短編小説を書いてみました
親子関係というものはジェンガのように崩れやすいが、温和な人々との交流のなかで、ふと思い出したように引っ張り出すのもまた、この懐かしいパーティーゲームなのである。
24年と3ヵ月もの間、42歳になる私は一人娘の花子を男手一つで育ててきた。今日は高校卒業を機に上京し,大学の教育を受けて学士号を取得し、そのまま在京の大企業に勤めている花子が久しぶりに我が家に帰ってくる。なんとなく落ち着かず、そわそわとしながら花子を待っているとコーヒーが冷めきってしまった。喉も乾いていないのに、淹れてしまったコーヒーが。玄関の扉が開いた。鍵を持っていたのか。花子は。
花子がやってきて、形式上の諸々、玄関での世間話、きれいに磨かれた靴を脱いで、東京のお土産として酒のあてになりそうなスナック菓子を受け取った。以上を済ませた後に、テレビの前に鎮座するソファに座る。人間椅子ではない。よくよく昨日に掃除されているリビングの端、地べたに彼女の小さなブランド物の鞄を置いた。金具で床が傷つきはしないだろうか。飲みかけのコーヒーをキッチンに戻す。
「ねえねえ、お父さん」
なんだね?どうしたんだい花子、
「単刀直入だけれど、私、結婚を考えている人がいるの、一度会ってみてほしいの」
なんだ?結婚を考えている人がいるだと?そうかい、そうかい、もう花子もそのようなことを考えるようなことをするときになったのだね、今度連れてきなさい。
「はい」
ああ、君が花子と結婚を考えている人か。よろしく。よろしくお願いします。
思えばいろいろあったなあ。子育てというのは。
思い出すのは良い思い出ばかり、例えばなあ花子。
このような場で言及するところではないのだが、花子が初めて付き合ったあの子いたろう。
「山田君のことかな。」
ああ、そうだよ。その山田君。彼はな、実はお父さんなんだ。
「え、何を言っているの」
だから、その山田君。彼は私なんだよ。正真正銘の私なんだ。
「きゃーーー」
まあ、その、そういう風に叫ぶんじゃあないよ。彼氏の面前だろう。何も、このためだけに今、山田君が私であったということを白状したわけじゃないよ。私は思い出を語りたいんだ。花子。
「はい」
その山田君と、花子はよくゲームセンターに遊びにいっていたよな。
「ええ」
うちの近くのゲームセンターは大手の系列で、入口の付近にピンク色のクレーンゲームのエリアがあって、そこから奥のほうへ行くと次第に暗くなって、音が大きくなって、俗にいう筐体ものがあるのだけれど、奥のほうへはまだ行かないようにしていたんだけれども、花子はクレーンゲームが好きだったよな。
「ええ」
覚えているかい。確か、3,4回で獲得することのできた大きなクマのヌイグルミを。
「私の部屋にあるやつね」
ああ。その中身はお父さんだったんだ。
「きゃー」
正真正銘、地産地消のお父さんなんだ。私に花子の操作するクレーンが降りてきて、頭をこうガシッと、ガシッと掴んでくれたときは嬉しかったなあ。また掴んでくれよう。
山田君とは、花子、高校進学に際して別れちゃったよな。非常に残念だ。おおっと、婚約者の面前で、私はいま恐ろしいことを口から漏らしてしまっていたな。態度を見直すことにしよう。全く、良いきっかけになった。それはそうと、彼とはなんで離散してしまったんだい。花子。
「そんなのもう覚えていないわよ」
私は覚えているぞ、花子。ただ受験する高校が違っただけだよ。花子は北高校。山田君は南高校への進学を志望していたんだよ。北高校はうちの近くだから、通学も容易であるのにな。山田君も志望校を北高校にしておけばよかったのに。
「ええ」
高校に入学してから、花子は現在の人生で二人目の彼氏をつくったよな。彼は良い人物であったと思うだろう。高校ではサッカー部に所属していて、県大会には出場こそしたものの、確か一回戦で負けてしまった彼だよ。花子も大会の日には観戦しに行ったよな。公共交通機関で。あの彼氏、彼は田中君といったな。
「ええ」
花子の二人目の彼氏だった田中君、彼の中身はお父さんだ。
「きゃー」
盛者必衰、正真正銘、地産地消のお父さんだ。
彼が下校途中に年甲斐もなく蹴っていた、ネットに入ったサッカーボールの中身もお父さんだ。ちなみにね。
「ほう」
サッカーボールは冗談なんだけれどもね。それで、花子は婚約者を連れてきてくれたんだったね。余談が過ぎました。失礼しました。
「私、家を出ます」
まあ、待つべきだよ、花子。挨拶がまだなんだから。
「私の彼氏とは職場で出会いました。彼はアルバイトで入ってきて、雇用関係にある以上、そのようなことに及ぶのはいささか気が引けましたが、今では良好な関係を築けているつもりでした」
花子ももう気づいているようだが、今、目の前にいるのが花子の彼氏、彼はお父さんなんだよ。彼は私なんだ。
「きゃー」
異口同音、盛者必衰、地産地消、正真正銘のお父さんなんだよ。
花子は勢いよく実家を出発した。若者はこうでないとなあ。
今度、花子が帰省したら、結婚式の日取りを決めなきゃいけない。仏滅や赤口は駄目らしいな。明日はバイトだから、早く寝ないと。
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