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元女斥候、巨獣の背中でスローライフ あらすじ&1話

~あらすじ~
動物や作物を死滅させる『泥』と、泥から生まれる獣『マンガス』に浸食されつつある大陸。

西国の斥候であるナランは、国から遁走した英雄の行方を追っていた。
そんなナランだがある日ついに疲弊で倒れしまい、そこに現れたアバという少年に助けられ、村に招かれる。
村はなぜか、子どもばかり。

するとナランの目の前で、村が泥ごと天高く盛り上がった。
山ほどもあるマンガスが村を背負って立っている。
マンガスと共生し、丸ごと移動することも出来る子ども達だけの村。
それがウルゲン村だったのだ。

面食らって逃げようとするナランだが、アバが凄んでそれを止める。
身元がバレたナランはアバに命じられ、村の台所番になることに――


#1
■モンゴルチックな草原
広大な緑の平原、白鹿の背に乗って颯爽 と走っている若い女――ナラン。

N「遠く青い空の下、遥か地平線まで緑が続く、大草原――西からやってきた彼女は、ひたすらに東を目指していました」

ナランは額に汗をかき、焦っている。

ナランM「まずい……目的地に着く前に、追いつかれる……」

N「彼女の名前はナラン。西の諸国が連帯した『西天連合』が派遣した、斥候です」

ナラン「!」

ナランの遥か後方、ライオンほどの大きさの獣が、疾走しながら追いかけてくる。
その姿は茶色く、黒く、泥人形のよう。
これらは、泥の獣マンガスである。

ナラン「泥獣<マンガス>が集まってる……! 東には多いって聞いてたけど、ここまでと は……」

手綱を握り、白鹿の足を速めさせる。
背負っていた弓を構え、そのままマンガス達を射るナラン。
ばらばらと落下する矢は、どれもマンガスをかするだけで命中しない。

ナラン「くっ……こんな所で死ぬわけにはいかないのに……彼に会う前に……」

迫りくるマンガス。

ナラン「英雄ジャガを、取り戻す前に……!」

刹那、稲妻のような轟音が、大地から響いてくる。
足を止めるマンガス達――いつの間にか、 突然夜になったかの如く空が暗い。
見上げるナラン。
夜になったのではなく、巨大な山のような影が、太陽を遮っている。

ナラン「……!?」

山のような影、その一部が裂けるように割れる。
そこに現れるのは巨大な乱杭歯――口。

ナラン「あ……」

その異様な光景に緊張の糸が切れるナラン、ふっと意識が途切れる。
閉じられる瞼、下りる緞帳。

■どこかのゲル
※ゲルはモンゴル式のテント型住居

ナラン「うわぁぁぁぁぁあッ!!」

叫びながら目覚めるナラン、布団に寝かされている。

ナラン「あ……あれ?」

見回すが、そこは見知らぬゲルの中。

ナラン「(起き上がって)ここは……あのマンガス達は……」

声「起きたか」

ゲルの外から聞こえる声、何者かがゲルに入ってくる。
それは金髪碧眼、12~13歳ほどのとても美しい少年――アバ。
手には葉に包んだ携帯食(シャルピン。パンのようなもの)。

ナランM「(見惚れて)……うわ……綺麗な顔……」

アバ「なんだよ、なんとか言えよ。それともまだ夢見てるの、おねーさん」

ナラン「あ、いや……貴方がここに連れてきてくれたの?」

アバ「まーね。さすがに一人で寝てるおねーさん、置いてくわけにはいかなかったから」

ナラン「あ、ありがとう……ええと」

アバ「俺はアバ。おねーさんは?」

ナラン「…………私は、ナラン」

アバ「ナランね。元気になったなら外出てきなよ、村紹介するから」

ナラン「あ、う、うん……」

アバ、外に出ようとしながら振り返り。

アバ「それと名乗るの嫌なら、相手の名前聞いちゃダメだよ? ナラン」

意地悪そうに微笑むアバ。
ナランは気まずそう。

■ウルゲン村
いくつかのゲル(テント)がぽつぽつ広がる、小規模な村。
そこに何人か、村人の姿が見える。
村人はすべて15歳以下の子ども達。
他には無数の、放牧された羊。

アバ「みんな、おねーさんが目を覚ましたよ」

5歳ぐらいの男の子と、女の子が嬉しそうにこちらを見る。

男の子「わー、よかったね、おねえちゃん!」

女の子「ゆっくりしてね、おねぇちゃん!」

ナラン、苦笑しながら手を振りながら。

ナラン「あの、アバ。見えないんだけど……」

アバ「何が」

ナラン「……だって、おかしいでしょ。この村、子どもしかいない」

真剣な目で見渡すナラン。

ナラン「この規模で、多分15歳もいってない

子どもしか見えない。マンガスもいるのに、 大人の男が外にいないなんて」

アバ「寝起きのワリに勘がいいね。そうだよ。ウルゲン村は、子どもだけの村――というか、親や家族を失った子どもの集まりだ」

ナラン「……!」

アバ「ナランの言う通り、この辺りはマンガスが大量に生息している」

    ×    ×    ×

イメージ。
草原のそこかしこに浮かぶ水たまりのような泥から、生えるように涌いてくるマンガス達。

アバ「マンガス――大地を蝕む泥から生まれ、生物を襲う獣達」

    ×    ×    ×

アバ「君も殺されかけていたよね、ナラン」

ナラン「ええ……貴方が助けてくれなければ、今ごろここにいなかったと思う」

アバ「みんなもそうだよ。子どもだけで助かってしまい、家族の元にも帰れず、僕の村に来るしかなかった」

ナラン「僕の村――ってことは、アバがこの村の村長さんなの!?」

アバ「子どもしかいないって言ってるだろ? 子どもが村長になるしかないじゃないか」

ナラン「で、でも……子どもだけの村で、この危険なところに住むなんて……」

アバ「それもコツを掴めば何とかなるんだよ。すぐにわかる」

不思議そうにしているナランを置いて、歩き出すアバ。
ナラン、慌てて着いていく。

ナラン「あの、ちょっと待って……私を助けたって言ったよね? 本当に、あのマンガスの群れから私を助けたの?」

アバ「うん」

ナラン「こ、子どもしかいないのに、どうやって? マンガスより強い子どもなんている?」

アバ「ふふ、さすがに気づくか。ま、例外はどこにでもいるってこと……おーい、見張りご苦労さん」

アバが携帯食を持った手を振る。
その視線の向こうには、弓を背負った美丈夫の青年――ジャガがある。
振り返るジャガ。

ジャガ「……もうそんな時間か」

その顔を見てハッと息を飲むナラン。

ナランM「あれは――不動の勇士ジャガ!!」

    ×    ×    ×

ナランの回想。
巨大なゲルの中、尊大な態度で座っている西天の王ハン。
その前にかしずくナラン。

ハン「よいか――西天の連合から遁走した勇士ジャガは、一騎当千の実力者だ。奴が西天に降らぬ勢力に取り込まれるなら、民族統一の妨げになろう」

ナラン「(静かに聞いている)……」

ハン「奴を見つけ、西天に戻るよう説き伏せよ。それが難しければ」

ナラン「……」

ハン「いかなる手を持ってしても、殺せ。さすればナラン、お前の氏族には寛大な処置を約束しよう」

ナラン「――かしこまりました」

    ×    ×    ×

ジャガを睥睨するナラン。

ナランM「まさか、こんな場所で見つかるとは……! しかし、子どもだけの村で蜂起などできるものなの……?」

怪訝そうにナランを見るジャガ。

ジャガ「その服……西の者だな。ここに現れたのは偶然か、それとも」

ナラン「……!!」

ジャガ「まあ、どちらでもいいさ。だが村人には手を出すなよ。もし手を出せば」

ジャガ、矢を弓につがえて。

ジャガ「その命、お前の祖に捧げよう」

ナラン、脂汗が流れて。

ナランM「ま……まずい……! 丸腰で勝てる相手じゃない……!」

アバ「おいジャガ。子ども達にこれ以上血を見せないでくれ」

ジャガ、無表情に矢を下ろし。

ジャガ「冗談だ。その女が何もしない内はな」

アバに携帯食を渡され、開けてかぶりつくジャガ。

ジャガ「(眉間に皺をよせ)まずい」

アバ「腹を満たすだけの食事だからなあ。一応、解決策を見つけたつもりなんだけど」

緊張したままのナラン、怪訝そうに会話を聞いている。

アバ「さて、何やらわけありのナラン」

ナラン「は、はいッ!?」

アバ「この村に住むのは子どもだけじゃなくて、ジャガのような大人もいる、というのは理解した?」

ナラン「し、したした。いえ、しました」

アバ「だけど、彼だけじゃあ村人を全員守り続けるのは難しい。そうも思ったろ」

ナラン「それは……まあ……」

どこかから、うおおお、と獣の唸り声。

アバ「その答えがこれだ――さあ、ウルゲン」

ナラン「!?」

アバ「お散歩の時間だ」

突然、大地が地震のようにぐらぐらと揺れ始める。

ナラン「地震――? いや、違う……!」

ふらつくナランを横目に、しっかりと立っているアバとジャガ。
大地は盛り上がり、村そのものがみるみるせり上がっていく。

ナラン「なっ……」

やがて村は地上から離れ、山の屋上にいるかのように大地を見下ろす。

ナラン「これは、あのとき見た……」

空から見えるのは、村そのものから生える巨大な四肢。
そして長い首が、亀のようにのそりと現れる。
村は巨大なマンガス、ウルゲンの背中にあったのだ。

ナラン「ま……まさか……マンガス……!?」

驚愕に気を失いそうなナラン。

ナラン「この村は、巨大なマンガスの背中にあった……!!」

アバ「こういうことだよ。ウルゲンが毎日、僕らを乗せて歩いてくれるから、他のマンガスに襲われずにすむ」

ナラン「ど、ど、ど、どうして……マンガスは、人間の天敵じゃ……」

アバ「例外はどこにでもいるって言ったろ? ウルゲンは僕の友達でね。ついでに、僕は君にも例外になってほしいんだ」

ナラン「(涙目)へ……?」

アバ「なんていうか、この村には子どもと、戦いしか能のない男しかいなくてね。どうしても、生活に潤いがほしいんだよ」

ナラン「何を言って……」

アバ「要するに」

ウルゲンが首をもたげ、「グオオオオオオーン!」と遠吠えをする。
その声が空気を振動させ、ナランが青ざめる。

アバ「君にみんなのご飯を作ってほしいんだ」

限界に達し、倒れるナラン。

N「こうしてナランは村に囚われ、美味しいご飯をみんなに提供する、家族を得たのでした」

                               続く


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