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連載小説【正義屋グティ】   第26話・逆寄せ

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前話はコチラ→【第25話・串刺し】

26. 逆寄せ

地平線の先が少しずつオレンジ色にともされていく。それと同時に首都・カタルシスの空の青は段々と薄まっていくように感じた。赤レンガのデパートは3つほど大きな穴をあけ、その中からは子供たちの残酷な叫び声が漏れ出す。立派に整備された道路や、きめ細かく並べられた街灯。青々と生い茂る植木はもうこの街には残っていなかった。今、この街が語れるものは残酷で悲惨な過去のみだった。
「おい、カザマ。大丈夫か?」
あと数センチ違っていたら赤レンガの残骸に巻き込まれていたような位置にカザマはいた。足を押さえぐったりと倒れているカザマはゆっくりと口を開ける。
「おう、俺は何とかな。そんな事よりも今ここで何が起こっている?」
「とりあえず、僕の追っていた3人組の内の2人は討伐した。だけど、なぜかさっきからラスさんのロボバリエンテと僕を助けてくれたおじさんが戦っているんだ」
グティはそう答えるとやけに静かになった戦闘の場所を指さし、驚愕した。そこには赤のロボバリエンテから出る鋭い刃によって腹を貫かれ、宙で串刺し状態となっているランゲラックの姿があったのだ。
「おじさん!」
グティは目の先に起こっている光景を信じられず、カザマの事を忘れ無意識に走りだした。長い刃物からロボバリエンテの機体、そこから何もない空間を伝わって血が滴っていく。
「来るな、少年!」
ランゲラックの擦れた声がグティの耳へとこだました。ランゲラックは自らの腹を手でさすりグティに向けて血を投げつけた。
近づくな。そんな意図がこもっているように思えたグティはその場で足を止めその光景をただただ眺めることにした。
「なぁラス、その刃を引いてくれないか?」
ランゲラックは目を細めラスに訴えかける。ラスはスピーカーボタンを押し込むと一回舌打ちをした。そして大きく息を吸い込み声を荒げた。
「お前からそんな言葉が出るなんてびっくりだよ!誰がお前なんかを助けるか。俺の大事な人を次々に撃ち殺したお前に生きる資格なんてないんだよ」
「離せ。そうした方が君にとって得策だ」
「今になって命乞いか!お前が殺して行った人たちもお前にどれだけ命乞いをして、お前はそれを見捨てたか考えてみろよ」
淡々と言葉を並べるランゲラックに嫌気がさしたラスは、機体の壁に拳をぶつける。そんなやり取りをやっている間にランゲラックが串刺し状態になってから2分ほどが経過し、この男の限界が目に見えてきた。ランゲラックは唸り声をするとポシェットの中をごそごそと漁り始めた。
「何をする気だ」
ラスは険しい目でそれを見つめる。するとランゲラックは手に緑色の液体の入ったカプセルを持ち震わせた。
「それは!」
「そうだ、感動の再開だな。七年前お前の右目を緑色に染めた液体だ」
「…それをどうするつもりだよ」
ラスはモニターではなく、銃口の先にいる奴をまじまじと見つめた。ランゲラックは身体から血がどんどん減っていることを自分に言い聞かせ、再び口を開いた。
「今すぐに僕を地上に降ろし、その刀を抜け。さもなくばこのカプセルをお前たちに投げつける」
正直、ラスは血の気が引いた。あの時のあの痛みがまたやってくるのかと想像するだけでもう離したくなった。
「ラス、あの液体は何なんだ!」
テツヤの声が耳に入り、何も知らない人間を巻き込むことへの葛藤もあった。だがラスはその刃を離すことは決してしなかった。
「俺の正義はお前から全てを奪うことだ。どんなに大きな犠牲が出ようとも、この正義は絶対に曲げねぇんだよ!」
ラスがそう言い切るとランゲラックは
「そうか…」
と一言こぼし、緑のカプセルを赤のロボバリエンテの側面に投げつけた。しかしそのカプセルは前方射撃席にいるラスではなく、後方操縦席に乗っているテツヤの付近で割れ、液体が飛び散った。
「わっ!」
テツヤは思わず声を上げた。緑の液体は機体に付着すると、まるで生き物のように広がっていき凄まじい勢いで鉄の鎧を溶かし、緑の灰にしていったのだ。その液体は瞬く間にテツヤの周りを囲みテツヤの逃げ場を遮っていく。
「わぁあああ、ラス、助けてくれ。俺はどうすればいい?」
「落ち着け、まずは真上のドアを開けて中央の空間に入れ。そしたらパラシュートを持ち外へつながるドア、で…」
ラスは必死にモニターに映るテツヤに指示をした。しかし、遂にモニターが液体に飲み込まれたのか砂嵐で覆われた。
「テツヤ、おい、大丈夫か?生きているよな」
ラスがそう問いかけた数秒後
「ああああああああ」
と言う叫び声が響き渡った。これは紛れもなくテツヤの声だった。テツヤを囲んだ緑の液体はテツヤを包み込み、静かに葬ったのだ。
「テツヤ…クソッ!」
ラスは目を涙で潤ませながら真下のドアを開け、パラシュートを手際よく羽織っていく。
だが、とうとう液体はジェットエンジンを飲み込み始め、辛うじて浮いていた機体が傾いて行った。
「…よし」
パラシュートの準備が済んだラスは外へと繋がるドアを開けた。もうその時には緑の液体が赤のロボバリエンテを包み込み縮んでいっている最中だった。ラスは足元から上がってくる緑の灰へと姿を化した相棒に別れを告げ、上空に身を投げ出す。
落下中ラスは潤んでぼやけている視界の中ふと上を見てみると、ランゲラックを突き刺している刃が緑の液体に侵され千切れてしまった。
「ぐああああああ」
覚悟をしていたランゲラックではあったが、腹に刃が刺さったまま地上へと落ちてゆく自らの状況に恐怖を覚え叫んだ。今度こそ終わりか。その光景を見つめていた誰もがそう思っていたその時、夜明けの方向から緑色のロボバリエンテがものすごい音を立てながらやってきたのだ。
「何!」
ラスは余りにも突然の出来事に、ぼやけた目を腕でこすりもう一度目を見張った。しかしその時にはもうランゲラックの姿は消えていた。その代わりに、緑のロボバリエンテから成したであろうジェット噴射の跡がその場に残っていた。
「あの一瞬で、おじさんが連れて行かれた⁈」
その光景を間近で見つめていたグティは唖然とした。そしてその次の瞬間その機体からは老いた男の声が町中に轟いた。
「少年、もうランゲラックの事は諦めてくれ。この国の未来にとってあいつと君は必要不可欠だからね」
グティはハッととした。その声の主に聞き覚えがあったからだ。それはグティが小さい頃から憧れ、追いかけ続けてきた祖父の声だったのだ。驚きを隠せないグティとは裏腹に、パラシュートから着地をしたラスは憤りを感じていた。
「諦めろだと?ふざけんな。俺の地位や、相棒のテツヤ、この街を失ってでも、狙って来たお前をそう簡単に逃がすわけねぇだろ!」
ラスは今までこらえてきた涙を一滴流した。その一滴は右目から流れ出し、怒りや悲しみなどの様々な感情が入り乱れ緑に光った。
ゴゴゴゴゴゴ
緑に光る涙が地面に落ちた瞬間、地面は突然叫び声をあげ激しく揺れ始めた。そしてラスの周りの道路にいくつかの穴が開き、その中から緑色の液体が大量に湧き水のようにあふれ出したのだ。
「俺は、あのランゲラックから全てを奪い取ってやるんだ。絶対に許しはしない!」
ラスは声を荒げランゲラックの乗るロボバリエンテを凝視した。するとその願いが何かに通じたのか、大量の緑の水はその機体に向けて噴き出した。
「ぐっ!」
機体に乗る老人は声を上げるが、何とかその液体を避け遠く彼方へと飛んで行った。ラスを含めたその場にいた誰もが何が起こったのかわからずにいた。その液体を受け止めた赤レンガのデパートはゆっくりと溶けていく。デパート内からは子供たちの慌てふためく声に、それを急いで救助しようとする正義屋の忙しない声が聞こえてきた。
「終わったのか…」
何日にも感じたこの一日の戦いは様々な正義が混沌とひしめき合い、その代償は計り知れなかった。そんな街を今日も美しい日の出は穏やかに迎い入れてくれた。

    To be continued… 第27話・狼命の交換
首都襲撃事件が終わり次の戦いが、始まる… 第二章終結。 2023年1月8日(日)午後9時ごろ投稿!そして次回は第三章!あの事件の真相が見えてくる…。お楽しみに!

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