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BRIDGE①~箱庭にて~

アルフレッドとバート、ふたりを乗せた定期船は、数日の航海の後、エクナ島へと入港した。

船を下りたふたり。アルフレッドがシャストア信者として己を一から鍛え直す。そのために師匠であるシャストア高司祭プリメラを捜す。その手掛かりを求めてエクナ島へとやって来たのだ。

まずは情報収集だ。勇んで歩み出そうとしたアルフレッドの出鼻を挫くかのように、彼に声を掛けてくる人物が。

「アルフレッド様、そしてバート様とお見受けいたします」

その人物は、全身を覆うローブ姿のため体形が判らず、また頭巾(フード)を目深に被っているため顔も良く見えない。

「確かに僕たちのことですが……。何か御用ですか?」

アルフレッドが応えると。

「我が主が、お二人にお逢いしたいと申しております。ご同行願えませんでしょうか」

と、ローブの人物。嗄れた声にこれと云った特徴は無い。だが、驚くほど存在感の希薄な人物だ。

「怪しさ大爆発っスが……。さて、どうするっスか?」

バートが判断をアルフレッドに委ねてくる。確かにバートの云う通り不審人物そのものだ。が、不思議と邪悪な気配は感じない。

「……判った。貴方について行こう」

怪しいことこの上ない。が、アルフレッドは従うことに決めた。

「では、こちらへ」

そう云って先を歩き始めるローブ姿。アルフレッドとバートは顔を見合わせた後、静かにその人物の先導に従った。

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「こちらです」

「ここは……」

ローブ姿の後を追い、歩くこと暫し。

怪しい路地裏に連れ込まれたりすることもなく、気が付けばふたりは小さな建物の前に居た。

「ここは……ペローマ神殿ですね?」

そう。ふたりが連れて来られた先はここエクナ島のペローマ神殿。

中でも書物の所蔵と自由な閲覧を目的とした、まあ要するに図書館だ。

「我が主は、中でお待ちです」

その言葉を最後に、ローブだけがふぁさっ、と地面に落ちる。まるでそれを着ていた人物など、最初から居なかったかのように。

「なになに!? 消えた!? あいつ何処行った!? 怖っっ!!」

慌てふためくバート。ロベールで巨額の報奨金を受け取ってから、どうもテンションがおかしい。

「どうやら人間ではなく、魔法か何かで創られた従者だったようだね。存在感が希薄だったのも頷ける」

アルフレッドが納得する。

「この神殿に案内したかったみたいっスね。鬼が出るか蛇が出るか、入ってみるっスかね?」

「そうしよう」

そうして入口の扉を開け、アルフレッドとバートは建物の中へと入って行ったーーーー。

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建物の中には、広大な空間が広がっていた。

その空間を埋め尽くすように、様々な形状や大きさの書架が所狭しと並んでいた。そしてそれらの書架いっぱいに、様々な時代の書物が収められていた。

……おかしい。どう考えても、建物の外観と内部の広さの辻褄が合わない。

「どうなってるっスか……」

と云ってバートが振り返った先。たった今入って来た筈の建物の入口が、影も形も無くなっていた。

「と、閉じ込められた!?」

動揺するふたり。と、そんなふたりに。

「やあ。アルフレッド君に、バート君だね。ふたりとも、良く来てくれたね」

激渋のバリトンで声が掛けられた。

若い女性が聴いたら一撃で腰砕けになりそうな、渋さを含んだ甘いイケオジボイスだった。

ふたりは声のした方を振り返る。そこには誰の姿も無かった。

「怖っっ!!」

……いや違う。背が低くて眼に入らなかっただけだ。そこには10歳になるかならないか、くらいの美少年の姿があった。

アルフレッドとバート、あまりの情報量の多さに、フリーズしてしまう。

「どうしたふたりとも? 寝惚けているのかい?」

美少年が、ふたりの顔の前でぱちんぱちんと親指を鳴らす。件のイケオジボイスが、眼の前のまだ変声期も迎えていなさそうな少年の口から発せられているのは、どうやら間違いなさそうだ。

正気に戻るアルフレッドとバート。ツッコミポイントがあまりに多過ぎて正直何処からツッコんだものやら。と云う訳でバートは、とりあえず思い付いたことから口に出す。

「ここってひょっとして……噂に聞く<無限図書館>ってヤツっスか?」

「ほう……。良く知っているね。まあ<無限図書館>と云うのは俗称でね。我々はここを<ペローマの箱庭(ガーデン・オブ・ナレッジ)>と呼んでいる。ここはペローマさまご自身か、あるいはその協力神によって創造された空間でね。人の手に成る書、そのすべての写本が自動的に収められる、ことになっている」

「ペローマの、箱庭……。と、云うことは、ここにいらっしゃる貴方は、ペローマの最高司祭さまでしょうか?」

アルフレッドが美少年の正体を質すと。

「いかにも。ここエクナに於けるペローマの最高司祭は、代々この<ペローマの箱庭>の司書を任ぜられていてね。私のことはそうだな……<司書(ライブラリアン)>、とでも呼んでくれたまえ」

少年、いや<司書>が応える。

「あの……貴方はどう見ても10歳にも満たない子どもにしか見えません。ですがそのお声や立ち居振舞いは、僕たちよりも歳上のそれだ。一体、どう云うことなのでしょう?」

アルフレッドが当初からの疑問をぶつける。すると少年は。

「ふむ。先ほども云ったとおり、ここは神によって創造された空間でね。通常の物理法則に支配された空間ではない。外の世界とは在り様が根本的に違うのだよ。ここでは時間の流れが外界と比べて遥かにゆっくりでね。そして私は生まれてから殆どの時間をこの<箱庭>で過ごしている。ゆえに肉体の時間と魂の時間の乖離が生じているのだ。ここでは声は魂から発せられているため、私が生まれてから経過した時間に相応しい声となって聴こえているのだよ」

と、説明してくれる。

「なるほど。だから子どもの姿なんスね。あ、じゃあひょっとしてずっとこの中に居れば、擬似的な不老不死が実現できるんじゃあ……?」

<司書>の話を聞き、バートが思い付いたことを質問する。だが<司書>は首を左右に振ると。

「残念ながら魂にも寿命はある。その長さは肉体のそれと大して変わらない。ゆえに私も若い姿のままで寿命死するのだろうね」

「ま、世の中そう都合良くはいかないってことっスね」

残念そうにバートが云う。

「それにしても、エクナのペローマ神殿がこの<箱庭>の入口なんですね? これでは間違って迷い込む人達が大勢居ませんか?」

アルフレッドが心配すると。

「ご心配には及ばんよ。<ペローマの箱庭>には、管理者権限を持つ司書である私が許可した者しか入ることが出来ない。許可無き者があの扉を開けても、その先に待つのは街の小さな図書館さ。そう云う意味では、ここは邪悪な意図を持つ者は決して入ることの許されない、とても安全な場所なのだよ」

「なるほど……」

頷くアルフレッド。

「じゃあオイラたちをここに招いたのも、<司書>のダンナなんスか?」

バートが先ほどのローブ姿を思い出し問うと。

「そうだ。『傀儡』を使って招待させて貰った」

「僕たちと貴方の間に面識は無かったように思います。そんな僕たちをわざわざ招いた理由は一体何なのでしょうか?」

アルフレッドが、核心を突いた質問をする。

「良い質問だ。君たちが逢いたがっている人物が見付かることは怖らく無い」

「僕たちが逢いたがっている…………? ひょっとして、プリメラ高司祭のことですか?」

「そうだ。奴はこの<箱庭>の中に居る」

「なんですって!?」

思わず頓狂な声を上げるアルフレッド。

「師匠が一体何故ここに……!? いやそんなことより、貴方はプリメラ高司祭とお知り合いなのですか!?」

アルフレッドの質問に、要領を得ないと云った顔で首を傾げていた<司書>。が、やがて何かに気付いたかのように。

「なるほど。君は奴から聞いていないのか」

「聞いていない? 一体、何をです?」

「君の師匠どのの素性さ。奴は、シャストアの最高司祭だ」

「な……!! なぁんですってぇぇぇぇぇぇ!!!!!?」

アルフレッド、リアド大陸からここエクナ諸島群に航って来て以来、最大級の衝撃。

「それに奴は変装と演技の達人でね。君の前では老婆の姿をしてプリメラと名乗っているようだが、奴はいつも異なる名前、性別、年齢、容姿で我々の前に姿を現すのだ。実のところ我々最高司祭勢も、奴の本当の姿は知らないのだよ」

衝撃的な事実を次々に告げてくる<司書>に、唖然となるアルフレッド。と、そこへ。

「……余計なことをべらべらとくっ喋(ちゃべ)るんじゃないよ。まったく、この父っちゃん坊やが」

書架の間を1人の老婆が音も無く歩いてくる。その声を聴いた途端、アルフレッドがぴっと背筋を伸ばして。

「ご無沙汰しています! 師匠!」

そう云って老婆に向け、深々とお辞儀をした。

「よお。元気そうだね、小僧」

「はい! 師匠の教えの賜物です!」

……アルフレッド、随分と体育会系になっていた。

「こうして面と向かってご挨拶をするのは初めてっスね。バートっス。アルフの相棒をやらせて貰ってます」

バートもプリメラに挨拶をする。

「知ってるよ。小僧が世話になってるね」

「なんの。世話になってるのはオイラの方っスよ」

一通りの挨拶を済ませると、バートは。

「プリメラ師匠がシャストアの最高司祭さまで、その縁でペローマの最高司祭さまとも知り合いで、それでこの<無限図書館>……じゃなかった、<ペローマの箱庭>に入れたってのは理解できたっス。それで、プリメラ師匠はここで一体何をなさってたんスか?」

物怖じせず、プリメラに質問をする。

「なに、ちょいとした調べものさ。どうやら厄介な事態が起きそうなんでね。その事前調査さ」

「厄介事……と云うと、<破滅の預言者>に関わることでしょうか?」

アルフレッドが問うと。

「<破滅の預言者>? ああ、あんな小物とは関係無いね。儂が調べてるのは、諸島群全土を巻き込みそうな厄介の種さ」

「小物……」

仮にも傾国の犯罪組織を小物扱い。

「<破滅の預言者>以上の脅威、ですか? それは一体……?」

アルフレッドが怖る怖る問うと。

「莫迦者! お主には今向き合うべき問題があるのだろう? まずは自分が解決すべき問題に集中しな!」

一喝された。確かにその通りだ。今アルフレッドが考えるべきことは<破滅の預言者>への対処。そのために強くなることだ。

「仰る通りです。私たちは<破滅の預言者>の野望を断たないといけない。そのためには、今以上に強くなる必要があります。師匠、どうか私に、今一度稽古を付けていただけないでしょうか?」

アルフレッドが頭を下げる。

「良いともさ。そのためにここに呼びつけた訳だからね。……おい、父っちゃん坊や。儂と小僧どもを、ここから出してくれるか?」

プリメラが<司書>に呼び掛ける。

「やれやれ。調べ物はもう良いのかね?」

「そっちは一旦中断だ。どうせ今日明日どうこうなる問題じゃない」

とのプリメラの答に。

「……ひょっとして師匠の調査をお邪魔してしまいましたか? 申し訳ございません。私の方は、後でも……」

「弟子が要らん気を遣うんじゃないよ。良いからついてきな。……おい父っちゃん坊や、出口はまだか?」

「すぐに扉を開くさ。……それはそうとその呼び名、どうにかならんものかね?」

「父っちゃん坊やか? ぴったりじゃないか。何が不満なんだい?」

「…………。まあ良いさ。では扉を開くぞ」

アルフレッドたちの前に、入ってきた時と同じ扉が出現した。プリメラ高司祭を先頭に、3人が扉をくぐる。最後に外に出たバートが背後を振り返ると。

「またおいで」

<司書>のその言葉とともに、<箱庭>への扉は閉じられたのだったーーーー。

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