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【エ序9】エクナ篇序章⑦

ドントーとカシアがマルホキアスを追って、<破滅の預言者>の旧アジトを目指すべくアイゼムの街に別れを告げてから、半刻後ーーーー。

アルフレッドとバートの入院する病室に、意外な人物が訪れた。

「久し振りだな。バートよ」

鮮やかな赤毛に眼鏡越しの翠の瞳、何処か偉そうなその人物の素性に、バートはすぐには思い至らなかった。

「あの…………どちら様でやんすか?」

ちょっとへりくだってみる。

「酷いなバート。私の顔をもう忘れたのか?」

眼鏡を少しずり下げて苦笑する、その人物の顔に暫し見入るバート。やがて、その表情がみるみる驚きへと形を変えていく。

「び、ビナークさま!?」

「莫迦者!! 声が大きい!!」

思わず大きな声でその名を呼ぶバートの口を、慌てて塞ぐビナーク。

「あ、すみません。でもどうしたんですその髪と眼の色!? ……あ、印象操作の眼鏡か」

バートはビナークが着用している眼鏡に考えが至る。かつて抵抗軍として活動していた時、魔術師であることを隠すためフルーチェが主に身に着けていた、印象操作の魔法が施された眼鏡だ。

本来は王族がお忍びで外出するために作られたものだったが、魔術師の容姿は目立つため、フルーチェが借り受けていたのだ。

人間の王政府が政権を奪還して抵抗活動が終了したため、本来の持ち主の手に戻ったと云ったところか。

「でもなんで王さまがここに? オイラが注文したのは上級治癒術の使い手っスよ?」

いくぶん声を潜め、バートが疑問を口にすると。

「実は、あの後王宮で一悶着あったのよ」

と、ビナークの背後に居た、頭巾(フード)で髪を隠した女性が答える。フルーチェだ。

「フルーチェ!? お久し振りっス! ……一悶着?」

バートが首を傾げる。

「ここに居る典医のクイト先生が、自分は王の傍を離れられないから行かないって、ごねたのよ」

云いながら、フルーチェが自分の後ろに立つ初老の男を紹介する。

「典医!? 典医っつったら、王さま専属のお医者じゃないですか!? そりゃ王さまの傍を離れられなくて当然っスよ! そんな偉い人を連れて来たんスか!? オイラたちは上級治癒術の使い手であれば、誰だって良かったんスよ」

バートの言に、うんうんと頷くクイト医師。ようやく物の道理の判る人物に逢えて、嬉しいのだろう。

「ところがね。ウチの宮廷医団で上級治癒術を扱えるのは、クイト先生だけなのよ」

とのフルーチェの言葉に。

「ええ!!!? それは…………ご迷惑をかけちまいましたね。申し訳なかったっス」

バートには通信の後王宮で起きたであろうごたごたが容易に想像でき、思わず謝ってしまう。

「で? これは、フルーチェの思い付き(アイディア)っスか?」

バートが問う。だがビナークは首を横に振り。

「モナリの提案(アイディア)だ。あの娘、純朴そうな容姿をして中々に大胆だな。私たちを前にこう云いおった。『陛下がアイゼムの街へ、アルフレッドさんのお見舞いにいらっしゃれば良いのですよ。クイト先生は陛下のお側を離れられないのですから、アイゼムの街へついて来てくださるのでは?』」

「全く、発想が破天荒と云うか……。一体誰に似たんだかな?」

そう云って、ジト目でフルーチェを睨むクイト医師。モナリの魔術の師匠はフルーチェではない。が、宮廷魔術師のイロハを教えているのはフルーチェだ。

当のフルーチェは、とぼけた表情で明後日の方を向きながら、口笛を吹いている。

「で? 他には誰が来てるんスか?」

バートが問う。お忍びである以上あまり大所帯では来れないだろうが、かと云って王が居るのだ。警備を手薄にも出来ないだろう。

「私とクイト先生の他は、この部屋の前でレクトさんが見張っているわ。それだけよ」

バートが部屋の入口を見やると、近衛騎士団長のレクトがこちらに小さく手を振ってきた。ちなみにいつものような騎士鎧では勿論なく、革鎧に腰から剣を提げている。冒険者を意識した軽装のようだ。

「云い出しっぺのモナリちゃんは来てないんスね」

「云い出しっぺだからよ。陛下不在の間の公務を全部代行してるわ」

「あらら。そりゃあ大変っスね」

などとバートとフルーチェが会話を交わしていると、クイト医師が。

「それで? 私としては、とっとと患者を治療して、陛下を王宮へと連れ帰りたいのだがね?」

痺れを切らし、バートにそう申し出る。

「おっとそうでしたね。アルフはこちらっス」

バートがそう云って、隣の寝台(ベッド)とを区切る幕布(カーテン)を開く。そこには胴に包帯を巻かれ、眠り続けるアルフレッドの姿があった。

「判った。早速治療に入るとしよう」

クイト医師が手術着に着替え、持ち込んだ医師鞄を開ける。治療の準備が整ったところで、幕布を閉め、施術を開始する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

「ん………………?」

アルフレッドが眼を醒ますと、視界には自分を心配そうに覗き込むバートの貌があった。

「気が付いたんスね!? アルフ!!」

泣きそうな貌のバート。

「ここは……? 僕は一体どうしたんだ……?」

混乱するアルフレッド。

「憶えてるっスかアルフ? オイラたち、マルホキアスと闘ったっスよ」

ぼうっとしていたアルフレッドの眼が、徐々に生気を取り戻す。理解の色が浮かぶ。

「そうだ!! マルホキアス!!」

急にがばっと上半身を起こしたアルフレッド。胸部に強烈な痛みを覚え、唸り声とともにうずくまってしまう。

「駄目っスよ。ついさっきまで昏睡状態だったんスよ。ようやっと傷を癒したんスから、急に動いたりしないでください」

「昏睡状態……? 僕に、一体何が……?」

アルフレッドを落ち着かせたバートは、これまでの経緯を説明する。

マルホキアスの真の能力が攻撃反転能力であること。そのせいでアルフレッドが重傷を負ったこと。治療のためには、この街では確保困難な上級治癒術師が必要で、バートが報奨を使って王宮にその派遣を依頼したこと。それで王の典医クイトが、ビナーク・フルーチェ・レクトとともに来訪してくれたこと。

更に少し前には、帰還の遅いアルフレッドとバートを心配して、ドントーとカシアが山を下り、ふたりを捜しに来てくれたこと。マルホキアスこそがドントーとその仲間たちの宿敵であり、ドントーの武器はマルホキアスに対抗するために作られていたと云うこと。マルホキアスが連れていた少女はマリアと云い、ドントーの仲間の1人アザリーの実娘であること。アザリーに対する人質として誘拐されたのだろうと云うこと。そしてドントーとカシアは、マリア救出のためマルホキアスを追って行ったと云うこと。

勿論これらの説明には、ビナークやフルーチェたちにも同席して貰い、情報を共有した。

「そう……。そんなことがあったのね……」

さすがのフルーチェも驚きを隠せず、得た情報を整理している。

一通りの話を聞いたアルフレッド。やおら寝台から起き上がり、冒険の装備を身に着け始める。

「ちょ、ちょっと! 何してるんスかアルフ!?」

バートが慌てて声を掛けると。

「カシアたちを助けに行く」

と、返答する。

「莫迦云わないでくださいよアルフ! アンタ絶対安静なんスよ!? その躰じゃあ、行っても足手まといになるだけっスよ!?」

バートが止める。だがアルフレッドは。

「カシアの強さは僕も十分理解している。そしてそのカシアが認めた、ドントー師の戦士としての力量もそうとうなものなのだろう。だがもしもマルホキアスの能力が無制限な攻撃反転だとしたら、ふたりの高い戦闘能力が仇になってしまい、むしろ危険だろう。僕なら魔法による支援もできる。行く意味はある筈だ」

と、なおも病室を出て行こうとする。そこへクイト医師が。

「確かに私は君の内臓の損傷を修復し、傷を塞いだ。が、魔術で無理矢理塞いだだけであって、完治した訳ではない。完治には肉体本来の再生を待つ必要がある。今無理をして、躰に大きな負荷を掛ければ、折角塞いだ傷口も再び開くことになるだろう」

と忠告する。だがアルフレッドは。

「わざわざご足労いただき、そして治療していただいたことは本当に感謝しています。貴方には無謀に思えるかも知れませんが、大事な友人に危険が迫っていると判っているのに、ここで指を咥えていることは僕には出来ません」

そうクイト医師に一礼すると、病室を出て行く。

「あ、待ってくださいアルフ! オイラも行くっスよ! ドントーさんから敵アジトの場所を訊いたのはオイラなんスから、オイラが一緒に行かなきゃ目的地が判んないでしょうに! 全く強情なんだから。……あ。フルーチェたちはどうするっスか?」

去り際、バートがフルーチェに確認すると。

「一緒には行けないわ。今回私は王の護衛として来ているの。このまま戦地へ赴くには兵力が足りないわ。ごめんね」

「あ、いや、気にしないでくださいっス。アルフを治しに来てくれただけで感謝っスよ。それじゃまた!」

そう云うとバート、アルフレッドの後を追って行った。

残されたビナーク一行。

「……さて。それじゃあもう暫くこの街に滞在しましょうか?」

とのフルーチェの言に。

「莫迦な。何故王城に戻らない?」

とクイト医師が疑問を呈する。

「だってあの様子じゃあ、アルフレッドはどうせ傷口が開いて帰って来るわよ。報奨の依頼は彼の外傷を治すことなんだから、最後まで責任を持たないと」

フルーチェがしれっと答える。

「うむ。フルーチェの云う通りだ。それに先ほどバートから聞いた話。我々の知らない情報が多かった。ドントーとやらが共に帰還すれば、更に詳細な情報が訊けるのではないか? 待つ価値はあろう?」

ビナークも同意する。

「……全く!! この国の王族の危機管理は、一体どうなっている!?」

頭を掻きむしるクイト先生だった。

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アルフレッドとバートがアイゼムを発った翌日ーーーー。

ドントーの遺体と、再び傷口の開いたアルフレッドを担いで、カシア、バート、そしてマリアがアイゼムの街へと帰還した。

ビナークたちは王都へは戻らず、彼らの帰還を待ってくれていた。

ドントーの遺体に関しては、フルーチェが秘密裡に素性を明かしてガヤン神殿に働き掛け、お咎め無しと云うことになった。

国家転覆を図った重罪人の協力者たるテロリスト集団に殺害された被害者であり、同時にそのテロリストと闘い抜いた英雄でもあるため、王家の方で葬儀を行いたい旨話し、納得して貰ったのだ。

バートはビナークたちが残っていてくれたことに当初驚いたが、すぐにアルフレッドとマリアをぺローマ施療院に運び込むと、クイト医師に再び治療を依頼した。

クイトはアルフレッドの状態に呆れつつも、厭な貌をせず治療をしてくれた。

マリアについても魔法の影響や後遺症が無いか一通り検査して貰ったが、疲労や衰弱はあるものの特段の心配は要らない健康体であることを保証してくれた。

一方でカシアは、ドントーの遺体を彼の工房に連れて行くと云って聞かなかった。

「爺さんはあそこで十年近くを過ごしたと云っていた。きっと思い入れのある土地なんだ。だったらあの場所に葬ってやりてえ」

すると皆の居る病室に突然、ひとりの妙齢の女性が当たり前のように入って来た。そしてカシアの言に同意するようにこう云い放つ。

「同感ね。少なくとも王城の一角に英雄として葬られたりするより、本人的にはよっぽど落ち着くと思うわ」

「……誰だ? アンタ」

直前まで気配に気付けなかった。カシアが警戒しながら素性を問うと。

「……私の名はアザリー。長い時間を彼とともに闘い抜いた、ドントーの盟友のひとりよ。葬儀儀礼は、是非私に執らせてちょうだい」

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