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奥多摩遭難記 其之参

寒くて、目が覚めた。一時間も寝たろうか。既に真っ暗だ。谷底だけあって、本当に暗い。街の明かりなど一つも見えない。真の闇だ。
午後七時頃、月が出る。しかし、谷底の空は狭い。午後九時頃には沈んでしまった。再び真の闇となる。

寒い。本当に寒い。11月の奥多摩で、標高も千メートル近くある。夜の気温は零下になるかもしれない。しかも、元々電車とバスを使って日帰りで紅葉を見るだけのつもりだったから、大した装備はない。服は上着は薄いジャンパー程度しか来ておらず、下もジーパンを直にはいているだけだ。手袋も帽子もない。食べ物も飲み物もない。
幸い、ライターは持っていたので、落ちている枝などに火を点けてみた。しかし、水源に当たるような場所なので、湿っていてダメだ。ライターのガスにも限界があるから、あまりしつこく炙ることも出来ない。

また、当時は携帯電話もないので、助けを呼ぶことなど全く出来ない。たとえあったとしても、今でも圏外だろう。
今回奥多摩へ行くことは、誰にも告げていなかった。この頃自分は兄と同じ家に暮らしていたが、サークル活動の関係もあって毎日のように人の家に泊まっており、滅多に家に帰らなかったので、今日帰宅しなくとも、全く不審に思わない。
要するに、自分が奥多摩の山に入ったことや、そこで谷底に落ち、身動きできないでいることなど、誰も知らないので、捜索など行われようもないということだ。一か月くらい経てば失踪という事で届出が出されるかもしれないが、自分が奥多摩に行ったという情報を誰も知りようもないので、救助は全く期待出来ない。

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