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【エ序8】エクナ篇序章⑥

数日前ーーーー。

予期せぬマルホキアスとの遭遇戦で、重傷を負ったアルフレッドを運び込んだペローマ施療院。自分自身も外傷の治療を受けつつ、アルフレッドの容態について説明を受けるバート。

傷を塞ぐことは《大治癒》でも可能だ。だがアルフレッドは内臓に損傷を負っており、その修復には上級治癒術が必要になる。だが、アイゼムのような小さな街には、上級治癒術を使えるような治癒術師は常駐していないとのこと。

であれば大きな街に依頼して派遣して貰うしかない訳だが、上級治癒術は需要が高い。アルフレッドの状態は伝えるが、正直いつ治癒術師に来て貰えるかは判らない、とのことだった。

アルフレッドは現在容態が安定しており、小康状態を保ってこそいるが、同時に予断を許さない状態でもある。

頭を悩ませたバートはひとつの思い付きのもとに、施療院を抜け出しとある場所へと向かった。

裏タマット信者同士だけに判る符牒に基づき、バートはアイゼムの街の裏タマット神殿へとやって来た。目的は、とある情報の入手だ。

「何の用だ?」

入口の無愛想な男にそう問われ。

「情報が欲しい」

と答えるバート。

「どんな情報だ?」

「ドワーフ女王の軍事政権の時代、この街にも抵抗軍の支部があった筈だ。当時の支部長に逢いたい。支部長に関する情報が欲しい」

「元支部長に逢ってどうするつもりだ?」

「それは、逢って直接本人に話すよ」

暫し睨み合う2人。が、やがて。

「…………ついて来い」

無愛想な男が背後の扉を開け、建物の奥へと案内してくれる。幾分拍子抜けしつつ、バートは男について行く。

通路を暫く歩き、やがてひとつの扉の前で立ち止まった。男が扉をノックすると、中から「入れ」と云う声が。男が扉を開き、バートに顎で中に入るよう促す。

バートが中に入ると、男は部屋に入らず、静かに扉を閉めた。室内には、部屋の主とバートの2人だけが残された。

部屋の主ーーーー扉正面の執務机に陣取る鬚面の男は、バートに。

「で? お前さんは何者だ?」

と問う。

「自分はバート。シスターンはリシュトの裏タマット神殿所属でしたが、現在は無所属(フリー)の冒険者です」

バートが答えると。

「そうか。俺はここアイゼムの裏タマット神殿の首領、ザカルだ」

部屋の主の名乗りに、驚くバート。

「驚きました……! 只者ではないとは感じていましたが、まさか首領にお目通りが叶うとは。自分はこの街の抵抗軍支部長の情報を所望したのですが、貴方がその情報を握っている、と云うことでしょうか?」

バートの問に対し、首領は一言。

「…………俺だ」

「はい?」

「……だから、この街の抵抗軍の元支部長は、俺だ」

首領の言葉に、更に驚くバート。

「なんと。ではこの街は、裏タマット神殿が抵抗軍の中心を担っていたのですか?」

「まあ小さな街で、闘える奴も少ないからな。そう云うことだ。それで? お前さんは、元抵抗軍の支部長たる俺に、一体何用だ?」

ザカルの眼光が鋭くなる。

「貴方が抵抗軍の支部長だったと云うなら、持っている筈だ。王都の抵抗軍本部作戦参謀、魔術師フルーチェに繋がる直通信魔法符(ホットライン)を。それを使って、フルーチェに連絡を取っていただきたい」

「参謀殿に? 一体何を伝える?」

「実は、自分の親友アルフレッドが重傷を負い、現在はこの街のペローマ施療院に入院している。根治には上級治癒術の使い手が必要だが、この街では確保が難しいらしい。だが王宮の宮廷医団の中になら居る筈だ。その派遣を依頼したい」

バートが自分の考えを伝える。

「……何故参謀殿が、お前さん方のために宮廷医を派遣してくれると?」

ザカルが当然の疑問を口にする。

「……実は、自分とアルフレッドは、王都の抵抗軍本部でフルーチェとともに闘っていました」

「だから特別扱いして貰えると?」

「いえ、そうではなく。自分たちは抵抗軍としての働きに対しビナーク王から報奨を約束されています。内容については保留にしていたので、今回それを使おうかと」

「望みを叶えて貰える約束を王と交わしている訳か。それを自分のためでなく、友のために使うと?」

「元々報奨になんか興味無かったですからね。ここが使い処でしょう?」

バートの言葉に、ザカルは薄く笑うと。

「……なるほどな。どうやらお前さんは、リカルドに訊いていた通りの人物のようだ」

「やっぱり自分たちのことを知っていたのですね? ……ってリカルド!? 首領、リカルドと知り合いなのですか?」

久し振りに聞いた、港街クラスタの抵抗軍支部長を務めた男の名に、バートが驚くと。

「……ああ。ここアイゼムとクラスタは港湾都市同盟を結んでいるからな。リカルドとは何度か顔を合わせて、話をしたことがある。奴(やっこ)さん、お前さんたちをえれえ褒めてたぜ?」

「そうですか。リカルドが……」

全く人と人との繋がりとは、何処で活きてくるか判らないものだ。

ザカルはおもむろに立ち上がると、右の壁際の収納棚から両掌くらいの箱を取り出した。そしてポケットから鍵を取り出すと、その鍵を使って箱の蓋を開ける。箱の中には、1枚の通信魔法符が納められていた。

ザカルは通信符を耳に当て、何事か話し出す。そうして暫し何者かと会話を続けていたが、やがて。

「参謀殿だ」

そう云って、通信符をバートの方に放ってくる。

バートは慌てて通信符を受け取り、耳に当てる。すると。

『バート!? バートなの!?』

懐かしい、フルーチェの声が聴こえてきた。

「はい! オイラっス! <魔神封印の螺旋塔>の入塔許可を貰いに行った時以来っスね」

『今、アイゼムの街に居るの? 直通信魔法符を使うなんて、一体何事!?』

「実は…………」

バートは、アイゼムの港で偶然マルホキアスに遭遇したこと、奴が実は邪術師で、未知の能力でアルフレッドが重傷を負ったこと、内臓に損傷を負ったため上級治癒術が必要だが使い手を確保出来ないこと、王宮に術師が居るなら派遣して欲しい旨を伝えた。

『なるほど……。アルフを助けるためには上級治癒術師が必要な訳ね?』

「そうなんス。アルフも今は安定してますがいつ容態が悪化してもおかしくないっス。正直あまり時間が無いっス。王さまからオイラに与えられる報奨として、どうか癒し手を寄越して欲しいっス」

『判ったわ。王宮には勿論、上級治癒術の使い手は居る。急ぎ派遣するから、もう少しだけ待っててちょうだい』

「助かるっス。よろしく頼むっス」

バートの言葉を最後に、通信は終了した。

バートは通信符を丁重に首領に返却すると。

「願いを聞き届けてくださってありがとうございます首領。是非報酬をお支払いしたいのですが……」

と、対価の支払を申し出る。だが首領は。

「よせ。国を救った英雄から、金は受け取れん」

「そんな。それとこれとは別の話です」

「頭の固い奴だな……。ならこうしよう。お前さんと参謀殿の会話、あの情報を報酬代わりに受け取っておく。勿論商品にする気も悪用する気も無いから安心しろ」

「首領…………」

「それでも納得がいかねえってんなら、俺に借りひとつってことにしておけ。いつか返してくれりゃあ良い」

「首領……ありがとうございます!」

そう云って深々と頭を下げるバート。

「仲間が心配なんだろ? もう行け」

そう云って背を向け、ひらひらと右手を振る首領。

バートは部屋の扉を開けると、その場でもう一度首領に深々とお辞儀をし、部屋を辞した。

そして裏タマット神殿の建物を後にすると、アルフレッドの眠るペローマ施療院への帰路を急ぐのだったーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

「駄目です」

典医は、にべもなかった。

バートが、港街アイゼムの元抵抗軍支部長から借りた直通信魔法符でフルーチェと会話を交わしてから、半刻後。

フルーチェから報告を受けたビナーク王が、早速典医を呼び出し、アイゼムへと赴くよう命令を出した、その回答がこれだ。

「駄目とはどう云うことだ!? これは王命ぞ!! そなたは王に逆らうと申すか!?」

ビナーク王の物云いに、典医クイトはわざとらしい溜息を吐くと。

「良いですか陛下? 典医とは即ち王専属の医師。その使命は陛下をあらゆる外傷や疾病から守り、癒すことにございます。ゆえに典医は決して王のお側を離れる訳には参りません。私が陛下のお側を離れ、その間に陛下の御身にもしもの事があれば? そして私が不在であったがゆえに、陛下の御身をお救い出来なかったとしたら? そのような事態、あってはならないのです」

と、申し述べた。

確かに典医の云うことは正しい。たとえ王が生存を諦め、「もう治療はしなくて良い」と命令したところで、典医は王を治療し続けるだろう。

「王を癒す」と云う一点に於いて、王に従わぬ権限すら持つ。それが、典医と云う職業である。

「だが私は友バートに約束したのだ。友アルフレッドの命を救うことを。そなたは、この私を友との約束すら果たせぬ嘘吐きにするつもりか!?」

ビナーク王の熱弁。

「それは別の話です。私が陛下のお側を離れて良い理由にはなりませぬ。御友人とのお約束は、別の方法で果たされれば良いかと」

クイト医師、やっぱりにべもない。

「我が王宮には、他に上級治癒術の使い手は居らぬのか!?」

ビナーク王の問に。

「宮廷医団には、優秀な医療技術者は他に何人も居るわ。でも上級治癒術を使える人となると、クイト先生だけね」

フルーチェが答える。

一般に、ルナル世界に於ける上級治癒術の使い手は、レスティリ氏族のエルファ、高位のファウン信者、そして魔術師である。

クイト医師は、医療魔術師なのだ。

「ぐぬぬぬ……。一体どうすれば良いのだ?」

ビナーク王が頭を抱える。

その時ーーーー。

フルーチェから引継ぎを受けている宮廷魔術師見習いの少女魔術師・モナリがおずおずと右手を挙げながら。

「あの……よろしいでしょうか陛下?」

「何だモナリよ? 申してみよ」

「はい……。私にひとつ、考えがあるのですが……」

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数日後ーーーー。

武器を完成し、山を下りて来たドントーとカシアと再会したバート。

アルフレッドの身に起こったことを2人に説明すると、マルホキアスが実はドントーを含むアザリー一行の宿敵であったことが判明した。

ドントーの武器はマルホキアスを斃すために作られたのだ。同時に、マルホキアスが連れていた少女が誘拐されたアザリーの実娘・マリアであることもほぼ確定となった。

ドントーとカシアはマルホキアスを斃し、マリアを救出すべく<破滅の預言者>の旧アジトを目指し再び旅立ったーーーー。

その、半刻後。

ペローマ施療院にてアルフレッドの容態を見守るバートは、実に意外な人物との、再会を果たすのだったーーーー。

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