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「25歳の作文」

無事に25歳の誕生日を迎えた。
今私が思うことは、「やりたいこと」と「やらなければならないこと」の狭間にいることだ。

気付いたらもう一日が終わっている。昨日と今日の区別がつかないまま眠って、いつの間にか朝を迎えている。

私は生まれてこの方、正社員や就職活動の経験が無い。バイトを転々として、夢や目標も転々として、今に至る。
命のみじかい志を持ってはそこらに放置して、あれれ?なんだっけ?となっている。
「だって、生きるってだけでも大変なんだもん」

言い訳探しが上手になってきた。
誰かにとっては「贅沢なこと」かもしれないし、他の誰かにとっては「親不孝」であるのかもしれない。

私は学生のころから、自分の気分や感情の起伏の激しさに悩んできた。
石巻の実家に帰ると、84歳の祖母は言う。
「無理しねえで、石巻に戻ってくんだや(戻ってきたらいいのに)」と。
普通であれば、孫である自分が祖母の心配をする場合ではないか。

その言葉を聞くたび、胸が痛む。未だに家族に心配をかけている自分の存在が重くのしかかってくる。

かつて私のあだ名は「日本一」だった。当時、私は3歳かそこらで、あだ名は叔母が命名した。

先生を「クソババ」呼ばわりするくらい生意気で、兄妹喧嘩も物怖じせずに立ち向かうからだそうだ。
今の自分と全く逆の姿だ。それは大人になった証なのだろうか?

「自分の好きなことをしなさい」「まだ若いんだから何でもできるよ!」
皆、口をそろえる。祖母の友達も、一緒に働くパートのおばさんも。

やらなければならない日々に甘えて、やりたい事が葬られてはいないか?自分を知ることに怯えていないか?

妥協と弱音が準備万端の体制で今か今かと出番を待っている。
でも私は「日本一」だ。負けるもんか。

私は言葉が好きだ。今、書こう。好きなのだから、書こう。

(2018/3/3「石巻かほく つつじ野」掲載)


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