連載小説【正義屋グティ】 第31話・失敗作
あらすじ・相関図・登場人物はコチラ→【総合案内所】
前話はコチラ→【第30話・檻と銃口】
重要関連話→【第17話・赤レンガの刺客】【第29話・血の正体】
物語の始まり→【1話・スノーボールアース】
~前回までのあらすじ~
半年前の首都襲撃事件の裏側で、デューン・アレグロがホーク大国のショーンことガスマスク男を説得して、三人組のボスのアジトに潜入することに成功した。しかし、ボスの罠にハメられてしまったデューンは半年間監獄での生活を強いられることになる。その後何とかボスを倒しアレグロは正義屋養成所に帰還することに成功した。
31.失敗作
3015年 新入生歓迎会
「そんなことが…あったんだな」
デューンの壮絶な半年間の出来事を聞いた3年生の生徒は皆、顔を強張らせ死んだ魚のような目をしていた。ウォーカー先生によって手渡されたジャケットを羽織りながら、デューンはその場に座り込むと凍り付いた空気を破るべくカザマが尋ねる。
「それじゃ、どういうことだよ。お前はこの正義屋養成所に入っていながら、正義屋が敵対視しているベルヴァって組織に入っていたってことだよな。それはなぜなんだ?」
「そうだったな。そいつを言ってなかった」
デューンは微笑みながら、自分を囲む人間たちを見上げると一呼吸おいてから語り始めた。
「それは俺が五歳くらいの時だった」
3005年
「兄デューン コキ、そして弟アレグロよ。俺がお前らの父親になってやる」
目に涙が溜まり、それを発した人間の顔がぼやけている。横から兄であるデューン コキの腕に包まれるぬくもりを感じていると、そのすぐ直後に五歳だったアレグロの身体が何者かの手によって持ち上げられた。
「こんな身寄りのない僕らを救ってくれて…ありがとう」
鼻水をすする音と交じりながら言葉を並べる兄の声は、小さかったアレグロの記憶に今でも残り続けていた。
ベルヴァ研究所
その翌日からアレグロの生活は一変した。デューン兄弟は二段ベットや机などが置かれた窓のない小さな部屋に住むことになった。食事は一日三食出るし、トイレや風呂にも自由に行ける環境に二人は満足していた。
ある夜の事だった。アレグロは二段ベットの上の段でぐっすり寝ていると突然身体が持ち上げられた。
「ん…誰だおめぇ」
アレグロは目こすり、ねむけの残った声でそう尋ねる。
「しっ!コキが寝てるだろう。静かにしなさい」
暗闇の中で男が口の前で人差し指を立てているのが分かった。しかし、そんな奇妙な状況に小さいアレグロが落ち着くはずも無く、男の腕から飛び出しコキの肩をゆすり
「兄貴!なんか変な奴がいるぞ。やべぇよ!」
と大声を耳に放り込んだ。
「そいつは起きないぞ。眠りが深いようだしな」
「何言ってんだ!お前が兄貴になんかしたんだろ!」
目をつぶってビクともしないコキを背中にアレグロは鬼のような怖い目を投げかける。
「人聞きが悪いぞ、いいから早く来い。グティレス オノフリオさんが呼んでいるんだ」
「グティレス?誰だそれ!」
「あぁ?そんなのも知れねぇのかよ。まぁいいから早く行くぞ」
男は抵抗するアレグロの腕を掴み、引きずるようにどこかへと向かった。
「おお、よく来たな。ベルヴァ最年少隊員くんよ」
頑丈のコンクリートに囲まれた一本道の途中で聞き覚えのある声がアレグロの耳に触れた。アレグロは目を細めて暗くて先の見えない通路の奥を睨む。
「そんな怖い顔しないでおくれよ。わしは君のお父さんじゃないか」
「何⁈」
今自分たちが来た道から声がすることに気づいたアレグロだったが、そこに何があるのかも何もわからないまま口元に花柄のハンカチが覆われた。
「なにすんだ…てめぇ」
全身の力が抜けて行くのを感じる。そして次の時にはアレグロは地面に膝をつきばったりと倒れ込んでしまっていた。
「ヨゴン研究員。持っていきなさい」
「はっ!」
研究員らしき男は、気絶しているアレグロを大事そうに担ぐと急いでどこかへと消えて行ってしまった。
(あれ?俺なんでこんなところで寝てるんだ?)
数時間ほど経過した頃、アレグロは巨大な照明に身体を照らされながら手術用の大きいベットの上で仰向けになっていた。
(え、何で体が動かないんだ?)
意識さえ戻ったアレグロだったが全身麻酔をかけられているのか、身体はおろか声を出して話すことが出来なかった。アレグロは五歳なりに脱出する方法を考えるが一向に思いつかず、ただただ焦る気持ちが大きくなっていった。そんな中、先ほどアレグロを担いだ研究員のヨゴンの声がかすかにするのが分かった。
「ですがグティレスさん。これ以上の人体実験は、この子の身体に影響を及ぼす可能性があります」
「しかし、あの菌に対抗するためにはそれほどの体制を人体に付与する必要があるんだ。この子の犠牲があったとしても救われる命は多いのだ」
「しかし…」
何やら自分の事でもめているという事はアレグロにも理解できた。が、自分に迫ってくるであろう危機から逃れることはアレグロにはできなかった。
「本当に、すまない。わしの正義に協力してくれないか」
白いひげの生え丸眼鏡を掛けた老いた男。おそらくグティレス・オノフリオと呼ばれる人物は目に大粒の涙を浮かべ、手に持った金色の液体が入ったカプセルのキャップを開けると、それをアレグロの口に流し込んだ。
「あぁ、あああ!」
喉が溶けるような強い刺激がゆっくりと体の中に流れて行く感覚に、反射的に声が上がった。
「まずい!今すぐ水を飲ませないと!」
ヨゴンは滲み出るアレグロの痛々しい声に耐え切れず咄嗟にコップに入れた水を口元に持って行った。
パリ――ン
しかし、そんな救いの手はオノフリオの左手で払われ研究室の床にガラスの破片が飛び散った。
「なんてことを」
ヨゴンは飛び散った破片を手で集めていると、オノフリオは悲しげな表情を浮かべ
「これは、我々のためでもあるんだ。分かってくれ、アレグロ君よ」
と声を震わせた。オノフリオは血管の浮き出たしわまみれの手をアレグロの温かい小さな手の上に被せ、黄色い涙を流すその姿をじっと見つめていた。
『失敗作』そうベルヴァ内で言われ始めたのは、人体実験からおよそ一年後のアレグロが六歳になった頃だ。アレグロの飲まされた金の液体はベルヴァが開発している『不死身薬』というものだという事が分かった。名前の通りその薬を飲んだ者は体のある限り不死身の身体を手に入れることができ、ベルヴァが危険視している緑色の菌『バーサーク菌』のワクチンを開発するのに必要な薬だという。アレグロは最年少の隊員とだけの理由で、その薬の試作品の実験台にされたのだった。そして、その実験は失敗した。アレグロの身体は不死身にはならなかったが、痛みの感じない身体へと変貌してしまった。
「あ、あれ失敗作の子だ。かわいそうね」
「おい、そういう事本人の近くで言うなよ!聞こえたらどうすんだ」
「若いのに気の毒だよな」
ベルヴァ研究室の敷地内を歩いているだけでそんなことを言われては、夜な夜な枕を黄色に濡らすことも度々あった。そんな中アレグロは再び夜中に呼び出され、明かりの消えた食堂で待つオノフリオに出会った。
「よく来てくれたね。もう怖くなかった?」
「うるせぇ。早くつれていけ」
アレグロはこの一年間で枯れ切った黄色い涙を出すことなく、オノフリオの方をじっと見つめる。
「じゃあ、行こうか」
オノフリオは優しくアレグロの手を握ると、アレグロはその手を振り払い
「お前に優しくなんてされたくない」
と言い切った。オノフリオは眼鏡の奥に寂しげな表情を浮かべたが、仕方なく手をつながずにトボトボと暗闇に包まれた廊下を歩き始める。
「ついたぞ」
オノフリオは警備の男たちに敬礼すると厳重に守られた鉄の扉を開いた。
「…え」
アレグロは言葉に詰まった。そこには大きな窓から差し込む月夜に写る部屋の中に、大きなベットで寝ている自分と同じくらいの年の男の子がいたのだ。アレグロがその男の子の顔をただひたすら見つめていると、オノフリオがしんみりした顔つきで話し始める。
「この子はわしの孫、グティレス・ヒカルだ。これから君にはこの子の護衛を使命として託す」
「はぁ?何言ってんだよ。お前」
アレグロは少し頭を整理した後そう尋ねたが、オノフリオの返事は変わらず
「この子は、近い未来にこの星の救世主となる存在なのだ」
の繰り返しだった。その夜はひたすらグティの寝顔をじっと眺め立ちすくむことしか出来なかった。
さらに時は進みアレグロが八歳の時。アレグロはオノフリオから託された使命など全く気にもせず日常を送っていた。
「兄貴、話ってなんだ?」
五歳年上のコキは夏の夜の広場にアレグロを呼び出した。
「お、来たか」
コキは上下白色のベルヴァの戦闘服を身に着け、背中でアレグロを迎い入れた。
「話ってのはな、」
コキは話始めると同時に振り向くと、その顔は目が赤く充血し顔全体が涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「兄…貴?」
肩で息をするコキを初めてみたアレグロは口を大きく開けて動きを止めた。コキはしばらく呼吸が整わなかったが何とか話の続きを話し始める。
「俺、ベルヴァの隊員としてホーク大国に潜入することが決まった」
「え、どういうこと?」
「そのまんまの意味だ。俺は授かった使命を果たすため命がけでスパイをしに行く」
初夏の湿った涼しい風が芝生を巻き上げアレグロの乾いた顔にぶつかる。アレグロは言葉に言い表せない難しい感情を言葉に乗せてみた。
「使命だと?あのクソジジイから授かった使命のために兄貴は命を張るのか?」
すぐには返事は返ってこなかったが、少ししてコキは答えてくれた。
「そうだ。俺は救われた命をあの人のために使いたい。この施設の人間はみんなそうだ」
「そんなの、俺はいやだ。第一、俺らはあいつに何をされたんだよ!どうせただ利用されただけ…だ」
そう言った直後、アレグロの脳内に三年前の記憶がフラッシュバックされた。
『俺がお前らの父親になってやる』
「まさか…」
「そうだ。あの時、虐待を受け今にも死に絶えそうだった俺たちを救ったのはあのグティレス オノフリオさんだ」
アレグロはハッとした。そしていままでのコキの忠実な言動のワケが分かり、体が震えた。
「アレグロ、お前にオノフリオさんからの使命を果たせだなんて言わない。でも俺からいお前に使命を授ける。」
風がやみ、厚い雲に隠れた満月が顔を出すと共にコキはアレグロに抱き着き、こう言った。
「ベルヴァの希望、グティレス・ヒカルを守り抜いて見せろ!それが俺からのお前への使命だ!」
と…。
To be continued… 第32話・いとまごい
3話に渡り遂に明かされたデューンの過去。そして正義屋にのしかかる新たな試練とは…?
2023年3月12日(日)午後8時ごろ投稿予定!!お楽しみに!
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