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~ゴールドプラザ鑑定士が勝手に判断!大河ドラマにしてほしい日本のすげぇ偉人Top3~

こんにちは!
またまた登場!ゴールドプラザ鑑定士川崎です。
前回の「ゴールドプラザ鑑定士がお薦めするなろう小説Top5」で懲りずに
第二回目、ゴールドプラザとまっっつっったく関係のないブログを書いちゃいます!

その名も~


ゴールドプラザ鑑定士が勝手に判断!大河ドラマにしてほしい日本のすげぇ偉人Top3


イエイ!イエイ!!!遺影!!!

さて、家族に給与と時間を搾取され続けた結果、趣味の読書のための時間と経費をかけることができなくなった川崎ですが(2回目)、
その心のよりどころとなっている無料で文章を読める「Wikipedia」からあまり知られていないけどじつはすげぇ、やべぇ、大河にしたらぜってぇ面白いのに!という日本の歴史的な偉人を紹介したいと思います!

前回同様、読み手がいるか知りません!!!


堂々の第3位!!!!!(勢い)

山岡鉄舟

幕末明治維新より1名!
私の中で維新期の立役者として坂本竜馬勝海舟より上位にいる偉人です!というかこの二人、なんかうさん臭くて嫌いです(笑)
まず、維新最大の見せ場である、江戸城無血開城、こちらを西郷隆盛と取りまとめたのは勝海舟ではなく山岡鉄舟です。言い切ります。山岡鉄舟です。

徳川家に信頼され西郷との交渉を任され、その人柄で西郷に信頼され、徳川家を守り無駄な戦争を起こさせなかったという点だけでもすごいのに、この方、剣禅書でも頂点を極める文武両道型の天才です。さらに言うと、維新後は官僚、政治家にもなり、西郷に請われて明治天皇の侍従を務めています。わかりますか?維新期に徳川家にも天皇家にも信頼されて重用されたというすごさ。もひとつおまけに、ここまで極まっているのに死後借金を残してしまうくらいお金や権力に無頓着です。なんというか、もう完璧超人です。

物語としてこの方のことを知りたい場合は「命もいらず名もいらず」山本兼一著をご覧ください。


第2位!


北畠顕家

南北朝時代より1名。
日本史のハイライトといえば戦国時代、次いで源平合戦というイメージがありますが、個人的には南北朝時代が一番面白いと思っています。ただ、時代として物語化、映像化がしづらい時代でもあります。なぜなら天皇家が率先して実権を握ろうと動き回る時代だからです。戦後日本で天皇家は権力を欲しないという姿勢を貫くためには表現しづらい時代なんだと思います。ただ、面白い。

北畠顕家は天皇家側「公家の出」になります。
ただし、ここにランクインされた理由は、その圧倒的な名将ぶりからです。日本史上の名将トップ5の中にランクインされるくらいにはヤバいです。公家なのに。

TOP5の名将に入ってくる最大の理由が、同じくTOP5の名将に入るであろう足利尊氏をボッコボコにして、滅ぼす寸前まで追い詰めたからです。詳細はWikiを見ていただきたいですが、そのボコボコにするやり方も常軌を逸しています。天皇家の皇子をたてて東北地方を治めていた北畠顕家ですが、足利尊氏が京都に迫っていると知り京都に進軍します。12月22日奥州(宮城県)を出て1月2日に鎌倉で足利軍を撃退、そのまま西進し16日には京都の足利軍を破ります。さらにそのまま追撃して足利尊氏が九州に落ちていくまでボコボコにします。

このヤバさ伝わりますでしょうか。わずか一か月で、今の整備された道ではなくでこぼこ道を5万の大軍を率いて、東北から京都まで600キロ以上を、戦に勝ちながら進み、日本史上最強クラスの武将をぶっ飛ばしたわけです。ちなみにこの時、御年17歳です。

このあと、東北に帰り再起した足利尊氏に対して全く同じことをして、最終的には足利に敗れます。享年21歳です。

物語としては北方謙三「破軍の星」がお薦めです。


そして、第1位!!!

太原雪斎

戦国史上最強の軍師にして名宰相、太原雪斎です。

戦国史上最強といえば、竹中半兵衛でしょ、いや黒田官兵衛でしょ、など意見あると思います。まず彼ら二人は軍師ではないです。(バッサリ)

軍師という言葉は本来、諸葛孔明が就いた軍師将軍からきているのですが、諸葛孔明のこの役職は物資補給などの後方支援を行う役職です。
日本でも軍師という言葉は一戦争の戦術を練る役ではなく、全体戦略を練る役職です。
半兵衛官兵衛は地方指揮官(秀吉)の補佐でしかないのですから、軍師と呼ぶのは無理があるでしょう。ちなみに天下人秀吉の本当の意味での軍師は秀長ですね。

さて、前述が長くなりましたが、太原雪斎は今川義元を、その戦略により当時最強クラスの大名にまで押し上げた人物です。今川義元が桶狭間のイメージから雑魚キャラ扱いされていますが、桶狭間以前で言うと、武田上杉も怯むくらいの大名です。実際、第二次川中島の戦いは今川義元の仲裁、もとい威圧で戦争が終結しています。

また話がそれましたが、大原雪斎の戦略で最も有名なのが、甲相駿三国同盟、俗にいう善得寺の会盟です。武田北条今川の三国同盟なのですが、これを太原雪斎が主導したと言われています。
武田の山本勘助、北条の北条幻庵、今川の太原雪斎、戦国期最高クラスの軍師がそろって同盟を組む、何とも胸熱な話ですよね!!!ね!!!

あともう一個、太原雪斎は徳川家康の師である、という説があります。これは明確な証拠はないのですが、家康は竹千代時代今川家の人質になっていますので、このころ太原雪斎の薫陶くらいは受けてるんじゃないかと思います。そのほうがかっこいいし。

太原雪斎は桶狭間前に亡くなってしまいますが、もし生きていたら桶狭間はなかっただろうと言われています。

こちらを物語として読むなら、漫画になりますが
宮下英樹「センゴク外伝桶狭間戦記」を読んでみてください。

さて、いかがでしたでしょうか。
本当はジョン万次郎も入れたかったのですが、
長くなるのでやめときました。

こちらの文章誰かに需要があるでしょうか?
ゴールドプラザの鑑定士はこんなやつばっかりです(はた迷惑)。

また、暇を見つけて文章を書きますのでお楽しみに!

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