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連載小説【正義屋グティ】   第7話・慟哭

7.慟哭


 
正義屋養成所の校舎は五つあり、それぞれ学年の数字ごとに校舎が振り分けられる。グティ達は一年生なので活動できる校舎は本来ならば第一棟のみであり、先ほどの爆発は一棟と二棟の間で起きた出来事だった。一年生の13人は手分けして捜索することになり、グティは無口なナタリーと二人で養成所内最も古い建物である五棟を探ることになった。
「じゃあ、僕は三、四階を探すことにするよ。ナタリーは一、二階、あと玄関口の中庭をお願いね。」
「…」
グティの指示にナタリーは頭を縦に小さくふり、何も言わずくるりと回り薄汚い廊下をすたすたと歩き始めた。
「なんだよ。不満があるならはっきり言えばいいのに…」
ナタリーの姿が小さくなってからボソッと愚痴り、ひび割れた階段をゆっくりと登り始める。五年生は先ほどの爆発など無かったかのように淡々と授業をこなしている。グティにはそれが人の命を軽視しているように見え、腹が立った。同時に、自分もこの人たちのように四、五年もしたら心が廃れてしまうのかと思うと、寂しい気持ちになった。
「真っ暗じゃんかよ」
ふとそう呟いたのは、グティが四階へと続く階段の踊り場に到着した時だった。五年生は職務の実践演習が多いからか、四階は完全に物置と化していた。落書きがされもう使えそうもないロッカーや机で、窓からの光はほぼ遮断されていた。グティは覚悟を決め、ゆっくりと階段に足をかけ一歩ずつ足を進めていく。
バンッ
大きく乾いた音がグティ目掛けて聞こえた。
「わっ!」
驚きのあまり完全に放心状態のグティの瞳の先にある一人の男が写った。
「ビビった?ごめんね。空砲だから安心してよ。てか一年坊がここで何やってんの?」
声の主は、青い髪の中に少し金色が混じったパーマ頭で、瞳がほんのりと緑色がかかった、五年生の先輩だった。
「少し用事があって…あなたは何を?」
「俺か…さっき向こうの方で爆発があっただろ。だからつまらない授業を抜けて駆け付けたら、その後戻ったら教授に追い出されてしまってよ。だせぇだろ?」
自分より、一まわりも二まわりも大きいその男は、古びた椅子に腰かけて軽く微笑んだ。
「一年生はウォーカー先生だから、どうせ爆弾を探せとか言われてるんだろ?」
図星だ。グティはその男のあまりの勘の鋭さに、一瞬声が詰まった。薄暗く不気味な雰囲気の中、男は椅子の音を立ててグティの方へ歩き出す。
「一応言っとくと、多分この階にはないぞ。てか普通無差別に人を殺したいのなら、あんな校舎の間でたった一人のために、爆破なんてさせないと思うぜ。たぶん爆破した犯人は特定の人間を消そうとしている。だから早めに合流した方がいいんじゃね?」
「は、はい」
怖い。自分より大きな生き物に見下されることがこんなにも怖いとは…。初めて感じる種類の恐怖に圧倒され、男の言う通り引き返そうと今自分が歩いてきた道を凝視するうちに、グティの頭の中に一つの疑問が浮かんた。
「なんで、僕が一年って分かったんですか?」
グティの咄嗟の問いかけにも全く動じず男は、
「1年生に知人がいてね、その子から君のことは聞いていたんだ。ヒカル君」
と答えた。
「えっ?!」
意図せず、小さく短い声が出た。そして自分の背中に何か冷たいものを感じたグティは、ナタリーの所に急いだ。
 
5棟一階土間
 
「…」
相変わらず無口のまま探索を続けていたナタリーは、靴箱のロッカーを一個づつ開けるのに嫌気がさしたのか、一回大きく背伸びをする。その間ひびの入ったボロ校舎の壁を見つめて、自分も数年後ここで過ごす事を想像し、頬を緩ませた。
パシュ
「えっ!」
ナタリーは体が妙に涼しくなった事を感じた。そしてだんだんと体の制御が効かなくなっていき、膝をつき靴箱に倒れ込んだ。理由も何も分からないまんまナタリーは自分の体を優しくさすった。そして体に風穴があいたことに気が付いた。
「あ、あ、あ」
上手く声が出ず、意識が飛びそうになっていると後ろからまだ声変わりのしていない男の声がかすかに聞こえた。
「サプレッサー付きだから、音はほぼならないよ。だから誰も来ないかもね」
「うぅ…」
ナタリーにはもう言い返す気力は残っていなかった。目をつぶり眠りに付こうとしたが、その男は追い打ちをかけるように後頭部に細長い拳銃をこすりつけ、耳元で
「じゃあな。」
と言葉を発し、トリガーに手をかけた。
「ナタリー!」
その瞬間、廊下が慌ただしい足音とグティの声をナタリーの耳まで運んできた。男は拳銃を持って逃げ、グティがその現場に到着した頃には人のいた痕跡が完全に消されていた。
「ナタリー!どうしたんだ?!誰にやられた?!」
グティは右肩から血が滝の様に流れ落ち、赤く染まっていくナタリーを激しくゆすった。
「うっ!」
するとその衝撃でナタリーは口から大量の血をグティの左頬に吐き出し、ひび割れた声でグティに、
「スミスに…ありがとうって伝え…て」
と告げた。
 
10分後 
 
いち早く駆け付けたのは一棟にいたスミスとソフィアだった。二人は目の前の光景に呆然とし、きっと誤報だ。と自分に言い聞かせていた数分前の自分を心の中で蔑んだ。そんな中、ゆっくりとナタリーに向けて歩みを進めたものがいる。スミスだ。スミスはずっと一点を見つめながらそっとナタリーの肩をつかんだ。
「ナタリー。なんであなたがこんな目に合わなくちゃいけないのよ…。私はともかく、優秀なあなたはこんな未来の無い集団の一員になる必要はなかった。私はあなたを道連れにしてしまったの!この養成所を卒業した先に待っているのは、くだらない『正義』を掲げて死んでいく地獄のような未来よ!」
グティとソフィアは顔を見合わせた。ソフィアが乱心状態のスミスを慰めようと恐る恐る近づくと、スミスはとめどなく溢れる涙で頬を濡らしていた。
「でもそんな事分かってた…それでもあなたは私を選んでくれた。だから、私は死んでも生き抜く。あなたとまた『親友』と呼び合うために!」
ソフィアは自分にはあまりにも荷が重い使命に後ずさりをし、グティの背中に隠れた。その間も、スミスの後悔の慟哭が校舎中に響き渡っていた。
 
 
        To be continued... 【第八話・優等生】
 
        2022年5月1日(日)投稿予定!!お楽しみに!

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