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問題の“数”が減ることが幸せではない―「TOC思考プロセス」との出会いが私の人生を変えた

「私たちにとって、問題の“数”が減ることが幸せではないんです。」

新卒で入った広告会社を辞め、フリーのプランナーとして働き始めた当時の私にとって、「人生を変えた一言」があるとすれば間違いなくこれである。

20代半ばといえば、社会人としてようやく仕事に慣れてきた頃ではあるのですが、思うところがあり人より早く独立した私は、とにかく自分が稼げる人間になることに必死でした。実力をつけ、仕事を見つけ、理想の生き方を手にしたい。仕事の合間に時間を見つけては、面白そうな本やセミナーに片っ端から手を出す暮らしをしていました。

そんな折に参加した、とあるセミナーでのこと。

「よい提案とは、相談された1つの課題を解決する提案ではありません。相手が口にしない残り9つの課題もまとめて解決できる提案のことを言うのです。」

ふむふむ、確かにそんなことができるならその通りに違いない。でも、どうやってそれをするかが大事なんだよな…。そう思うやいなや、見るからに高そうな紺のスーツを着た講師は図を描いて見せました。

「例えば5つの問題があったとき、普通の人はそこから1つを選んで解決します。『問題が4つに減ってよかった、よかった、この調子で問題を減らしていこう』と考えます。」


「でも、時間とともに別の問題が現れて、問題の数は5つに戻る。何なら6つ、7つと増えていく。これが私たちの現実だとすると、1つずつ問題の解決にあたるアプローチには限界があります。」

うん、その通り――。確かに会社を辞めて独立したことで、会社勤めをしていたときの悩みの多くは解決した。ところがその喜びも束の間、生活費のことや仕事のことなど、それまでとはまったく別のことで悩んでいるから、今日ここにいるのだ。

「そこで大切なのは、たくさんある問題の相互の関係を理解することです。仮に、5つの問題に因果関係があり、それをきちんと把握することができたらどうでしょうか。」

講師は2つ目の図を描いて見せた。


「5つの問題が実はたった1つの問題から生じているのだとわかれば、本当に取り組むべき問題は明確です。その1つに集中して解決に取り組むことができます。たとえすぐに解決できなかったとしても、重要なものとそれ以外が見分けられる様になれば、枝葉の問題に振り回されなくて済むはずです。」

「私たちにとって、問題の“数”が減ることが幸せではないんです。大切なのは、問題の“つながり”が見えること。『よい提案』とは、相手が抱える問題の原因と結果の関係を理解しなければ生まれてこないのです。」

セミナーが終わり、会場後方に座っていた私は質問の列が途切れるのを待ち、昂る気持ちを抑えながら講師に話を聞きに行きました。「問題の“つながり”が見えるようになるにはどうしたらよいのか」がどうしても知りたかったのです。

教えてもらったのは、この考え方はエリヤフ・ゴールドラットという人物が開発したTOC(制約理論)の中の、「思考プロセス」という問題解決の手法から来ているということでした。複数の問題の因果関係を読み解けば、表面的な枝葉の問題と本質的・根本的な問題とを分けることができる。興味があるならTOC思考プロセスを学んでみては――とのことでした。

教材としておすすめされたのは、『ザ・チョイス』という本。Amazonで本の紹介に書かれていた「本来、ものごとはとてもシンプルである」というフレーズを見て、これは間違いなく自分の人生を変える一冊だと確信したのをいまでも覚えています。

あれから7年。まさか自分が「ゴールドラット」の名を冠する会社で、当時の話を書くことになるとは思ってもみませんでした。まさに、あのときのセミナーが私の人生の根の深い問題に触れたのでしょう。かつての私が経験したように、この文章が誰かの人生を少しでも良くするきっかけになれば幸せだなと思います。

執筆者プロフィール:上野 敬峰 (Takao Uwano) 
大学受験で毎日13時間勉強する生活を繰り返すうちに、「答え」そのものよりも「答えの見つけ方」に興味を持ち、問題集の解答解説を書く仕事を志す。大人になってゴールドラット博士の著作『ザ・チョイス』に出会い、これこそが「答えの見つけ方」だと確信したことがいまの仕事にたどり着いたきっかけ。二児の父で、自宅から参加するオンライン会議にはときどき息子たちが顔を出す。