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40代は毒親と向き合う適齢期

親と真剣に向き合いはじめて、もう7年くらいになる。

40代半ばのいい大人が、いつまでも親のことをぐちぐちいうのはなんだか情けないし恥ずかしい気もする。

でもそれは40代になったからこそできることで、40代だからこそ必要なことなのかもしれない。



わたしは長いあいだ、深い幻想の中に住んでいた。

うちは父親がアルコール依存症でモラハラだったから、ずっと父親が悪い人で母親は父親に虐げられる可哀想な人だと思ってきた。
可哀想な母親を守らなければならないと思ってたし、そんな弱くて可哀想な母親は、優しくて子供のことを愛している人だと勘違いしていた。

わたしが生きにくいのは父親のせいだと長年信じて疑わなかった。


それがひっくり返ったのは38歳のとき。
夫の依存症がひどくなって追い詰められたわたしは、ようやくじぶんと本気で向き合うことになった。たくさんのワークをやり進めならがら、実はわたしは母親の冷たい言動に傷ついてきたことに気が付いた。

母親は父親の暴力から守ってくれなかったし、いつもわたしに無関心で冷たかった。そしてわたしに父親の愚痴を聞かせた。
そうすることでわたしは父親が悪いと思い込み、母親を守ろうと父親に反抗するようになった。そしてわたしは父親から嫌われた。

母は父親を悪者にし子供を味方につけ、可哀想なヒロインを演じるものがたりを無意識のうちにつくりあげていた。

わたしは父親から叩かれたのも、怒られたのも、ぜんぶじぶんが悪いせいだと思い込んできたけれど、じぶんが親になって、じぶんが親から受けたことと重ね合わせながら子育てをするうちに、じぶんが不当にひどい扱いを受けてきたことを気付かないわけにはいかなかった。


むすめを育てることは、じぶんの幼少期を追体験することだった。
わたしはむすめを育てながら、じぶんが幼少期に受けた傷を再確認していった。

「女の子は生意気で可愛くない」「男の子は素直でほんとーに可愛い」と母が言うのを幾度となく聞いて育ったので、わたしはじぶんが女の子を産んでみて心底驚いた。なぜならむすめは想像を絶するほど可愛かったから。
母はなぜこんなに可愛いこどもにあんなにも冷たくできたのだろう。そう考えると胸が苦しくて涙が出そうになった。

わたしは小さな女の子が受けるには酷すぎる扱いをずっと受けてきたのだと知った。
じぶんはそんなにも可愛くないんだなと思ってきたけれど、それは違う。きっとわたしも可愛い小さな女の子だった。ただ親が未熟でこどもをこどもとして扱うことができなかっただけだ。 


そんなふうにむすめの子育てを通してわたしは幼少期の傷に気付いていった。
わたしのように、じぶんが親になり、わが子の育児を通して、じぶんの幼少期の傷に気付いていく人は多いのではないだろうか。

あのとき本当はこんなふうにしてほしかった。だからこどもには、わたしがしてほしかったことをやってあげよう。そう思って子育てをしている人はわたしだけじゃないだろう。

そんなふうにじぶんの幼少期を振り返ることがふえると、否が応でも親のことを考えてしまう。
そういった意味で30〜50代くらいは親と向き合う適齢期と言えるのではないか。
さいわい10代20代の頃よりも精神も成熟してきていて、親をひとりの人間として客観的にみることも上手くなってくる。

わたしたちは幼少期の傷をからだに蓄積している。
小さかったわたしたちは大きな悲しみ、苦しみ、恐怖を感じることができなかった。感じてしまったら、その場所で親の言うことを聞いて生きていくことができなくなる。それは小さなこどもにとって死を意味することだから。

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わたしの人生のテーマであるセクシャリティー、毒親、癒し、統合、死別、共依存などについて綴ります。目標月10本以上更新。みなさんの応援がわた…

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