【エ序6】エクナ篇序章④
「ーーーーと、云うことがあったんスよ」
山を下り、港街に着いてからの経緯を、バートがドントーとカシアの2人に説明し終えた。
「ペリデナの宮廷魔術師……! 奴が、お前とアルフレッドをこんな目に遭わせたのか……!」
怒りに拳を震わせるカシア。そして。
「ドワーフ女王の宮廷魔術師……。 そうか……。そんなところに潜り込んでおったのか……」
大きく息を吐き出すように、感慨深げにドントーがそう零した。
「何を云ってるんだ爺さん? ーーーーまさか!?」
ドントーの独言に、カシアが何かに気付いたかのように声を上げた。
「ああ、そのまさかじゃ。儂と仲間たちの宿敵、それがマルホキアスじゃ。奴の攻撃反転能力には、儂らもさんざん苦しめられた」
「じゃあ、たったひとりの難敵に対抗するために爺さんが作った武器と云うのは……」
「そう。マルホキアスの攻撃反転能力を打ち破るためのものじゃ」
「そうだったのか……。でも何で、爺さんがドワーフ軍事政権の宮廷魔術師と闘っていたんだ?」
「違う。マルホキアスの正体はテロリスト集団である<破滅の預言者>と云う組織の幹部邪術師だ。怖らく目的があって正体を偽りドワーフ女王に宮廷魔術師として雇われ、政権内に潜入していたのだろう」
「目的?」
「ああ。察するに奴は、戦争を起こそうとしていたのではないか?」
「あ、ああ。ペリデナ女王がベルリオース軍の正しさを証明するため、ロベールに再度戦争を仕掛けようとしていた。マルホキアスはそのための助言者として雇われたようだが……」
「違うな。話を聞く限り、女王にロベールとの戦争を決意させるよう誘導したのが、そもそもマルホキアスの仕込みだろう」
「何だって!? だが、女王はロベールとの戦争を決意したからこそ、あいつを雇ったんだぞ?」
「マルホキアス自身が別人の貌をしてか、あるいは部下を使ったかして、既に政権内に潜り込んでいたんじゃよ。怖らく後者だろう。そして巧みに情報を操作して、女王の意思を開戦へと向けていった。と、そんなところだろう。勿論、証拠は無いがな」
「なんてこった……! もしそれが本当なら、オレたち抵抗軍も女王とドワーフ軍も、最初(はな)っからマルホキアスの掌の上でずっと踊っていたってことか……!」
悔しさを滲ませるカシア。
「そう悲観することもあるまい。結果的にお主らは奴の企みを破壊し、戦争は起きなかったのだろ?」
「確かにな……。なあ爺さん、奴は一体何のために戦争を起こそうとしたんだ?」
カシアの問に、ドントーは鬚を撫ぜながら。
「奴、と云うより<破滅の預言者>の目的はかつてエクナを滅ぼしかけた<悪魔>の復活じゃ。戦争はあくまで、<悪魔>に力を取り戻させるための手段、と云ったところか。世の中に不和の感情が蔓延すれば、それはそのまま<悪魔>どもの力となるそうじゃ」
「そう云えば……。アルフに聞いたことがあるっス。かつてグラダス半島で多くの国が林立して争いが絶えなかった戦国時代。周辺の<悪魔>たちが活性化して、どこぞの国の王族にも犠牲者が出たそうっス。それが和平会議開催の一因にもなったみたいで」
バートが話に割り込み、アルフレッドから聞いたと云う大陸のエピソードを披露する。
バートの話にドントーは頷くと。
「それに、お主らが目撃したと云う様子のおかしかった少女。儂の仲間のひとりアザリーの愛娘・マリアに相違あるまい」
「あの鳥が運んできた、手紙に書いてあった娘か!?」
カシアが工房に届いたドントーへの書簡を思い出す。
「やっぱりあの子は誘拐された被害者だったんスね? すまねえっス。あの時オイラたちが救出できてさえいたら」
バートが頭を下げる。
「仕方あるまい。マルホキアスの能力は初見殺しじゃ。むしろお主は、良く冷静に相手の能力を分析できたな。大したものじゃ」
ドントーがバートの立ち回りを称賛する。
「……さて。儂はマルホキアスの後を追おうと思う。奴がマリアを何処かに監禁する前に助け出さねばな」
「爺さん、奴の行き先に当てはあるのか?」
カシアが問うと。
「奴がこの港に出現したのならばな。近くの山の中に、<破滅の預言者>のかつてのアジトのひとつがある。儂らに場所を知られて放棄したアジトだがな。奴は今儂がここに居ることを知らない。逃げ込むとしたらあそこじゃろう」
「オレも……」
行くぜ! と云いかけて、カシアは未だ意識を取り戻さないアルフレッドの方を振り向き、言葉を呑み込む。
そんなカシアの様子に気付いたバートが。
「行ってください姐御。ドントーさん1人だとマリアちゃんを人質に取られた時身動きが取れねえ。問答無用で彼女を取り戻す役回りが必要っス。それにオイラたち全員でここに居たって、アルフのために出来ることは何もねえっス」
カシアに出発を促す。
「アルフレッドの治療は、どうなっているんだ?」
カシアがアルフレッドの治療計画について問うと。
「今はとりあえず安定して、小康状態っス。ただし内臓に損傷を負っているから、回復には上級治癒術が必要っス。この街には上級治癒術の使い手は居ないらしいんで、手配しました。今は術師待ちっス。回復次第オイラたちもお二人の後を追いますんで、今は行ってください」
と、バート。
「判った……。アルフレッドのことは任せたぞバート。お前も気を付けろ」
「はい! アルフのことはお任せください」
拳を合わせるカシアとバート。
「と云う訳だ爺さん。オレも同行させて貰うぜ。マルホキアスをぶちのめし、仲間の娘を救い出そう」
ドントーは、カシアを頭頂から足の先まで改めて眺め回し。
「……ま、お主なら良いじゃろう。では急ぎ出発するとしよう」
「気を付けてください! お二人とも!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
バートに見送られ、港街アイゼムを後にしたドントーとカシアは、再び山深くへと踏み入る。と云ってもドントーが工房を構えたのとは別の山だが。
やがて、植物に覆われ隠された、洞窟の入口をドントーが指し示す。
「ここが、<破滅の預言者>の旧アジトじゃ。かつて儂らが攻め入ったことで、奴らはここを放棄した。急に潜伏する必要があるとなれば、ここくらいしかない筈じゃ」
ドントーとカシア。闘いの達人二人。互いに頷き合うと、気配を完全に殺して洞窟の中を奥へと進む。
やがて辿り着く洞窟の最奥。広い空間の入口から、ドントーがそっと中を覗き込むと。
(…………居たぞ)
ドントーに促され、カシアも中を覗き込む。空間の中央にマルホキアス。手前に彼の部下とおぼしき2人の人物が居る。
1人は長身の男性。身長は2メルー近くあり、筋骨隆々の強靭な体躯をしている。頭を剃りあげており、まるで敬虔な僧侶のような雰囲気を醸し出している。片手に持っているのは特大戦棍(モール)か。
もう1人は女性だ。線は細いが、無駄な肉の無い筋肉質で均整のとれた体つきをしている。耳が少し尖っており、どうやらエルファの血が混じっているようだ。
マリアとおぼしき少女は、その2人の近くに居る。相変わらず、魔法か薬品の影響下にあるようで、周囲に対し無反応である。
ドントーとカシアは互いに頷き合う。そして。
「マルホキアス!! とうとう見付けたぞ!! 一度発見された隠れ家に舞い戻って来るとはな!! 油断したか!?」
ドントーが堂々と姿を現し、大きな声でマルホキアスに怒鳴り付ける。
「ドントー!? 貴様何故ここに!?」
当然、マルホキアスも部下の2人も、場の全員がドントーに注目する。無反応だったのは、マリアだけ。
その全員の注意が集まったほんの一瞬。その刹那に、龍人の全肉体能力を解放し、カシアが駆けた!
一瞬の出来事だった。マリアを左腕に抱いたカシアが、そのまま一気に洞窟の奥まで駆け抜けた! そして。
「取り戻したぜ爺さん!! これでもうこの娘を人質には使えねえ!!」
カシアが吼えた。
「貴様は……!? 抵抗軍の……カシアか!? 何故貴様がドントーとともに居る!?」
マルホキアスがカシアに向け叫ぶ。
「世間は思ったより狭い、と云うことかの?」
「よくもアルフレッドとバートをやりやがったな!? 覚悟しやがれ!!」
ドントーとカシアが、それぞれマルホキアスに応える。
「貴様が居ると云うことは……、アザリーたちも来ているのか?」
マルホキアスが、周囲を警戒しながら問うと。
「いや。今ここに居るのは儂とそこの嬢ちゃんのふたりだけじゃ」
正直に答えるドントー。
「おい、爺さん!」
さすがのカシアもツッコむ。
「ふむ……確かに。であれば失策だったなドントー。力押しの2人では、私に通用しないことは百も承知だろう?」
攻撃反転能力のことを云っているのだろう。周囲に伏兵の気配が無いのを感じ取ってか、一転して強気な態度のマルホキアス。
「良いのじゃよ。儂らの今回の最優先目標は、あくまでマリアの救出だからの」
ドントー、嘘を吐く。マリアの救出は勿論重要だが、ドントーはマルホキアスを斃すつもりで来ている。
「させると思うのか?」
「勿論じゃ。現にお前たちは嬢ちゃんにマリアを掠め盗られとる」
皮肉たっぷりにドントーが云うと。
「ボロッシュ!! リーリュ!! マリアを奪い返せ!!」
マルホキアスが部下の2人に指示を出す。リーリュとは花の名だ。可憐な薄桃色の花。怖らくは女性の方の名前だろう。となると、男の方がボロッシュか。
部下の2人がカシアに迫る。マリアを背後に庇いつつ、一歩も退かないカシア。
ボロッシュが特大戦棍を振り上げる。そして、連続で振り下ろし攻撃を畳み掛ける!
「予備動作(モーション)が大き過ぎるぜ。それじゃあ避けてくれと云っているようなものだ」
余裕の態度でボロッシュの攻撃を躱し続けるカシア。が、それはボロッシュの狙い通りだ。避けの動作で、カシアは少しずつマリアから離れるよう誘導されていた。
その隙を衝きリーリュがマリアへと迫る。が、カシアが抜刀した流星刀の刃でリーリュの進路を阻む。
「気付かないとでも? 甘く見るなよ」
「ちっ……」
舌打ちし、ボロッシュの傍らへと後退するリーリュ。隙を見せないカシアと2人の攻防は続く。
一方、対峙するドントーとマルホキアス。
マルホキアスはドントーの新たな武器の性能を知らない。だが一度この鉾槍(ハルバード)の力を知られてしまえば、二度目の攻撃を喰らうような男ではない。
つまりは初撃必殺。一撃で決着を付けねばならない。
ドントーの絶対攻撃間合は2メルー。その距離なら、避けも受けも許さない電光石火の一撃を放つことができる。
本来であればマルホキアスがドントーの間合に入って来ることなどあり得ない。だがマルホキアスには攻撃反転能力がある。ドントーの攻撃が命中することはない。怖れる必要など、何も無い。
マルホキアスの背後に<悪魔>の幻影が浮かぶ。攻撃反転能力が発動した証だ。ゆっくりと距離を詰めてくる。そして。
「《雷剣》!!」
マルホキアスの必殺の魔法が顕現する。まるで《火炎噴射》のように掌から吹き出した雷の剣が、真っ直ぐドントーの胸部を貫く! 奇しくもその射程、ちょうど2メルー。
マルホキアスがにやりと笑う。長年の宿敵の1人との決着に胸を躍らせる。
……いかなる攻撃者も、確実に油断をする瞬間がある。それは、自らの攻撃が思い通りに命中したその一瞬だ。
ドントーの絶対間合。その一瞬に、鉾槍は振るわれた。
マルホキアスが反応すら出来ない閃光のような一撃。だがたとえ反応出来たところで、マルホキアスがその攻撃に対処することはなかっただろう。
彼は、己の攻撃反転能力に絶対の自信を持っていたから。
だが、鉾槍の刃はマルホキアスの脇腹へとめり込み、そしてーーーー。
ーーーー次の瞬間。
マルホキアスの上半身と下半身が、真っ二つに両断されていたーーーー。
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