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療育センターで学んだ事は今も宝物

医療センターから渡された娘の診断書と紹介状。
この2通を手に最初にしたことは療育センターへの電話連絡でした。
「療育センター」
それまでの人生で聞いたことも無い場所です。

「どんな所…?」
「うちの子、中に入れるかな…?」
「良い効果がたくさん出てきたら嬉しいけど、そもそも通えるか…?」

今後の事など何も知らず
「もう病院無いよ。検査全部終わったからね。」
の言葉に少しホッとした様子の(そう見えただけです…)娘。

ドキドキしながら初めての予約電話をしました。
案の定最初の診察までは3ヶ月待ち。
なるほど
「必要としている子供は多いんだ。」
今度はもう驚きません。
まぁそんなものだろう、という感じでした。


そして迎えた初めての診察日
娘と2人、緊張しながら療育センターの門をくぐりました。

こちらの心配をよそに、なにも分かっていない娘は
そこに広く長く続く廊下を見つけてしまったものだから、もう走り出したい衝動が抑えられません。

「廊下は静かに歩きましょう」
のポスターの前を猛然と走り抜けようとする娘。
それを必死で押さえつつ、私の第一印象は
「ここ、何だか大丈夫そう!」
でした。

初めての場所は基本的に苦手で
どうしても駄目な時は、そこに入った途端に
「帰る!恐い!」
と全力で泣いて拒絶する娘です。

大騒ぎになるのは覚悟で入ってきたのですが
長く続く廊下と大きな窓のお陰か、娘も何だか楽しそう。
ベンチで順番を待っている子供に
「おともだち~!」
と声を掛ける余裕まで見せてくれました。

障害を抱えた子供達を自然にそのまま受け入れてくれるような
安心感のあるセンターでしたから、私などより娘が1番最初に
それを感じ取ったのかも知れません。

今でもそうですが、娘は「場所の空気」や「他人の視線」から
そこにある感情を一瞬のうちに読み取ってしまいます。
(こちらは隠し事ができなくて困ります。)
そんな娘だからこそ
「ここは大丈夫。」
と、安心できたのでしょう。
振り返るとそう思います。


時間がきて、初めての発達外来に名前が呼ばれ
今後娘を担当して下さる先生とお会いしました。

とても静かで落ち着いた話し方が印象的な女性の先生です。

診断書を見つつ、これまでの娘の状況など改めて確認したり
今後の療育スケジュールに関しての説明を頂きました。

診察室には私と娘の両方が座れるよう椅子を2脚用意して下さったのですが娘がずっと座っていられるはずもなく…。
おもむろに立ち上がると窓の外の景色を眺めに行ったり、興味を持った備品を触りまくり…。
しまいには床に寝転がる始末。

私はひたすら頭を下げ
「すみません。もう全く座っていられなくて…。」
「ほら!もう少しだから座ろうよ!」
と、落ち着かない心境でしたが…。
先生は、そんなこと全く構わないという様子でした。

子供には
「もう少しだからね。時間がかかってごめんね。」

私には
「お母さん、お子さんのする事って全部理由があるんですよ。だから闇雲に怒らないで。」

「子供なりに今の自分の理に叶った事をしてるんです。これからお子さんだけじゃ無く、お母さんも一緒に学んでいけると思います。見えてくるものがあると思いますから頑張って。」

それは、私にとってこれからが楽しみになるような言葉でした。


帰宅後間もなく娘を担当して下さる作業療法士さんから連絡を頂き
娘の療育スケジュールが決まりました。

「まずは1ヶ月に2回の作業療法からスタートします。
落ち着いて椅子に座っていられるように変わってきたら、そのタイミングで言語療法も始めましょう。」
との事。

「1ヶ月にたった2回…。」

「もっと、習い事みたいに毎週通えるのかと思ったら違うんだ…。」

「それで効果あるの…?」

そんな私の無知な思いは療育がスタートしてから間もなく完全に覆されたのでした。
こんな事を思ったのが本当に申し訳ないほどに。


初めての作業療法の日。
娘を担当して下さる作業療法士さんが迎えに来て下さって
早速訓練を行う部屋へ移動しました。

施設を見た私の第一印象は
「公園の10倍くらい楽しそう!」
でした。

当時の娘はとにかくじっとしているのが苦手。
そこに長く続く道があればとりあえず走り出し、
誰もいない滑り台を見つければ登って滑ってを延々と繰り返すのでした。
(他の子供がやってくるとすごすごと逃げ帰ってくるのですが…。それは大きくなった今でも変わりません。)

そんな娘にとって
「作業療法は、思い切り動けるんだから絶対楽しいはず!」
などと、その時の私は思ってしまったのです。

ところが…
いざスタートしてみるとそんな甘い考えはすぐに一掃されました。

何をしても全く出来ないのです…。
それはもう壊滅的に動けないのでした。

「うそでしょ!?滑り台、公園ではあんなに楽しそうに滑ってたじゃない?」

「ブランコだって、自分でしっかり鎖を持って遊んでたよね?どうしたの?」

愕然としました。
「うちの子はじっとしていられない代わりに動くことなら得意だから。」
なんて、とんでもない話でした。

そうです。
療育センターの作業療法は遊びではない。
一見すると遊具のような設備は、おもちゃではありません。
それらを使用した動作を行う中で自分の身体を使う感覚を覚え、少しでもスムーズに動けるように訓練するためのものなのでした。

良く見れば療育センターの滑り台には身体を支える縁の部分がありません。
子供の身体より幅の広い板が斜めに置かれているだけで、滑りながら掴む場所が無いのでした。
つまり
「自分で身体のバランスをとり、真っ直ぐな状態を保てなければ横からはみ出して落下する」
ということです。
そして、その頃の娘は自分自身で態勢を維持する事が出来ませんでした。
身体を支えられないから、掴むものが無い滑り台を下りることは出来ない。
当然のことです。

平均台も、作業療法士の先生が手を繋いでくれると歩く事はできましたが、
手を離されると途端に身体が左右に揺れて、先に進めません。
ほどなく落下しました。
ただ真っ直ぐに立って歩くことがこんなにも難しいとは…。

ブランコも、丸太のような形の棒にまたがり、
端にある1本のロープをつかみ、前後に揺れる形だったのですが
少し揺れるだけでも態勢を保つことができません。

その日は先生に身体を支えて貰いながら、動作を行っている時の
身体の感覚を味わう事だけで精一杯でした。

「人間が立っている時、座っている時、意識はしていなくても体幹が身体を支えています。体幹が使えて始めて人はバランスをとって態勢を維持することができます。何となく立っているわけではないんですよ。」

「娘さんは今、体幹を使えていないんです。だから少し不安定な状態になっただけでも身体を支えられない、と言うことです。」

「椅子に落ち着いて座っていられないのも、すぐに横になってゴロゴロするのも理由はあるんです。」

「体幹が使えない娘さんにとって、着席した態勢を保つことはとても大変な事です。横になっている時には体幹で身体を支える必要が無いから楽なんです。」

目からウロコが落ちるってこのこと!?
と思うくらい
自分の中で娘の日常に対する答えが出た気がしました。

「私いつも、ちゃんとしなさい!ゴロゴロしてばっかりしてないでもうちょっとやる気を出して!って言っちゃってました…。」

そう話すと

「やる気とはちょっと違うんですよね。こちらが分かっていないだけで娘さんには娘さんの理由があるんです。」

「まずは大きな筋肉を使うトレーニングを続けていきましょう。大丈夫!自分の体幹を使う感覚が分かってくればいろいろ変わってきます。椅子にだって落ち着いて座っていられるようになります。」

家庭でも出来るトレーニング方法として、トランポリンやバランスボールを紹介して頂き早速購入しました。

部屋に設置すると、娘は毎日暇さえあればトランポリンでひたすらジャンプするようになりました。

バランスボールも始めは興味が無さそうでした。
けれど、親が楽しんでやっていれば無理に誘わなくてもちゃんと見ているものですね。
こっそりやって来ては1人で座り、見よう見まねで身体を上下左右に揺らし、遊ぶようになりました。


ありがたいことに、すっかり療育センターのファンになってしまった娘。
その後もトレーニングの日を楽しみにするようになりました。
通い始めて1年が経過する頃には
「今日はやらない!先生がやって!」
などと軽口がたたけるようになるくらい、すっかり馴染んでしまったのでした。

訓練を楽しみにできるようになって、娘の出来る事は間違いなく少しずつ増えていきました。

実を言うと
「体幹を使えるようになれば落ち着いて座っていられるって本当か?」
などと私は当初懐疑的だったのです。
しかし、訓練を重ねていく中で変化は実際に起こっていきました。

1年が経つ頃、気付けば娘は食事の間ずっと椅子に座って落ち着いていられるようになっていました。
あれほど苦手だったセンターの滑り台だって何度でもスムーズに滑れるようになり、平均台だって小走りしながら楽しそうに渡りきっていました。

少しずつ自信がついてくると、新しい訓練も抵抗なく
「じゃあちょっとやってみるか!」
と挑戦するようになりました。
にわかには信じがたい事でしたが、見ていて本当に嬉しかった事を覚えています。

不思議なもので、出来なかった動作が出来るようになればなるほど、娘の日常生活は落ち着いていったのです。
「専門家の意見は聞くものだなあ。」
これが当時の実感です。

この作業療法士さんにはそれから約2年間お世話になりました。
毎回とても温かく、楽しい時間でした。
娘は多分遊びに行っていたような気分だったのではないかと思います。
「出会えて本当に良かった。」
今でもずっと感謝している大好きな方の1人です。


娘が療育センターでの訓練を受けるようになって何より良かった事。
それは
「娘に関する謎解きをしているかのような学び」
が私自身にあったことです。

中でも1番大切なこと。
それは
「全ての行動には理由がある。理由も無しに子供が何かをすることはない。」
と、言うことです。


今もそうですが、私には
「子供の中にある理由の全てを分かってやること」
ができません。
なのに、気を付けていてもその事をついつい忘れてしまう時があります。

イライラとする自分の感情に振り回されて
「もう!何やってるの!」
「こんな簡単なこと自分でやって!何でできないの!」
などなど…。
あまりに思いやりの無い言葉を娘にぶつけ
そんな自分にホトホト嫌気がさしてしまいます。
そして思い直すのです。
「娘の中にはいつも必ず理由がある。それをうまく言葉にして説明する事ができないのはきっと悔しくて、悲しい事だろう。」
これを忘れてはいけないと。


1度で良いから娘と入れ替わってみたい。
娘の感覚、思考、物の見え方、音の聞こえ方をそのまま感じてみたい。
娘からこの世界は、人間はどう見えているのだろう。
それができたら、娘の事がわかるのに。
ずっとそう思い続けてきました。
多分これからもずっと思い続けると思います。
でもそれはどうしたって叶わない事。
だからこそ
「分かってあげられないと言う現実」
をしっかり心に刻んで、一緒に試行錯誤していくんだと
思っています。
いつもいつもそれがうまく行く訳ではありませんが、自分自身の心掛けとして。


「全ての事には理由がある。理由の無い行動は無い。」
何百回も心でそう言い続けて
今日も我が家のドタバタ生活は続いているのです!


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