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ユーミンという神様について


先日、といっても半年ほど前に結婚式をした。
友人60名、親族20名ほどのまあまあな規模のやつ。

結婚式というのは特殊なもので、
あんなウン百万という金額を動かすにも関わらず
一年以上前から日程を押さえたにも関わらず
三か月前程度からの数回の打ち合わせで
ふわっと全てが決まっていってしまう。

さらに恐ろしいのは
地に足をつける間もなく
ふわっと5秒くらいで終わってしまう当日だということは言うまでもない。


その中で私が旦那さんと二人で
打ち合わせが始まる前から楽しみに
ちょっとずつ決めていっていたのが音楽だった。

私より少し前に式を挙げた友人から
始められるものから始めていた方がいい、
特に曲は制限もあるし決めていきやすいから
先に話し合っておくといいよという
ありがたすぎるアドバイスをもらったので
いそいそと助言通りに決めていった。


私の母は松任谷由実の大ファンだった。
確かに母の世代はユーミン時代の真っただ中で
ファンが一番多い世代なのだろう。
想像にも容易いように、勿論私は
物心ついた頃からユーミンを聴かされて育ってきた。
好きとか嫌いとか以前に、
本当に人生と共に生きてきた親友のような存在だった。
いや、もはや親戚だった。
親戚で近くに住んでいて
週に一度家事を手伝いに来るおばさん、のような存在。

そんなに小さな頃から聴いている曲だと
歌詞がどうこうだったり良い曲か否かということは考えたこともなく
本当に「ただいつもそこに在る」ものという感覚が一番近い。

学生になって流行りの曲を聴くようになり、
周囲に「ユーミン」「松任谷由実」「荒井由実」なんて単語を
発している友達はいないことを知る。
ああ、ユーミンは「古い」んだ、「ダサい」んだ、と当然思うようになる。
許してほしい。まだケツの青い思春期だった。
友人の前では当然のこと、
当時流行っていた「前略プロフィール」や
みんな交換していた「プロフィール帳」でも
間違っても好きな歌手にユーミンなんて書かなかった。

当時は何が流行っていただろうか。


中学生、高校生と年齢を駆け上って
家族で旅行に出かける度に
夏なら晩夏、真夏の夜の夢、acacia、
冬なら雪だより、HAPPYNEWYEAR、ロッヂで待つクリスマス…
当然のように毎年毎年車の中で流れていた。
当たり前の、例年の風景だった。
誰もそこに不満も抱かなければ変化も求めず、
時にはみんなで口ずさみながら出かけた。

私は思春期にスカートの丈の長さで
母親と毎朝のように揉めてはいたものの、
父親と口を聞かなくなったり
風呂に先に入るなと怒鳴ったり
父親のものと一緒に洗濯するなと突っかかることはなかった。

比較的両親の教育のおかげか
そんな毎年の旅行のおかげか
家族の仲はずっと変わらず良かった。


兄が大学に入学すると同時に家を出て、寮に入る。
私は大学に入学しても実家から通う。

1時間半以上の通学時間の間、
そこにも確かにユーミンはいた。


辛い時に悲しい時、
嬉しい時に恋をした時、
海に行きたいなあと考えている時、
サークルの飲み会をバックレて帰る帰り道、
体調が悪く這うようにして乗った電車の中、
教習所での待ち時間、
大学での空きコマに食堂で課題をこなす時、
試験前にのぼせた頭に休息を取りたい時、
そろそろ家族でスキーに行く時期だなあと考えている時、
彼氏と上手くいかずイライラしている時、
早く学生なんて卒業して働きたいとため息をつく時、

どんな時にもそこには音楽があって、
そしてそこには必ずユーミンの影があった。


表向きは「イマドキ」な女子大生でも
私は立派な「ユーミンファン」だった。


いつしか車の免許を取り、
両親を乗せて私が運転する車の中でも
勿論ユーミンが流れていた。

両親の(とりわけ母親の)機嫌を取るためではない。
私が好きだったから、私が聴きたかったから。


ユーミンのどんなところが好きなのか、
と問われたとしたら私はなんと答えるだろうか。

私は「松任谷由実」時代よりも
「荒井由実」時代の曲の方が好きだ。
感覚的なものなのだけれども、
楽器数が少なくてよりその歌詞の空気感とか
温度感とか匂いなんかが見えるような気がする。

ユーミンの歌には雰囲気がある。

歌詞がいいのは勿論のこと、
なんだかその歌に出てくる女性の佇まいや所作、
その日の天気やら湿度まで伝わってくるような、
そんな小説的な歌が作れる彼女は本当に天才だと思う。


何人かと不毛な恋愛をした後、
社会人二年目に、今の旦那さんと出会う。
学生時代の友人だった彼とは
生まれた時からそうなると決まっていたように
とんとん拍子で結婚までたどり着いた。

そんな私だったから、
結婚式の曲を決める時に当然ユーミンの曲を
一曲は入れたかった。


そのために花嫁からの手紙を省かなったと言っても
過言ではないくらいに。


ユーミンの歌の中で代表的な結婚式ソングといえば
守ってあげたいやANNIVERSARY、
王道なものや有名な曲は確かにたくさんある。
でも、ここまでユーミンを好きでいたからには
マイナーでもちゃんと伝えたいメッセージの乗った
私なりの選曲をしたかった。

結局、私が選んだのは
瞳を閉じて
だった。



この曲は、ユーミンが当時やっていたラジオに
女子高生がメッセージを送ったことによって作られた
長崎の小さな島にある高校の校歌だった。

当然小さな島なのでその高校を卒業すると
みんな島を出ていきちりぢりになってしまう。
この島の風景を忘れないように、
どこへ行ってもこの島を思い出せるように、
という思いの込められた歌。



勿論花嫁の手紙は手紙がメインなんだけれども、
両親にはきっとこの曲を選んだ意味が伝わるだろうと思った。
説明せずとも、泣きながら手紙を読む私の声の後ろで
優しく歌うユーミンの声にも気づいてくれるだろうと思った。

私が家を出ても、もしどこか遠くへ行ったとしても、
二人の元に生まれた誇りを忘れないし、
必ず帰る場所はここにあるという自分への言い聞かせのつもりでもあった。


結果、悩みぬいた末に
この曲を選んで本当によかったと思っているし、
今では大好きなユーミンの曲の中で
この曲は特に大切な一曲となった。




後日談にはなるが、
結婚式と同じ年にユーミンがアルバムを下げて
ツアーをやるという情報を聞き
一足早く行ってきた両親から背中を押され、
近くのライブにダメ元で夫婦二人分で応募。

すると、なんと奇跡的に当たってしまい、
夫婦で行くことに。


当然昔家族でライブには何度か行ったことがあったけれど、
まさかいつか自分が結婚して
夫婦で行くことになる日が来るとは想像もしていなかった。

なんだかその事実だけで泣きそうだった。


そして当日。
アンコールで瞳を閉じてを演奏してくれ、
涙が止まらなかった。


ユーミンもすでにもうご年齢もご年齢だし、
あと何度ライブをやってくれるか分からない中で
結婚式をした年に、そして結婚式で流した思い入れのある曲を
生で聴けることになるなんて、
なんだか夢のようだった。

旦那さんは
元々春よ来いやルージュの伝言くらいしか知らなかった中で
気が付くと瞳を閉じてを口ずさんでくれるくらいには
ユーミンを知ってくれていた。


こんなに長い人生の中で
こんなに何段にもなるステージを上がる中で
こんなにたくさんの人たちに出会う中で
私はユーミンという神様に出会えて本当によかった。

他人から見てダサい趣味だったっていい。
古臭いと笑われたって構わない。
私はユーミンの歌詞を、曲を
素敵だと思える感性を持てて幸せだと思うし、
これからもユーミンのファンであることに誇りを持ちたい。


そして何より、
ユーミンの作る歌の中に出てくるような
強く逞しく凛とした女性でありたい。

両親とともに、
そして私の新しい家族とともに、
ユーミンを応援していきたい。


2023年、本当に素敵な年だった。
今年もさらに素敵な一年になりますように。


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