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【エ序12】エクナ篇序章⑩

「それで、今後の方針だが」

ビナークが、これから先の行動方針について言及すると。

「マルホキアスが死んだと云うなら、奴の指名手配は解除しても良いわね。代わりにレモルファスやその配下たちを新たに全土に手配するわ。容疑はそうね……。ベルリオースに対するテロリズム、国家転覆の共犯容疑と云うところでどうかしら?」

フルーチェが不敵に笑いながら提案する。

「可能か?」

ビナークが確認する。

「何とかするわ。手配書に人相書きを載せる必要があるから、マリア嬢やアザリー高司祭の協力が必要だけれど」

「それは任せて」

フルーチェの依頼をアザリーが請け負う。

「私たちは引き続き<破滅の預言者>の殲滅を目指すわ。当面はレモルファスの捜索ね。それと平行して、マリアの訓練を始めるわ」

アザリーの宣言。だがマリアはさして驚いたふうもない。どうやら事前に本人とは話し合っていたらしい。

「これまではマリアを闘いから遠ざけるために、ベトルとエミリーの庇護の下、隠者のような生活を送って貰っていた。けれど娘の存在が敵に知られてしまった以上、もうそんな生活に意味は無いわ。これからは最低限自分の身は自分で護れるよう、力を身に付けて貰う必要がある」

そんなアザリーの発言に対し、アルフレッドは。

「ですが、彼女はこれまで闘いとは全く無縁の人生を送ってきたのでしょう? 突然戦士になれと云われて、なれるものでしょうか? まして、両親……育ての両親を喪ったばかりです」

心配そうに口を挟む。

「なって貰わなければ困るわ。敵は容赦無く娘の非力につけこんでくる。……大丈夫よ。サリカの魔法とアルリアナ蹴打術。基礎は既に教え込んである。あと娘に足りないのは戦場に立つ覚悟、戦士の心構えね。それをこれから叩き込むわ」

「しかし……!」

なおも心配そうに食い下がるアルフレッド。だが、マリアは。

「……心配してくれてありがとうございます、アルフレッドさん。ですが大丈夫です。私にもっと力があれば、みすみす両親を死なせることも無かったかも知れない。潜在能力(ポテンシャル)は充分と云われていながら、それを伸ばして来なかった自分がとても悔しい。だから……」

アルフレッドに礼を述べる。

娘の台詞を聴いたアザリーは、彼女に対し。

「ベトルとエミリーをあっさりと死なせた敵が相手ならば、今の貴女には逆立ちしても勝ち目は無いわ。2人はそれほどまでに強かった。でも……」

アザリー、そこで言葉を切ると。

「……3年後は、判らないわね」

そう云ってまたも不敵に笑うアザリー。たった3年で彼女はマリアを、ベトルやエミリーに匹敵、いや2人を超える戦士に育てようと云うのか。

「……よろしくお願いします」

そう云って、実の母に頭を下げるマリア。

その様子を見ていたアルフレッド。

「……今のままでは駄目だ。僕ももっと、強くならなければ」

「アルフ?」

アルフレッドの呟きに、バートが彼に視線を向ける。

今回アルフレッドは、マルホキアスに惨敗しただけだった。自分の無力を、痛感していた。

「オイラたちには、<破滅の預言者>と闘う理由は無いっスよ? マルホキアスは抵抗活動の延長戦と考えるにしても、それももう終わりました。今度こそ、オイラたちには何の関係も無い闘いっスよ?」

バートが語る。アルフレッドを説得するように。

あるいは、試すように。

「そうだね。関係無い。でも、関わってしまった」

そう云ってアルフレッド、バートの眼を真っ直ぐ見据えると。

「もう、見過ごせない」

はっきりと、そう云いきった。

バートは盛大な溜息を吐くと。

「ま。そう云うとは思ってましたよ。オイラも付き合うっス」

「ありがとう」

拳を合わせる2人。

「で、これからどうするっスか?」

「もう一度鍛え直したい。師匠を捜す」

「プリメラ高司祭スか? じゃあエクナに航って、情報を集めましょう」

バートの提案に頷くアルフレッド。

「姐御はどうするっスか?」

バートがカシアに問うと。

「オレも行くアテがある。またしばらく別行動だな」

「じゃあみんな、何か連絡事項があったらベルリオース王宮に伝えて。私たちが仲介役になるわ」

フルーチェの提案に、ビナーク王も了承する。

「みんな、暫しの別れね。必ずまた逢いましょう」

そう云って、フルーチェが会議を締め括る。

「死ぬんじゃないわよ。ゴリラ女」

「お前もな。女狐」

フルーチェとカシアが拳を合わせる。そうして場は、解散となったーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ベルリオース島。<破滅の預言者>の、新アジトーーーー。

レモルファスが操作する魔法装置の中、マルホキアスの上半身と下半身が浮かんでいた。

装置の内部は霊薬の溶液で満たされ、マルホキアスはその中に浸かっている。装置からは幾本もの管が伸び、マルホキアスの躰の各部位に繋がっている。

そんな師の様子を装置の硝子越しに真っ直ぐ見詰めながら、リーリュが改めてレモルファスに問い掛ける。

「マルホキアス先生の現状を、もう一度ご説明願ってもよろしいでしょうか? レモルファス様」

「無論良いとも。私がマルホキアスの肉体を回収した時点で、躰中の血液の殆どが流出しており、呼吸が停止し、心の臓もその鼓動を停めていた。ありていに云えば、彼は死んでいたのだ」

リーリュの表情が険しくなる。レモルファスは説明を続ける。

「そこで私はマルホキアスの心の臓に電撃の魔法で強い衝撃を与えた。結果彼の心の臓は再び鼓動を刻み始めた。だが、それだけだ。彼の肉体は自力で呼吸も出来ない状態だ」

レモルファスは、装置の硝子に手を触れると。

「私自身は治癒魔法が苦手だが、この魔法装置は私が開発した、上級治癒術の効果を再現する機械だ。と同時に生命維持装置でもある。この機械は彼の心肺機能と栄養摂取を支援する。そしてこの中に居れば彼の肉体は少しずつ修復されていく。装置の中に居る限り、少なくとも彼の肉体は死ぬことはない筈だ」

「肉体は……?」

リーリュが問い返す。

「そう。肉体はだ。残念ながら彼の魂が今もこの肉体に在るのか、それはこの私にも判らない」

「先生の、魂……」

「問題はそれだけではないよリーリュ。私やマルホキアスのように<悪魔>と契約した者は、単純に契約を破棄することは出来ない。<悪魔>契約者であることをただ辞めることは出来ないんだ。例外はたった2つだけ。契約者本人が死んだ場合と、より上位の<悪魔>と契約するため従前の契約を破棄する場合だ。後者は勿論、<悪魔>契約者であること自体は変わらない」

レモルファスの語りに頷くリーリュ。

「だが今のマルホキアスは<悪魔>と契約していない。彼に『攻撃反転』の能力をもたらした<悪魔>は黒の月へと帰還してしまった。それは、<悪魔>がマルホキアスの死亡認定をしたからに他ならない」

「それでは、先生は……」

「ああ。たとえ肉体の損傷を修復し、そして彼の魂が変わらずここに在ったとしても、彼は眼を醒まさないかも知れない。新たに<悪魔>と契約しない限りはね。だが眼を醒まさず、意識の無い彼には<悪魔>と契約することが出来ない」

「そんな……!」

「まあ待ちたまえ。マルホキアスは一度完全に死んだにも関わらず、再び心の臓が動き出すと云う奇蹟を起こしてのけた。彼ならばついでにもう2、3奇蹟を起こしたとしても不思議はあるまい。諦めるなリーリュよ。我々は今できることをしながら、彼の帰還を待とうではないか?」

「私たちに、今できること……」

「ああ、そうだ。まずは何よりもマルホキアスの肉体を修復し、癒すことだ。それが成されなければ何も始まらん。我々はその間に、彼を眼醒めさせる方法についての手掛かりを探そう」

「…………はい!」

絶望に曇りそうだったリーリュの瞳に、再び希望の灯がともる。

そんなリーリュの様子を満足そうに眺めながら、レモルファスは自身もまた装置の硝子に改めて手を触れ。

「早く戻って来い、マルホキアスよ。私とてもうこれ以上、友を喪いたくはないのだぞ……!」

そう、静かに呟くのだったーーーー。

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ーーーーかくて、物語の序幕は終演を迎え、意志ある者たちは皆己の目指すべき地を見据え、旅立った。

<破滅の預言者>が、諸島群全土を巻き込む大いなる戦禍を再びもたらすのは、もう幾ばくか未来のことであるーーーー。

[了]

そして

[to be continued]

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