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【凡人が自伝を書いたら 99.寝耳に水、青天の霹靂】

エリアマネジャーが僕の店の営業に馴染むのには、そこまで長くの時間はかからなかった。

おじさんがいきなり営業に入り込んでくるわけだから、初めこそ、スタッフたちの間に若干の戸惑いはあったものの、そこは時間の問題で解決した。

上司は、なんだかんだで人柄も良かったので、スタッフたちが嫌がったり、モチベーションが下がったりなんてことは、少なくとも現象としては現れなかった。

初めの頃は、上司が自分の店の営業に入り込むことに、若干の抵抗はあったものの、コロナ禍でもない限り体験できないことだった。

上司と毎日、同じ店で働くことは、程よい緊張感もあるし、学びになることも多い。そんな程よい刺激があって、それはそれで良い経験となった。


ある日のこと、

上司が、何やらいつもと違った雰囲気の電話をしていた。

話し方からして、相手が上司より「上の人間」であることはすぐに分かったが、内容までは聞き取れなかった。

ただ、ちょこちょこ聞こえてくる言葉の端々や、態度から「何かを渋っているような、何かに反対しているような」、そんな雰囲気が伝わってきた。


その時は、

「また、会社から、気に食わない指示でも飛んできたのだろうな。」

そんなふうに思っていたが、

電話が終わった後、上司に内容を尋ねると、いつもは「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに愚痴りだすところが、その時はそうではなく、

「いや〜、ちょっと困ったことがあってなぁ〜。」

愚痴を言い出しそうな雰囲気ではあったが、何やら内容については、言いたく無さそうな雰囲気だった。

いつもとは違う上司の雰囲気に、多少気になるところはあったものの、あまり首を突っ込んでもなんだと思ったので、そこは聞かずにおいた。


店の方は、とても順調だった。

緊急事態宣言が解除されてから、数ヶ月が経ち、お客も順調に戻ってきてくれていた。

この調子でいけば、来月には、遅くとも再来月には、完全に回復する見立てを立っていた。

スタッフたちも肌感でそれを感じており、

「あとは、お客が戻ってくるのを待つのみですね!」

そんなことを話していた。


思い返せば、この店に来てまだ半年ほどだが、スタッフそれぞれがまるで別人で、店もなんだか生まれ変わったような気がしていた。

僕はそんな店に、働くスタッフたちに、「誇り」を持っていた。

できることなら、コロナが収まるまで、コロナが収まって、不安なく安心して営業ができる状況になるまで、この店の店長を勤め上げたい。

僕自身そう思っていたし、スタッフからもそれを望まれていた。

「この時期に、店長がいてくれて本当に良かった。こんな時期に、前までの店長だったら、この店きっとめちゃくちゃなことになってましたよ。」

そんなふうに、持ち上げるというか、もはや「上に放り投げる」レベルで、持ち上げてくれた。(こうやって、僕にお菓子やジュースを差し入れさせる、口の上手さである。)


僕は、自分自身にはそこまで人に誇れることはないが、「この店の店長である自分」や、この店の「スタッフ」たち、そしてこの「店自体」は、誰が相手であっても、胸を張って誇れることができた。


「もう、俺なんかいなくても、この店は大丈夫だ。」

売上が完全に回復すれば、そんなことを心から思うことができるのだろうな。

その時まで、居てやれたらいいな。

そんなことを思っていた。


ただ、残念ながらそんな思いは、叶うことが無かった。


当時、上司は数日、店を空けていた。

ある日の夜、ディナータイムの終わりぎわに、上司から電話がかかって来た。

電話に出ると、何やら暗めのトーンで、「僕とチーフと3人で話をしたい。」とのことだった。

まだ営業中だったので、とりあえず内容は聞かずに、電話を切った。

ただ、内容はこれまでの経験から大体分かった。


異動の話である。


業務連絡なら、メールや、電話で済む。

上司がこういう話をしてくる時は、決まって「異動」の話なのである。


「まさか」という思いがあった。

最近の人事異動を見ていても、コロナ禍ということもあり、問題を起こしたとか、誰かが辞めたとかでない限り、社員の異動は行われていなかった。

僕の店の数字を見れば、それがのぼり調子であることは明らかだった。大きなクレームや、問題も起こしていない。何かしらの不正もやっていない。

上司が異動なのか?

確かに、このエリア個別で見れば、業績は良くはないが、それは他のエリアも同様だ。平均以上であることは間違いない。

であれば、「大きな組織変更」(新しい役職が増えたり、逆に減ったり)があるのか?

あれこれ考えたが、あまりはっきりとしなかった。


上司との約束の日。

ランチタイムが終わって、営業が落ち着いた時間に、僕ら3人は集まって、客席テーブルを囲んでいた。

上司が改まって、重い口を開く。

「俺もだいぶ抵抗したんやがな、店長、異動になってしもうた。。」

。。。

言葉が出てこなかった。

というより、浮かんでもいなかった。

理由が全く検討もつかなかった。

今までの移動では、なんとなくの前振りもあったし、予想もできていた。


なぜだ。。


僕は、少し目線を落とし、上司の話を黙って聞いていた。


つづく




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