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【掌編小説】妖術

 蝉の喚く渦の下の、赤い布テント。
 赤い布テントの下の黒いステージ。
 妖術師と名乗る紳士風のおじさんは、席の傾斜に向かって、口上を飛ばす。

「お待ちどう! お待ちどう!
 これからご覧に入れますは、奇怪、滑稽、寒心、狂宴の、4Ꮶ妖術でござい!

 さあさ、皆々様の眼前に転がる、朽ちかけの石。
 ただの石だと侮るなかれ……。青山墓地の全体地図を壁に貼り付け、私目がダーツを投げる。そこで白羽の矢が立った墓石をね、取っ払ってきましてね……今朝から何の因果か、黒い影がそこかしこに見えるがご愛嬌!

 この墓石のみを相手にとり始まるは、生命への挑戦! 生態系への侮辱! 所狭し情事の『嘲笑わらってコラえて!』でござい!

 さて、墓石の腹に刮目願おう!

 我が4Ꮶ妖術により、逞しくも、おぞましい、蟒蛇うわばみに見まごう『生命の樹』を墓石の中から生やせて見せましょう!

 何が、生命の樹?
 樹はみな生命?
 お笑いになる方も結構……生命の意味を軽んじるのもご一興。
 これからご覧いただく樹は、
 春には若葉を生じ、
 夏には花を咲かせ、
 秋には実を結び、
 冬にはその実に赤い色を添え霜を凌ぎ、
 一年を全うする……人間よりも幾分まともに四季を謳歌する樹であります。
 ああなんと美しい命の世界。

 安心してられるのは、ここまで。
 冬を越え再び春に暖まり次第にその樹の実は、熟し、地に落ち、赤い実のよこしまさを煮詰めたような鮮烈な青い汁がどろどろと……地を這うように、割れた実から流れ出す。
 すると何やら、青い汁の中で、何かが、うごめくのであります……!
 芋虫にしては大きすぎる、そのものとは……人間の赤子でござい……!!!

 皆々様はそれが赤子だと気付くまで、時間を要するかと。なぜなら、『それ』は植物に実った子供なのですから!!!

 さあさ、大変お待ちかね!
 墓石に一段と見物を!
 御覧ごろうじろ、この世に奇怪が生まれる瞬間を!!!!!」

 はああああああああ!!!!!!!! と叫びながら、妖術師が顔を真っ赤にしてステージの上の墓石に手をかざした。
 すると、墓石に稲妻のようなヒビが走って、隙間から芽が顔を出した。
 見る間に芽は伸びて、極彩色の大輪を咲かせ、歯の生えた花が………

 妖術師を
 
 がぶ

 り。

「あ? えっ、あ゛」

 妖術師は頭から丸呑みされ、花はテープ巻き戻るように墓石へまた身を隠した。
 墓石のヒビもスッと消え、数秒前まで転がっていたままの姿になった。
 上手から、老人がとぼとぼと現れ、客に会釈をする。脂で硬そうな髪が僅かに垂れる。
 白が黄色くなったYシャツの裾は、シャツの白を奪ったかのように所々白むスラックスに詰め込まれてる。
 靴だけが真新しく、それでいて、紫と黒のストライプという嘘っぽい毒々しさを放っていた。
 老人が渇いた声を張る。

「今夜の!! 演目は!!
 『詐欺妖術師を食べるオハナちゃん』!!
 でした!!
 お代は入り口の!! 木箱に!!
 お気持で!!
 こんな靴ひとつで!!
 命投げ出すたぁ!!
 テメェの方がよっぽど生命への挑戦……んぐ、お笑いですね!!
 ばははははばははははばはは!!!!!!

 ……ジョーク!!です!!
 終わりです!!
 帰ってください!!!」

 *

 温かい親子の談笑が、そこかしこから聞こえる。
「面白かったねぇ、けんちゃん」
「ママ、あのテント来年も来たい!」
 そうか、今日から夏休みか。
 家に帰ったら、何を食べるのだろうか。今日はお出かけの日で疲れてるから、素麺そうめんにしよう、なんて話をするのだろうか。
 夏が始まる。熱にうなされるような、夏が。

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【罪状】著作権法違反

妖術師が人気番組『笑ってコラえて!』の名前を無許可で使用したため。

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