きこもりの子どもが昼間過ごす場所であることが多いが、オルタナティブスクールは独自の運営制度、進級制度、教科を置き、その理念や教育方針に共感した子どもが通う。
小学1年生の春から入学する子どももいる。

メリット
・子どもが主体となり授業のスケジュールを組み、興味関心の高いテーマ(手芸、工作、料理など)の体験・研究をすることが多い。
・少人数かつ異年齢の子ども同士で関わる機会が多く、互いを思いやる気持ち(特に下の子に対して)を育みながら子ども同士で学ぶ体験ができる。

デメリット
・現在は開校数が少なく、なかでも国が定める認可校は少ない。
・私設のため、公立校に比べると費用が高額。


最近では、こういった環境にも公的な援助が検討されつつあるようです。
いずれにしても、金銭的負担が軽減され、子どもたちがのびのび学んでいける場所が、これからも増えていけばいいなと心から思います。


まとめ

冒頭のとおり、学校に無理をして通う必要はないと、私は考えています。
なぜなら、無理をすることでストレスがたまり、体調不良やコミュニケーション能力に支障がでる可能性があるからです。
場合によっては、それらの症状が大人になっても続くおそれがあります。
そのため、私は子どもにあわせて学ぶ環境を整える必要があると考えています。

子どもには自由に学ぶ権利があり、大人には子どもの学ぶ権利を守る義務があります。
子どもたちが楽しく学び、なりたい大人になっていくには、保護者やまわりの大人のサポートが必要不可欠です。
「学校でなくては」と決めつけず、あらゆる選択肢があると構えてくだされば、子どもたちが安心して前を向くきっかけになるのではないでしょうか。

LUMOに通われている保護者の方や子どもたち、この記事を読んでくださっている皆さまが、日々を穏やかに過ごしていけるよう、私にできるサポートを全力でさせていただきます!

そして、学校でたくさんの子どもたちと向きあっておられる教員の皆さまを、心から尊敬しております!
これからも子どもたちを守っていく側として、相互に協力しあい、ともに学びの場を豊かにしていけましたら幸いです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!


いま、学校に行けない子どもたちへ

あらためまして、こんにちは。射場(いば)と申します。
普段は個性豊かな子どもたちと一緒に運動をして過ごしています。

私は子どもの頃、学校に通えない時期がたくさんありました。
特に小学5年、中学2年、高校2年の頃は、ほとんど学校に行かず祖母の家で過ごしていました。
それでも私は、大人になったいま、児童指導員というやりがいのある仕事につくことができています。
つまり『学校に行かないと大人になれない』わけではないということです。
学校に行けないことを負い目に感じる必要はありません。
いまの時代、勉強はどこでもできますから、自分のペースを見つけて学んでいってください。
楽しいこと、苦しいことも、きっとあなたの力になります。

どうしても耐えられないことがあるなら、まわりの大人を頼ってください。
頼ること、信じることはとても難しいと思います。
(大人同士でもすごく、すごく難しいです。)
それでもあなたの味方になりたいと行動してくれる大人は必ずいます。
力になりたい気持ちがからまわって、あなたを傷つけてしまうこともあるかもしれません。
そのときは素直に傷ついたことを伝えてください。
大人もエスパーではなくただの人間なので、会話しないことには気持ちがわかりません。
喧嘩したってかまいません。たくさん会話してください。
会話することで、自分の本音の部分がわかることもあります。

たくさん外に出てください。
部屋のなかだけじゃわからない面白いものが、外にはたくさんあります。
土日だと人が混んでいるような場所でも、平日ならば空いていることが多く、お得な気分が味わえますよ。

そして、どうか自分を責めないでください。
自分のココロを守るために、学校を休むという選択ができたあなたはすごいです!
心配をかけたくなくて、我慢したこともあったでしょう。
ぜひこの機会に頑張ってきた自分をたくさん褒めて、いたわってあげてください。

あなたのいまとこれからが、明るいものであることを
心の底から願っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?