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20.#残り1日


『ただいまー』

鰻弁当を買って帰ってきてくれた。
夫婦共々 鰻好き で、
帰ってくるときは いつも決まっていた。

通院のため、別居生活をしていたのだが 
調子が良い時は私が主人の方に出向くか
私たちが住んでいた家にも帰ってきていた。

病気になる前と
何も変わらず。


絶対 合うわけない
でも、主人の好きなミネステローネを作って待っていた。

『また来るよ』
と 言いながら
普段 見もしない娘の部屋と
自分の部屋を覗いて…。
いや、しばらくそこにいた。

違和感を感じた私は
『いつでも帰って来られるように
何一つ変えないで
そのままにしてあるよ。
大丈夫。』
と 声をかけた。

声にならない返事を貰ったような気がした。

そのあと
そそくさと家から出て行った後ろ姿を 今も忘れられない。


毎朝の電話は、変わらなかったけれど
私と主人が会うのは
この4ヶ月後。

私が 主人の病床に着いたときは
もう 主人は朦朧とした中にいた。

4か月ぶりの再会。
前日まで、 私と電話で話していた
想像していた主人とは 
まったく違う姿だった・・・。
そこに居たのは 
30歳以上歳をとってしまった主人がいた。

カサカサに渇いた手を握りしめて
何度も 何度も 何度も 何度も 
名前を叫んだ。

                 …やっと、やっと 薄目を開けた。 

瞳をぐるっと回して 私を探しているように・・・。
でも その瞳の色は もう生気がなく薄い色をしていた。

そして 主人の頬に涙が伝っていく。

『私、ここにいるよっ!会いたかったよーーーーっ!』

口をパクパクさせて 私に何か言いたそうだった。
もう発声できる余力は残っていなかったのだろう。

必死に私の頭に浮かぶ言葉を必死に投げかけていた。

続く



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