【感想】発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち

以前こちらの記事に書いたと思うけど、自分に当てはまる事があるのかも、と言って精神医学系の本をたくさん読む傾向がある。

最近、図書館で下記の本を借りて読んだ。この本では発達障害の重複を持っている人や、はっきり診断が下されないグレーゾーン傾向のある人を中心に書かれている。

簡単にポイントを書くとこんな感じ。

・一種類の発達障害が単独で表面化しているケースは、発達障害の診断が割と下されやすいが、重複(複数の症状が出ている場合)は診断がされにくい

・発達障害と「ふつう」は地続きな面もある

発達障害は「障害」というよりも「特性」と捉えた方が、よりよく向き合える(「特性」に関しては、本文で「選考性の偏り」と表現されている)

・「環境調整」により、日常を過ごしやすくなる。環境調整での改善が厳しい部分があれば、専門的な支援を得たり、医療機関に相談すると良い

・「環境調整」のキーは「やりたいこと」に重きを置く。仕事での環境調整が難しい場合は、プライベートで「やりたいこと」をやることにより、改善していくケースもある。

個人的に印象に残ったのは、「第2章」の中にある「オタク」と「AS(自閉スペクトラム)」はどう違うのかについてまとめた部分。

両方とも特定の物事に強いこだわりがある。ただ「オタク」は交流目的の情報交換や、相手に合わせて情報を調整する事ができるのに対して、「AS」はとことん深掘りしていく傾向があり(それゆえ相手に合わせた知識調整もしない)、交流を目的として知識を活用するということをしないらしい。

両方とも特定の物事に強いこだわりがある「AS」の人同士が、社交する場合は、対人関係が主な目的でなくても、同じ共通項があれば、「楽しい時間」を共有できる、という記載が面白かった。

自分自身は、「AS」の傾向が若干ある気がしているのだけど、純粋に趣味を楽しむようにしたらむしろ友達が増えた経験がある。ただ昔は昔趣味を共通項として、友達を作ろうとしてけれど、うまく行かなかった経験も持っているので、「AS」の傾向というよりは、人生の中で少し考え方が変わった面の方が大きいかもしれない。(ちなみにわたなべぽんさんの「もっと、やめてみた」には、友達を無理に作ろうとするよりも、趣味を純粋に楽しむようになってからの方が、友達が増えたというシーンがある。発達障害とは少し違うけど、第2章を読んだときにそういう考え方もありだなというときに、わたなべさんのこの章と重なった。)

また、第4章にある「環境調整」に関しても、実際に診断が下されていない、もしくは定形発達の人にも使える考え方のように思えた。

そんな人たちの生きづらさを軽視しないこと、生きづらさを軽視することは「多数派の奢り」とはっきりと明示していることについて私は共感を持った。

最終章の末に書かれているとおり「ふつう」は多数派、発達の特性を持つ人は少数派に分類される傾向にあるが、少数派が暮らしやすい社会は「多様性」に満ちた社会になるのではと、感じられる本だと思う。




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