【凡人が自伝を書いたら 83.再出発】
第一回、緊急事態宣言が解除され、完全にではないが、少しだけ日常の生活が戻ってきた。
ただ、感染者が増えれば、また宣言は出されるようなので、油断はできない。そんな認識は誰しも同じようで、店の売上は回復傾向にはあったが、一気にV字回復とはいかなかった。
会社的には、コロナ前の60〜70%あたりを推移していたが、僕の店は立地が良かったからか、割と回復は早めで、80%を超えたあたりだった。
土日なんかは、普通に忙しくなり、人員も以前のようにたくさん配置できるようになった。
働くスタッフ達も、やっぱキツいっスわ!なんて言っているが、なんだか楽しそうだった。久しぶりの忙しい営業。久しぶりの大人数での営業。
やっぱこの店はこうでなくちゃ!
そんな声も聞こえた。
ただ、コロナ前と全く同じかと言えば、そうではない。
そこには、新しいスタッフが第一線で活躍しており、既存のスタッフもそれまで担当していなかったポジションにいる。
「久しぶりにいい感じに忙しいな!」なんて声をかけると、調子に乗って、「まぁ忙しいですけど、全然大丈夫っスよ!前もこんな感じでしたから。」なんてことを言う。
「嘘つけ!こんなに忙しい時に、このポジションしたことないだろ!てか無理だったろ!」
「え?あ、そういえば、そうでしたね。。笑」
「ホントよ!何回料理落とされたか!」
なんて主婦さんからツッコミが入り、笑いが起きていた。
「いつに間にか出来るようになった。」本人からしたらそういう感覚なのだろう。
頑張って教えたつもりのスタッフが、そんなことを言っていたので、少しガクッとしたが、成長して、自信がついたらしかったので、それはそれで良かった。
よし、ここからまた頑張っていこう。
そんなふうに僕もスタッフ達も前を向いて働いていた。
「復活と使命」
ちょうどその頃、タイミングを合わせたかのように、Yチーフが仕事に本格復帰した。
家庭の問題がひと段落したようで、苦労はしたが問題を整理し、これから新たな新生活を始める。そんな状況だった。
僕自身も、前々から会うたびに相談を受け、話を聞いていたので、僕にとってもひと安心だった。
Yチーフが戻ってきたとなれば、僕には一つの「使命」というか、「やっておきたいこと」が生まれる。
それは、スタッフ達とYチーフを繋ぐこと。
正直、出来るかどうか分からない。第一、ひと回りも年上のチーフと誰かを繋ごうとするなんて、なんだかおこがましいことのような気もする。
ただ、店長としては、そこがスタッフと揉めているようでは、何かとやりにくい。何をするにもやりにくい。
これは、僕の中では、大きな問題の一つ。そして、どうしても解決したい問題だった。
「正論と信頼」
人は正しいことを言う人の言うことを聞くわけではない。信頼している人、もっと言えば、聞きたい人の言うことを聞く。
正論でいくら叩いても、信頼がなければ、ホコリしか出ない。
むしろ、信頼している人であれば、仮に少し「間違ったこと」でも言うことを聞く。
そういうものだと思っていた。
「正論を言うな。」と言うことは、人として間違っている。
どうすれば、「正論」が伝わるのか。
パッと思いつくのは、やはり「信頼している人」。
ただ、Yチーフは残念ながら、これからの話だ。
もう少し、レベルを下げて考えてみた。
僕がまだ、会ったばかりで日が浅く、信頼がない人、もっと言えば、あまり得意でない人の「正論」を聞くときってどういう時だろう。
そんなことを考えると、1人だけ「サンプル」がいた。
僕が本部で社員採用をしていたときにお世話になった、Tマネジャーである。Tマネジャーは当時30代前半の女性で、社員採用という会社にとって重大な職務を任されたいわゆる「優秀な」社員だった。
「完璧主義」「正論お化け」「指摘ウーマン」の3拍子揃った筋金入りである。
仕事の出来はもちろん優秀で、非の打ちどころも無い。僕にとっては、そこがさらに「強敵感」を演出していた。
これは僕のステレオタイプな発想でしか無いが、僕が、今まで人生で出会った、いわゆる「バリキャリ女子」のランキングをつけるとすれば、彼女がダントツで「ナンバーワン」である。というより、もはや「オンリーワン」である。
僕は社会人経験が浅かったこともあり、正直Tマネジャーのことは「苦手」だった。言い方がキツく、腹が立つことは多かったが、嫌いにはなれなかった。
それは彼女が「誰よりも一生懸命」であり、誰に対してよりも、「自分に」一番厳しいからである。
一度だけ、Tマネジャーが遅刻をしてきたことがある。
たいして遅刻もしていないのに、圧倒的部下である、新人ペーペーの僕に対して、全力で頭を下げて謝罪をされた時は、正直驚いた。
僕は驚きすぎて、逆になぜかこっちが申し訳なくなり、「いえいえ、僕だっていつもこっそり、勤務中にトイレだと言って、タバコふかしに行ってますから!笑笑」と慰めたつもりが、
逆に「え?何よそれ。」となり、「謝罪された直後に怒られる」なんて墓穴を掘ったほどである。(周りにいた人間のひそひそ笑い)
そんなTマネジャーをどうして本当に嫌いにならなかったか。苦手なのにも関わらず、言うことは素直に聞けたのか。
それはただ一つ。
「Tマネジャーが自分の正論通りの行動をしていたから」である。
つまり、「正論」と「行動」が一致していた、からだ。
よくよく考えてみると、Yチーフに対するスタッフの不満の大半が、
「言ってることは正しいけど、言い方がひどい」
それともう一つは、
「自分は言うくせに、本人ができていない。」
そういうことだった。
言い方の方は、ぶっちゃけ急には変わらない。人の心は変えられないからだ。本人が変えようと思えば変わる。きっと、そういうものだ。
ただ、「正論と行動を一致させる」ことには、僕もアプローチできる。
Yチーフは何も、「性根が曲っていて」口だけになっているわけではない。
忙しさに対応できない時があり、その時に、ボロみたいなものが出ているのだ。
現に、暇な時は文句のつけようが無い、素晴らしい仕事をしていた。
Yチーフにもここはきっちりと話をした。
内容を要約すると、
「言っていることと、やっていることが一致していない人の言うことは誰も聞きません。」
「それは、聞かない方が悪いというわけではなく、感情論として自然なことです。」
「タバコを吸っている僕が、誰かにタバコを吸うなと言っても、言うことは聞きません。そして、それは言うことを聞かない方に問題があるわけでなく、言う方が行動を変える必要があります。」
「Yチーフは忙しい時に、ボロが出ています。今までこんな環境でやっていなかったので、それはYチーフの努力不足ではなく、当たり前のことです。」
「能力を上げて、常に言葉と行動を一致させられるようにする必要があります。」
「せっかく正しいことを言っているのだから、それは伝わらないと勿体無いのです。」
とまあ、要約すると、
「アサヒ」ですか?
「スゥーパァー・ドゥライ」ですか?
的な感想を持たれそうだが、もちろん実際は、かなりYチーフの感情に考慮しながら話をした。
「それねぇ、実は私も思ってた。」
思ってたんかい!!
じゃあ、リハビリ&強化トレーニングといきましょか!!
と言う流れで、その日から、接客・調理全てのポジションのリハビリ&トレーニングが始まった。
つづく
お金はエネルギーである。(うさんくさい)