【エ序5】エクナ篇序章③
ドントーとカシアに一時の別れを告げたアルフレッドとバートの2人。
ドントーの工房のある山の奥から、麓の港街アイゼムへと下りてきた。ドントーの武器製作が終わるまでの間、必要な物資を買い込んだり、情報収集をするためである。
あわよくばちょっとした冒険の依頼を引き受け、路銀を稼げれば良いなどと考えていた。
港の雑貨市にて日用品を購入したアルフレッドとバート。ちょうどその時、エクナからの定期船が入港してきていた。
船からの降客で、更に賑わう港の雑踏。と、その時バートが。
「あ、アルフ! あれ!!」
船の甲板から港へと続く階段。続々と客が下りてきているその階段を、バートは指差している。
「どうしたバート? 知り合いでも見付けたかい?」
アルフレッドが呑気に問うと。
「あいつだ! ペリデナ女王の宮廷魔術師!」
「なに!?」
驚き慌てて船の方を見やるアルフレッド。だが距離が遠過ぎて、降客の顔の判別まではつかない。
「間違いないのかバート!? 他人の空似と云うことは!?」
「あの顔は忘れないっス!!」
アルフレッドは《鷹目》の魔法を唱える。拡大された視界の中、アルフレッドにもローブ姿のその人物の顔がはっきりと見える。
「間違いない。奴だ……! 名前は確か、マルホキアス」
バートは裸眼で発見した。さすがの眼の良さだ。
「何か後ろに、女の子を連れてませんか?」
「なに!?」
バートの指摘に、アルフレッドも男の後ろを確認する。
確かに、年端も行かない少女が、マルホキアスに付き従っている……ように見える。
「奴の仲間だろうか?」
「いや、なんか様子がおかしいっスよ。表情に生気が無い。無表情……ってのとは違う。心ここに在らず……と云うか、眼の焦点が合っていない感じっス」
「魔法か薬品か何かで、操られているのだろうか?」
「そう!! そんな感じっス!!」
的を射たり、と云った感じのバート。
「大変だ。もしも事実なら早く助け出さないと。それにフルーチェも、女王のことで奴に話を訊きたがっていたし」
「雑踏の中で大暴れされたら厄介っス。とりあえず後を尾けて、奴の潜伏先を確認しましょう。んでフルーチェに連絡を入れる」
「そうだな……。奴が女の子に手出しをしない限りは、そうしよう」
かくしてアルフレッドとバートは、マルホキアスとおぼしき人物の遥か後方から、尾行を始めたーーーー。
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ローブ男と少女の、尾行を開始してから暫しの後ーーーー。
男と少女は徐々に、人気の無い路地裏へと進んで行く。道が入り組んでおり距離を置いての尾行が段々と困難になる。アルフレッドたちとの距離が、少しずつ縮まって行く。
やがてアルフレッドたちは角を曲がり、路地裏の広い空間へと出た。
男と少女の姿は無かった。
「見失った!?」
焦るバート。
すると、2人の背後から。
「……尾行には随分前から気付いていたが、一体何者だ?」
そう云いながら、少女を引き連れたローブの男が姿を現した。
(しまった!! 尾行に気付かれていた!! 誘い込まれたか!?)
表情にこそ出さないが、内心焦るバート。
ローブ男の貌。それは紛れもない、宮廷魔術師マルホキアスその人であった。
「とうとう見付けたぞ!! マルホキアス!!」
アルフレッドが名指しする。するとマルホキアスは。
「お前たちは確か、抵抗軍の……? 何だそうか。『奴ら』の追手ではないのか」
意外そうな表情を浮かべ、そうひとりごちる。
(どう云うことだ? 元抵抗軍以外に、こいつを追ってる奴が居るのか? 何のために?)
マルホキアスの台詞に、違和感を覚えるバート。
「マルホキアス!! その女の子は何だ!?」
アルフレッドが少女を指差し問う。マルホキアスとアルフレッドたちのやり取りにも、少女はまるで無反応だ。明らかに様子がおかしい。
「なに。『知り合い』の『娘』を『預かっている』だけだ。お前たちには関係の無い話だ」
マルホキアスはひとつも嘘を吐いてはいない。ただしこの場合の『預かった』は、『娘は預かった。返して欲しければ……』でお馴染みの『預かった』だが。
「そうは問屋が卸さない。お前にはペリデナ女王の件で訊きたいことが山ほどある。一緒に王宮まで来て貰うぞ」
アルフレッドの宣言に、盛大に溜息を吐くマルホキアス。
「少しは空気を読め。ドワーフの軍事クーデターなど、とうに終わった話だ。悪いが今の私は忙しい。お前たちなぞに構ってやっている暇は無い」
「何だと!? ふざけるな!!」
まるで興味の無いと云ったマルホキアスの態度に、怒り心頭のアルフレッド。
「忘れたっスか? オイラたちは一度、アンタに勝ってるっスよ?」
バートも試しに挑発してみる。するとマルホキアスは、またも盛大に溜息を吐き。
「あの時点ではまだ正体を知られる訳にはいかなかったからな。力を使わなかっただけだ。本気で闘ってお前たち如き雑魚に負ける筈が無いだろう」
と、面倒臭そうに云ってのける。
「そんな負け惜しみのハッタリが通じるとでも?」
アルフレッドも負けじと反論する。するとマルホキアス、みたび大きな溜息を吐き。
「ベルリオースでの計画はお前たち抵抗軍のお蔭で失敗に終わったからな。今更力を隠す必要も無い。来い。一瞬で終わらせてやる」
そう宣言したマルホキアスの背後に浮かぶ影。生物とも無生物ともつかない、生理的嫌悪感と根源的恐怖を催す異形の幻影。それはーーーー。
「ーーーー<悪魔>!!!?」
(野郎!! 魔術師じゃなく邪術師だったのか!!!?)
アルフレッドとバートは遂に真実を眼にした。そしてこの時、バートの頭脳は目まぐるしく回転していた。
(奴の正体は邪術師!! 奴はそれを知られないよう力を隠し、魔術師のふりをしていた!? だが誰に対して!? 女王!? それはおかしい。女王は<悪魔>と契約していた。マルホキアスはその女王が招聘したんだから、当然女王は奴が<悪魔>契約者だと知っていた筈。でなきゃ辻褄が合わない!!)
そこまで考え、ふとバートは発想を逆転させる。それは、バートのみならず抵抗軍全体が感じていた、ペリデナ女王に対する違和感。
(女王は独善的とは云え、己の中の正義に基づいて行動していた。そんな女王がいかなる目的のためであれ、<悪魔>なんかと契約などするだろうか? もしも、契約が女王の意思でなかったとしたら? 本人も知らぬ間に、無理矢理契約させられていたのだとしたら? 邪術師を雇い入れたりなどする筈が無い! マルホキアスは女王に対して『正体』を隠していたと云うことになる! だとしたら……)
飛躍かも知れない。だが、バートはここでひとつの仮説に到達する。
(どの時点から関わっていたのかはまだ判らない。だが、ドワーフの軍事クーデターの黒幕はーーーーマルホキアス!!!?)
額に汗を滲ませながら、バートはひとつカマをかけてみることにする。
「なるほど。ペリデナ女王に<悪魔>と契約させたのはアンタだと、フルーチェにバレてしまったから、今更邪術師であることを隠す必要も無いって訳スか?」
バートの発言に内心驚くアルフレッド。が、バートの意図を汲み、その驚きを態度や表情には一切顕さない。
「ふん。やはりあの魔術師の小娘は、その真実に辿り着いたゆえ私を指名手配した訳か」
(ーーーーやっぱり!!!!)
バート、心の中でガッツポーズを取る。
(やったぞ! 言質を取った! こいつはフルーチェに良い土産話が出来たっス!)
マルホキアスの計画とやらの全貌を把握出来た訳ではない。それでも、ドワーフの軍事クーデターにマルホキアス、ないしその仲間たちの意図が関わっていたことは確証が持てた。
「マルホキアス。このままお前を野放しにしておく訳にはいかない。力尽くでも共に来て貰うぞ」
アルフレッドがそう云って細刀(サーベル)を抜き、刺突撃の構えを取る。これまでの幾多の闘いで磨き続けてきた、アルフレッドの得意戦技だ。
「御託は良い。さっさと来い」
マルホキアスは余裕の態度を崩さない。
「気を付けてくださいアルフ。奴は怖らく、今までと異なる攻撃パターンを繰り出して来るっス」
「ああ」
バートの忠告に頷くアルフレッド。次の瞬間、過去最高の速度でアルフレッドが突撃する!
その細刀の切尖が、まるで吸い込まれるようにマルホキアスの左胸に伸びてゆきーーーー!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
左胸を貫かれたアルフレッドが、路上に倒れ伏していた。
「あ…………アルフぅぅぅぅ!!!!」
バートの絶叫が路地裏に響く。
アルフレッドの許へ駆け付け、彼を抱き起こすバート。左胸の傷口は、心臓をわずかに逸れていた。あと数メルチずれていたら、アルフレッドは即死していただろう。とは云え重傷であることに変わりは無い。
(何だ!? 一体何が起こったっスか!?)
バートもアルフレッドが攻撃を受けた瞬間は見ていた。だがあまりに突然で想定外のことで、確信が持てない。
(奴に突き刺さる筈だったアルフの剣……。それが、アルフ自身に刺さっていた! 攻撃反射!? あるいは攻撃反転か!?)
これが、マルホキアスの真の能力だとでも云うのか? その全容を検証するには、もう一度攻撃するしかない。
「てめえ!! アルフに何をしたっスか!?」
わざと何も判っていないような台詞を吐き、槍を構えるバート。これからマルホキアスの能力の検証をしようとしているのを、彼に悟らせないようにするためだ。
「よくもアルフをぉぉぉぉ!!!!」
バートが槍による突撃を行う。ただし、敵の能力が攻撃の反射か反転と想定出来ているため、槍の狙いはうんと甘めだ。
そして、バートの槍の一撃がマルホキアスに命中する!
…………瞬間。バートは確かに見た。マルホキアスに命中する筈の槍の穂先が空中に掻き消え、バートの方に向いて再出現するのを!
(反転!! 奴の能力は攻撃の自動反転だ!!)
バート自身の攻撃の精度が甘めだったため、槍はバートの左腕を傷付けただけだった。だがバートは急所に当たったかのような演技をしてみせ、派手にうつ伏せに倒れそのまま動かなくなった。
するとマルホキアスは。
「……雑魚とは云え、こやつらのせいでベルリオースでの計画が破綻したのは事実だ。後顧の憂いを断つためにも、止めを刺しておくとするか」
などと独言を呟きながら、ゆっくりとバートたちの方へ近付いて来る。
(ヤバっ! 不意を衝いて攻撃したところで、反転されちまうっスね。さて、どう誤魔化したモンスか……)
内心焦り、冷汗を滴らせるバート。意識を失ったふりをしながら、どうこの状況を打開しようか頭をフル回転させる。ーーーーと。
「通報があったのはこっちか!?」
「ああ。誰かが闘っているらしい」
遠方から幾人かの鎧の金属の擦れる音、鉄靴の足音、そして話し声が聴こえてくる。どうやら誰かがガヤン神殿に通報したらしい。ガヤン信者たちが近付いて来るのだ。
「ちっ……。今姿を見られるのは不都合だな」
舌打ちをするマルホキアス。
「こやつらは致命傷だ。どうせ放っておいても死ぬ……か」
そう呟くと、マルホキアスは少女を伴い足早にこの場を去って行った。
……………………………………………………。
やがて、マルホキアスの気配が完全に感じられなくなった頃。
「ぷはっっ!!」
意識を失ったふりをしていたバートが、止めていた息を吐き出した。いや、息を止める必要は無かったと思うが。
「アルフ!!!!」
バートは急ぎアルフレッドの方へ駆けて行く。そして、出血を抑えるための応急手当をする。
そう云えば、近付いて来ている筈のガヤン信者たちが、いつまで経ってもやって来ない。足音や話し声も、いつの間にか止んでいる。
「まさか……!」
アルフレッドの魔法だったと云うのか。こんな状態になってなお、バートの窮地を救うため、《作音》の魔法を使っていたと云うのか。
「アルフ……。アンタって人は……。凄えっス!」
涙ぐみながらもアルフレッドの応急手当を終えると、バートは彼を抱え上げ、立ち上がる。そして。
「アルフ、オイラが絶対に死なせたりしませんよ! だから、頑張ってください!!」
そう云って、ペローマ施療院への道を、急ぐのだったーーーー。
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