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【エ序10】エクナ篇序章⑧

ーーーーアザリーが、舞っていた。

美しい舞だった。かつてサリカ神が、死者たちの魂に後顧の憂い無き月への旅立ちを促したとされる舞、その模倣と伝えられる。

多くの友に見送られ、ドントーの魂は青の月へと召されるのだろう。

荼毘に付したドントーの遺体を埋葬する。墓標は彼とともにマルホキアスと闘い抜き、彼とともに朽ちた鉾槍(ハルバード)だ。

一通りの葬儀を終え、彼らは山を下りた。そしてフルーチェやアザリーの提案で、一行は一度全員、王城へと集まることとなった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ベルリオース王城の、広大な会議室。

今この場には、運命に翻弄されたあるいは運命に導かれた、ある意味で時代の先導者たちが集結していた。

元抵抗軍の戦士として、アルフレッド、バート、カシア。

王族及び政府代表として、ビナーク王、宮廷魔術師代行フルーチェ、宮廷魔術師見習いモナリ、近衛騎士団長レクト。

そして、十年戦争を終結に導いた伝説の英雄たち。サリカ高司祭アザリー、その妹でアルリアナ高司祭イザベラ、騎士クラウス、魔術師レクォーナ。

更に特別招待の賓客。今回の事件の渦中に在った少女。アザリーの実娘マリアである。

「…………さて。何から話そうかしら?」

口火を切ったのはアザリーだ。

「なら、貴女たちのことを今一度詳しく話してくれない?」

応えたのはフルーチェだ。事前に各々、一通りの自己紹介は済ませていた。だが。

「政府の方々の顔ぶれはすっかり様変わりしているわね。私たちのことを知る方は居るかしら?」

アザリーが問う。フルーチェは首を横に振り、ビナークとモナリも顔を見合わせる。

そんな中、レクトが挙手をしながら。

「私は先の十年戦争の和平会議に、先王陛下、つまりビナーク陛下の祖父君の護衛官として出席しております。アザリー殿、イザベラ殿とはその際にお目にかかっております。憶えておいででしょうか?」

「…………思い出したわ。あの時の近衛騎士の方ね?」

アザリーの言葉に、老騎士は満面に喜色を浮かべ。

「お久しゅうございますアザリー殿。ご健在で何よりです」

「何だ爺。アザリー殿を知っていたのか?」

ビナークがレクトに問うと。

「はい。この方々は十年戦争の真の発端が<悪魔>教団の陰謀であることを見抜き、戦争を停めるべく奔走しておられました。ですが一介の冒険者の言葉で国家間紛争を停めることは至難です。そのため彼女らは、八大神殿の最高司祭たちを動かすと云う離れ業をやってのけた。本来政治不干渉たる最高司祭たちの口を借りて、戦争の裏に潜む陰謀を暴き、各国に終戦を受け容れさせた」

レクトがかつての終戦の経緯を語る。

「陰謀、とは? 一体どう云うことだ?」

ビナークの更なる疑問に、今度はアザリーが口を開く。

「<悪魔>教団・<破滅の預言者>。その目的は古代エクナ魔法王国の時代に封印された<悪魔>の復活とされています。復活には<悪魔>自身もまた力を取り戻すことが必須。奴らはそのためにこの諸島群一帯に戦争を惹起しようとしています。人の世に相互不和が蔓延すれば、それはそのまま<悪魔>どもの活性化に繋がります。戦争とはそのための最適解だと奴らは考えているのです」

「そんなくだらない目的のために、国家間に戦争を惹き起こしたと云うのか? だが、一体どうやって……?」

「<破滅の預言者>は非常に高度な偽装魔法の施された要塞船を所有しています。ここまで云えば、あとはお判りでしょう?」

アザリーの問い掛けにビナークは。

「確か十年戦争の戦端は未だ不透明な部分が多い。ロベールとベルリオースの双方が、相手の先制攻撃を主張して…………。まさか!?」

「陛下のお考えの通りです。<破滅の預言者>の要塞船が様々な船籍に偽装して、霧深き海を暗躍していたのですよ」

ビナークの想像をアザリーが肯定する。

「それではまるで、我らベルリオースは国ごと玩弄されたも同然ではないか!? いや、我が国だけではない! ロベールもシスターンも、皆何処の馬の骨とも知れぬ<悪魔>教団の掌の上で踊っていたと……!?」

「だからこそ、あれだけ速やかに終戦が実現したのですわ。三国ともに、先の戦争が如何に無意味で、<悪魔>を利するだけのものであるかをご理解くださったのです」

アザリーが答える。

「だがそのような話、私は聞いたことも無かったぞ? どう云うことなんだ?」

ビナークの疑問に答えたのはレクトだった。

「いみじくも先ほど陛下ご自身が仰った通り、一<悪魔>教団に各国が翻弄されたなどと云う事実は、国家の威信に関わります。終戦にあたって、ロベール・ベルリオース両国の強い要望で、<破滅の預言者>に関する情報は伏せられることになったのですよ」

「それで終戦条約や和平会議の議事録の中にも、<悪魔>教団に関する記述が何も無い訳か……。そしてそれこそが、終戦にあたってロベール・ベルリオースともに開戦の責任を問われなかった理由……!」

お互いに相手国が先制攻撃をしたと云う、両国の主張ともに嘘は無かった。但しその正体は<破滅の預言者>だった訳だが。

困惑するビナーク。更に彼は。

「……なあ爺よ。このことを、ペリデナは……?」

「知らなかったでしょうな。何せ国家の最高機密に分類される情報です」

「……ペリデナは、祖父が十年戦争開戦の責任をロベールに問わなかったことに憤慨し、そこからドワーフ軍と王政府との間に亀裂が生じた。もしも、ペリデナが開戦の真実を、<悪魔>教団に関する情報を知っていたら、弱腰外交などと祖父を誹(そし)ることも無く、軍によるクーデターは起きていなかったのだろうか?」

ビナークの無意味な仮定に、レクトは。

「私めには何とも。ですが元々ペリデナ女王は聡明なお方でした。ご理解をいただけた可能性は否定できません」

慎重に言葉を選んで答える。だが。

「さあ、それはどうかしら? 敵方にはあのマルホキアスが居たのでしょう?」

と、アザリーが2人の会話に口を挟んできた。

「……ペリデナの宮廷魔術師か。続けてくれ」

ビナークがアザリーに話の続きを促す。

アザリーはひとつ頷くと。

「私たちは停戦への努力と平行して、<破滅の預言者>との戦闘も継続していました。そして首領を始めとする、幹部構成員の殆どを葬ることに成功しました。残っていた幹部構成員は2名です。1人は邪術師にして魔法技術者レモルファス。そしてもう1人が邪術師マルホキアスです」

「まさか邪術師だったとはな……。我ら一同、まんまと騙されていたと云う訳か」

ビナークが忌々しげに吐き捨てる。

「十年戦争は奴らにとって、一定の成果がありました。ですがそれも最終的には収束し、国家間の緊張や対立も失われた。加えて私たちの手によって、既に教団は壊滅同然の状態だった。そんな状況にあってなお、奴らは十年戦争に続く次の計画の準備を着々と進行させていたのです」

「それは?」

アルフレッドが問う。

「ベルリオースを起点とした、戦争の再開計画です」

アザリーの言葉に、一同が息を呑む。

「計画の第一段階はドワーフによる軍事クーデター。これにより人間とドワーフの間に明確な対立構造が生じ、ベルリオース国内に憎悪と不和が蔓延する。そして計画の第二段階。軍事政権となったベルリオースの宣戦布告による、ロベールとの戦争再開。世界は再び不和に包まれる」

アザリーはここで一呼吸置くと。

「ですがこの計画は上手く行かなかった。クーデターによる軍事政権樹立には成功しましたが、貴方がたは決して諦めることも挫けることも無く抵抗活動を続けた。結果軍事政権は打倒され、マルホキアスはペリデナ女王を生贄に切り棄て逃亡した。女王が<悪魔>と契約していたと云うのも、怖らくは彼女自身の意思ではないのでしょう。知らぬ間に契約を結ばされ、そして逃亡の際に契約を発動された。本来知性の高い<悪魔>が変身後にけだもののようにしか振る舞えないのは、契約が本人の意思でない時に良くある現象です」

と、話を締めくくった。

「それ間違いないっスよ。港でマルホキアスと対峙した際、オイラカマかけてみたっス。女王に無理矢理<悪魔>と契約させたのはお前だって、フルーチェにバレてるぞ、ってね。そしたらアイツ認めたっス」

バートがフルーチェへの土産話をここで披露する。

「やはりね」

アザリーが頷く。

「だが待て。ペリデナがマルホキアスを宮廷魔術師として迎え入れたのは軍事クーデターを決意したゆえだと聞いているぞ」

ビナークがアザリーの話の時系列的矛盾について問うと。

「いえ。怖らくは軍事クーデターを起こそうと云う気運の醸成自体、<破滅の預言者>の情報操作によるものだと考えられます。マルホキアス以前に相当数の工作員が、ドワーフ軍の中に潜り込んでいたのではないでしょうか?」

「何だと……!?」

アザリーの思いもかけない指摘に、驚愕するビナーク。

「そう云や、爺さんも同じようなことを云ってたな?」

カシアが、ドントーの話を思い出す。

「勿論証拠はありません。ですがそう考えると、聡明なペリデナ女王らしからぬ過激な決断にも説明がつきます。<破滅の預言者>の情報操作と世論形成により、政権の奪取があたかもドワーフの民の総意であるかのように感じていたのではないでしょうか? 大方、マルホキアスを宮廷魔術師として女王に推薦した官僚も教団の工作員だったのでしょう」

「何と云う……、何と云うことだ。それでは我々とペリデナが争わねばならぬ理由など、最初から無かったのではないか……!!」

憤怒に顔を歪めるビナーク。

「何なんだそのマルホキアスと云う男は……!? 何故それほどまでに我らを相争わせようとする……!?」

悔恨の表情を浮かべ、両の拳で卓面を叩くビナーク。

「…………今、こんなことを申し上げるのは適切ではないのかも知れませんが……」

おずおず、と云った様子でアルフレッドが口を開く。

「何だアルフレッド。気になることがあるなら何でも申してみよ」

ビナークが、躊躇うアルフレッドに先を促す。

ビナークに勇気付けられたアルフレッドは、ひとつ頷くと。

「私はペリデナ女王との最終決戦の局面に於いて、マルホキアスと対峙し、言葉を交わしました。……ここからは、完全に私の主観となるのですが……。私はあのマルホキアスと云う男が、『戦争』を嫌悪しているように思えたのです」

「莫迦な!? 奴はこの諸島群に戦争の惨禍をもたらそうと、幾重にも陰謀を張り巡らせていたのだぞ!! そんな奴が戦争を嫌悪していると云うのか!?」

何でも話せと云っておきながら、ビナークがアルフレッドの言に異議を唱える。

「矛盾していることは自覚しています。だからこそ『主観』なのです。……バートから訊いたのですが、かつてロベールには同じマルホキアスと云う名の著名な反戦活動家が居たとか?」

「ええ居たわ。ある時を境に活動の噂を全く聞かなくなったから、ロベールの主戦派勢力に殺害された、と云われているわね。私たちの知る邪術師マルホキアスはきっと、大いなる皮肉を込めてその名を名乗っていたのではないかしら。それがどうかしたの?」

アルフレッドの問にフルーチェが答え、逆に問い掛ける。

「ーーーー私は、この2人が同一人物なのではないか、と考えているのです」

アルフレッドの衝撃の発想に。

「莫迦な!!!? それはあまりに極論で暴論だ!!!! どう考えても真逆の人物像ではないか!!!?」

とうとうビナーク、椅子を蹴って立ち上がってしまう。

ーーーーすると、それまで一言も意見を発すること無く静かに皆のやり取りに耳を傾けていた騎士クラウスが、アルフレッドに向け問い掛ける。

「……アルフレッドくんと云ったね。君はどうしてそう思ったんだい?」

問われたアルフレッド。少しだけ考え込んで。

「……明確な根拠がある訳ではありません。マルホキアスの発した言葉のひとつひとつから感じ取った…………あえて云うなら『直観』です」

その答を聞いたクラウス。

「君は凄いな……。『正解』だよ。アルフレッドくん」

「『正解』……? 一体何を云っている?」

ビナークがクラウスの真意を問うと。

「彼の云う通りです陛下。反戦活動家のマルホキアス師と、私たちが闘っていた邪術師とは、同一人物なのですよ」

落ち着いた声で、クラウスが答える。

「クラウスと云ったか……? 騎士殿、何故そなたがそう云いきれる?」

ビナークがクラウスに重ねて問う。

「どちらとも面識があるからですよ。……何故なら私は、反戦活動家マルホキアス師の、教え子だからです」

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