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元女斥候、巨獣の背中でスローライフ2話

#2            
■草原を歩くウルゲン
N「ここは遥か草原が続く世界。青空の下、 宝石のように美しい緑の絨毯を、泥から生まれたウルゲンが、悠々と歩いていました」

その背中には、小規模ながらも人の営みを感じる、ウルゲン村。

N「ウルゲンの背にあるウルゲン村には、新たな客人がやってきたようです。斥候の ナランが、とある重大な任務を背負い……」

■同・とあるゲル
呆然とした表情で、じゃがいもの皮を剥 いているナラン。

N「……重大な任務を、背負っているはずなのですが……」

ナラン「どうして私は、こんな所で料理を……?」

言いながらも、にんじんを切り、

ナランM「じゃがいも、にんじんはある……」

泣きながら玉ねぎの皮を剥くナラン。

ナランM「ぐすん……玉ねぎも。材料だけはまあまあは揃ってるな」

ナラン、手際よく油のたまった鍋で、じゃがいもを揚げて。

ナランM「じゃがいもは、煮崩れしないように揚げておいて……」

ショウガと八角を切り刻む。

ナランM「ショウガ、八角……唐辛子はないか。子ども多いし、なくてもいいかな」

キャベツを手で豪快に剥いて。

ナランM「だがキャベツは譲れない」

さらに大きな羊肉を、豪快に切っていく。

ナランM「羊肉は食べやすい大きさに切って」

大きな鍋で煮込んでいたスープを覗くナラン。

ナランM「骨と塩ベースで作っておいたスープで煮込めば出来上がり」

ナラン、小皿で味見する。

ナランM「うん、こんなものかな」

すると、ゲルにアバが入ってくる。

アバ「やー。なかなか豪華じゃないか」

ナラン「……一人暮らしだから、ごく普通の料理ができるだけなんだけど」

アバ「謙遜はいらない。何しろジャガと来たら、戦闘以外はてんでポンコツでさ」

ナラン「その戦闘力が、西の懸念要素で……いや、なんでもない……」

アバ「それを隠す必要もないよ。悪いけど、荷物はひと通りチェックさせてもらった」

ナラン「えっ」

アバ「巧妙に隠してあったけど、毒を持ってきただろ。状況次第では誰かを毒殺することがナランの任務」

ナラン「う……」

アバ「ついでに、不動の勇士<バードル>、ジャガの顔の覚え書き。わかりやすいよなー」

ナランM「何もかもバレてる……逃げられない……」

アバ「そういうわけだから、少しでも料理ができる人間は貴重なんだ。よろしく頼むよ」

ナラン「……はい。というか下ごしらえは終わったんで、もうすぐ完成だけど……」

アバ「お? 手際もいいじゃんか。期待させてもらうよ」

ナラン「いやあ、あんまりハードル上げないでもらうと……」

アバ「時間もあるし、もう少し村を案内しようか? 大丈夫、逃げようとしても村の外に出たらあっと言う間に転落死」

ナラン「何が大丈夫だと言うのだ」

アバ「(外に出ようとして)おいで。子ども達も遊び相手が欲しいから」

■ウルゲン村
駆け回って遊ぶ10歳以下の子ども達、他には羊達。
挙動不審気味なナランを連れ、やってくるアバ。

アバ「みんなー、ナランおねーさんが遊んでくれるってさ」

パッと明るい顔を見せる子ども達、ナランに寄ってくる。

ナラン「(困惑)あうう……」

子どもA「おねーちゃん、遊んでー!」

子どもB「鬼ごっこするー?」

アバ、にやにやしながら、困るナランを眺める。

ナラン「子ども、苦手なんだけどな……」

どんどん集まってナランの服を引っ張る子ども達。

ナラン「うう……」

ナラン、瞳がぐるぐるになって追いつめられていくが。

ナラン「……うおー! こうなったらとことん遊び相手になってやるわッ!」

両手を上げて子ども達を追いかけはじめるナラン、楽しそうな悲鳴をあげて逃げていく子ども達。

アバ「コミュ障だけど、順応性は高いみたいだな」

そこにやってくる、気まずそうなジャガ。

ジャガ「……すまないな、アバ。俺のような人間が住み着いたばかりに」

アバ「気にしないでよ、ジャガ。君のおかげで、ウルゲン以外にもこの村を守ってくれる人ができた」

ジャガ「そう思ってもらえるとありがたい」

ふと見ると、さっきまで困惑していたナランが楽しそうに汗をかき、子どもに追いかけられている。

ジャガ「それにしても……あれは本当に斥候か? ターゲットがいる村であんなに全力で遊ぶ奴がいるのか」

アバ「いるみたいだねぇ。それに、もう斥候じゃなくて元斥候だ。今は――」

転んでしまい、子ども達に抱きつかれている笑顔のナラン。
子どもだけではなく、羊も集まっている。

アバ「ウルゲン村の台所番だ」

■大きなゲル(夕)
集められた子ども達が、楽しみそうな顔で座っている。
不遜なアバ、未だ警戒しているジャガ。
大きな鍋を持って入ってくるナラン。

子どもA「おなか減ったよーおねーちゃん!」

子どもB「ご飯ご飯ご飯~!」

ナラン「はいはい、今温めたところだからね~。材料はそれなりにあったから、とりあえずつくろっただけなんだけど……」

と、鍋の蓋を開ける。
瞬間、大量の湯気と閉じられてた香りが、一気にゲルの中へと開放される。

一同「お~!」

コトコト煮込まれたジャガイモ、にんじ ん、たまねぎの中に、羊肉が浮かぶ。
モンゴルの鍋料理、『ホイツァイ』に似た料理だ。
アバ、くんくんと鼻を鳴らし。

アバ「いい香りだ。村に残っていた材料で、よくこんな料理が作れたな」

ひとり、笑顔を見せないジャガ。

ナラン「ひとりひとりついでいくから、蒸しパンと一緒に食べて~!」

※ここの蒸しパンはモンゴル料理の『マントウ』をイメージ。

   ×   ×   ×

わいわい言いながら食べている子ども達。

「おいしい~!」
「こんなのはじめて食べた~」
「おかわり~」

など、大好評らしいナランの料理。

アバ「(食べながら)うん、美味い……! 偶然の出会いは、運命の出会いだったみたいだな」

手をつけないでいるジャガ。

アバ「どうしたんだジャガ。毒を疑っているのかな」

ジャガ「……まあな」

アバ「君にだけ毒を入れるようなタイミングはなかったよ。もし殺すなら、子ども達ごと殺すのだろうが」

アバ、ナランを見る。
子ども達に囲まれ、ニコニコ愛らしそうに鍋のおかわりをついでやっている。

アバ「あの元斥候に、そんな度胸はないと思うな」

ジャガ「…………」

おそるおそる料理に口をつけるジャガ。

ジャガ「!」

その美味に驚いているのか、目が輝き、言葉を失っている。
やがてがつがつと、料理を平らげはじめるジャガ。

アバ「ふふ。舌の相性はいいみたいだな……」

アバ、ナランに手を振り。

アバ「ナラン! とてもおいしいよ!」

ナラン、恥ずかしそうに頭をかいて笑っている。

ナランM「……そういえばこんな風に、料理を食べてもらうのってはじめてだな……」

幸せそうな子ども達を眺めて。

ナランM「私もしかして……この仕事、向いてる?」

N「こうして元斥候のナランは、村の台所番として日々、料理の腕を振るうことになったのですが……」

■日の暮れたウルゲン村

N「……以後、ナランの料理によってこの世界の歴史が大きく動こうとは、ナランもまったく予想していなかったのでした」

                               続く


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