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万年の夢

#エッセイ #いじめ #自由律俳句 #イラスト #文学フリマ

 私には、6歳の頃から宮仕え(小学校)で大切な友人がいました。
彼女の名前は若草(仮名)、随身の娘で、姉の撫子様(仮名)も美しい女子でした。
ただ美しいだけではありません、撫子様は明るく人当たりの良い人、若草は大人しいけれど誰よりも優しく元気な人でした。

 若草は絵を描くのが大好きで、いつも見せてもらい、好きな絵巻(漫画)の話で盛り上がったり、時には喧嘩することもありましたが、友人として大好きな人のひとりでした。

 幸せな日々が続かないのはよくある話といえばそれまで。
12歳の時に新しく宮中(中学校)にきた女房、麗子(仮名)が来てから若草と私の人生は変ってしまいました。
麗子は決して美しいわけではないですが、賢い人でした。
最初は何も実害はなく、私が気に留める相手でもありませんでした。
 しかし、麗子はことあるごとに若草に辛くあたり、陰湿な嫌がらせをするようになりました。
周囲は止めようにも麗子が強すぎて自分が標的になるのも恐れ、助け船も出さず、あるいは出せず目を背けることが多かったのです。
 私は、若草と同じところにつとめていなかったので、知らなかった上に助けることができませんでした。

 舞の練習をしていた私も、麗子にあたられたり、喧嘩を売られたり心身に負担がかかることが増え、舞台の上で舞うことを辞退しました。
身体にも不調が現れて、麗子と距離を置くことを優先し、憧れ、目指していたものを諦めたのです。
 その後に人伝で若草の身に何が起こっているのか知りました。
私は若草の所へ行き、何されて何を言われたのか聞きました。
言葉の暴力が殆どで心無いものばかりで口にも出したくない度合いでした。
何度か会いに行き、若草に「守れなくてごめんね」と話す一方で、どうしたら若草が自分の言葉で言いたいこと言えるようになり、私もどうしたら彼女を護れるのか、考えてばかりでした。

 源氏物語の桐壺の更衣がどんな嫌がらせにあっても帝の愛を貫くシーンがありますが、紫式部も顔面蒼白、開いた口が塞がらないと思う度合いが繰り広げられているなんて誰が思うでしょうか。
 とうとう若草は宮中に来ることが段々できなくなっていました。
宮中の門の前まで牛車で来るものの体の不調で何度も断念し、本人からの文では「ごめん」の一言が綴られていました。
麗子は彼女がそんなことになっているというのに、面白おかしく楽しそうに、まるで何事も無いように振る舞い過ごしているのです。
 私は、若草が決して弱い女子ではないと思っていました。
どんなに恐くてもどんなに辛くても、吐きそうになっても、彼女は宮中の前に来ていたからです。
それがどんな戦いで、どんなに凄いことでしょう。
 若草と文通しながら、私は悔しさでどうにかなりそうでした。

 調度、肌寒くなってきた秋口だったでしょうか。
上がこれは由々しき事とやっと動き出し、若草のつとめる場所がやっと変わり、ちょこちょこですが若草は宮中に顔出してくるようになりました。
 私はこれでもう安心だと胸を撫で下ろしていました。
これで、少しずつだけど、前のような生活に戻れると思っていた、私がどれほど極楽蜻蛉でどれほど愚かだったのでしょう。
彼女の心がどれほど傷だらけで、もう前のように戻ることができなくなっていたのでしょうか。
 冬を越すことなく、若草は宮中に来なくなり、なんの別れも告げずに姿を消しました。

 大事にすべき子がいなくなった喪失感、私は同じように物語を綴る、友人の波子(仮名)の休みの時間に見計らって会いに行きました。
次の物語をどうするか、当時の私はどこに持っていけばいいかわからない心を紛らわせるにはこれしかできませんでした。
波子は気落ちしている私に「大丈夫?」「無理しちゃだめよ?」と言ってくれました。
その言葉だけでも泣きそうになるのに、私はこらえていました。

 そんなある昼のことでございます。
波子と約束していて会いにくると麗子が仁王立ちして立っていたのです。
私は一瞬立ちすくみしましたが、一息おいて相手にするまでもないと素通りしようとしました。
 彼女が十二単の裾を踏んで、私の足止めさせるまでは。
「ねぇ、もう通って来ないでくださらないかしら?」
「それは、何故かしら?」
「私も皆と仲良く交流したいの、わかる?その時間を奪ってほしくないの」
「人の時間を奪っておいて、自分は時間を奪ってほしくないとのたまうの?どこまで自分勝手なのかしら」
「私はいじめていないし、そんなことしていないわ」
「では何故、皆と仲良く交流したいと望むの?既に己がしたことで孤立しているというのに?」
「そういうあなただって独りじゃん、だからこうして来るんでしょう?ね?私達仲間でしょ?」

同類とは失礼な
作画/道成寺 夜香

 「何故、私が貴方の仲間なのかしら?」

 「あなたは望んでいないのに孤独になるけど、私は望んで独りになっているの」、あなたとは違うわと睨みつけ。

 「同類とは失礼な」

 私は踏まれた裾を手で掴んで引っ張り、「裾を踏むのは、はしたなく無礼なことですよ」と閉じていた扇で麗子の脚を打ちました。

 罪なことすればいつかはしっぺ返しはくるものです。
雅楽(音楽)の祭りの時、良いものを修め、認められれば、周囲の目が変わる機会でした。
音にあわせて歌い、舞い、それはもう雅なものでした。
 しかし、麗子たちの演奏の時、ことは起こってしまいました。
麗子は「琴(ピアノ)なら私が一番上手い」と豪語していたのに、本番はしくじってしまったのです。
 麗子に恐れていた子達は、まるで責め立てるように無言で睨み付け、あまり会話しなくなったようです。

 それでも、私の気は晴れることはなく、泣きながらも思い出したのは、亀の彫り物された指輪の贈り物された時のことです。
「亀?」
「うん!可愛いでしょ?」
「可愛い」
銀色に輝く指輪に私はどんなに高い宝石よりも価値があり、金子には代えられないかけがえのないものでした。
「亀は幸せの象徴なんだって」
「そうなのね、いいね」
「私も同じもの持ってるよ」
「お揃いね」
10代になって1年くらいしか経たないのに、そんなこと話して、親たちが微笑まし気に見ていた光景は、とても眩しいくらいに輝かしく良い時だったのです。

 自分たちなりの幸せは望んで、穏やかに楽しく過ごすのは罪なのか。
「いじめ」とは人の人生に一生消えない傷つけ、幸せを奪い、泥棒よりも質の悪い、人の心を亡き者する行いだと感じました。
 失ってから嘆くより戦って戦い抜くことを決意したのでした。

 若草が今どこにいてどこで何しているのか、もうわかりません。
どこかで幸せになることを祈るしか、私のできることはありませんでした。

 大海に 君を思うて 波眺め 雫おちても 万年の夢

万年の夢
作画/道成寺 夜香

【後日談】
 話を聞いた紫の君からは「仲間じゃねぇし、腹立つなぁ」とまるであやすようにそばに居てくれました。
話が変わりますが、この亀の絵が気に入ったようで、「マグカップにできないか?」と聞かれたのでした。

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