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【短編】クマがあったかく殺してくれる

私はこの人が何をしたのか知っている。厳密には彼が何かしたわけではない。彼の目の前で、彼の「大親友」が死んだということ。

よく分からないんだよね、しつこかったし、だる絡み多くて、最後までわけわかんねぇこと言ってたし。でも、飲みに行く回数だけ多かったんだよな。もう誘われないって思うとな。寂しいとは思わないけど、なんか違和感があって。今から思ったら、ああいう奴も含めて友達って呼ぶんじゃないかって思うんだよ。あと数分後にはZattが舞台に上がってくる。Zattというのはラッパーで、ブラジルと日本のハーフで、ざらつきつつも迫力のある声で率直な言葉を吐き続ける、私たちの大好きなアーティスト。彼と飲みに行って数回目、話に出てきたアーティスト。あ、見て。やばいやばい。マジ、死ぬんだけど。ざっとぉ。やばい、かっけぇ、やばいマジで。え、かっこいい。

彼が言っている言葉と、周りのギャルや男子大学生が騒ぐ声が重なる。重なっても、聞き分けることは容易。彼は数か月前に不倫した人気俳優と似て、特徴的な声をしている。笑い声は普段と違って爆発するくらい大きいし、普段の話し声は鼻にかかって間抜けに幼い。

彼を見たり、Zattを見たり、DJを見たり、目の前の大学生が被っているニューエラのキャップを見たり、ちらちら眼球を動かしながら体を揺らしていたら、時間はあっという間に過ぎた。ライブは終わっていた。


アフターパーティーは2時間後。行く?行かないだろ。そうだね。飲む?ちょっとだけ。そのまま地下のライブハウスから出て、地上に出る。

テキトーにどっか入る?ここ、行きたい。私は前から目をつけていた隠れ家居酒屋を提案した。食べログの画面を表示して、見せる。

「いいよ、そこで」
「よくなかったこと、1回もない」
「俺、決めるの苦手なんだよね」
「主体性がないよ」
「厳しいなぁ」

へらへらした顔。こんな顔をしながら、友人を見殺しにしたんだろうか。そんなの分かりっこない。暗い話を深堀して良かったことなんてない。Zattが出てくる前に、そんな話を咳みたいに、不意に吐き出した。不可思議ではあるが、そのくらいリラックスできる空間だったということか。気が抜ける空間だったということだ。私だって体をくねらせていたら、レッドブルウォッカがいい感じに回って、肩の力を抜けたし。

そう、彼の友人が死んだなんて、私には関係ない。この人が、私との会話でこれ以上その話をしなければ。

ガーリックサラダ、ローストビーフ、アスパラの肉巻き、キャビア、きつねうどん、チョコレート添え生ハム、ヨーグルトとマヨネーズが混ざったソースにつけて食べるジャガイモ。はちゃめちゃなオーダーにも顔色ひとつ変えず、黒いワイシャツを来た店員が料理を運んでくる。私は安めの白ワイン、彼はレモンサワーとジンジャーハイボールを交互に。こういう居酒屋、来たことないな。君が行くのってどんな所、こういう話したことなかったよね。ていうか、まともな話1回もしてないよ。本社への愚痴ばっかだもんね。笑い合う。

「焼肉、よく行くよ」
「誰と?」
「ひとりかな」
「うそ、ずっと?」
「前まで誰かと行ってたんだけど、ある時からひとりで行けるようになったんだよね」

ある時、と言葉をふわっとさせた。私はそれを具体化させようとはしなかった。この人は発作的によく分からないことを言うのだ。それが怖い。それが面白い。それが好き。好き、という言葉を私は彼に言うことができない。勘違いされても困る。

勘違いって、何を心配しているのだ、私は。

だって彼の家には結局行く事になった。勘違いもくそも、ここまでいったら関係ないだろう。


私はシャワーを借りる。出ると彼はベランダで煙草を吸っていた。紙巻だ。今の時代、生き辛いだろう。うちの会社の本社ビルにも、営業拠点にも、どこにも喫煙所は設置されていない。

窓を壁として、彼は世の中から自分を守っているように見えた。世の中にはもちろん、わたしも入っている。面白がりつつも、彼を殺し、擦り減らそうとする世の中。

きっと煙草を吸い終えて戻ってきたら、彼は私を何回も笑わせるだろう。そういう男なのだ。言葉の上でだけ巧みに飛び回って、それでいて生臭い世界の上では下手糞に歩いている。

それで?それでって。さっき言ってくれたじゃん、好きになったアーテイスト。そんな話してたっけ。してたよ。私は笑う。やっぱり会話の上でしか、彼は生きられない。Zatt以外だよ。SmokeOGは聴いた。あの2人、いいでしょ。馬鹿みたいだけどね、大麻で世界統一って言ってた、でもその馬鹿みたいな明るさが好き。聞きやすいしね。うん、歌上手いし。他は?

私はZattから関連で出てきたアーティストを片っ端から聴いていた。どのアーティストもドラッグとか裏社会とかを歌って、その中で綺麗なメッセージに帰結するというパターンにはまっていた。

素直なんだろうなぁ、と歌詞の言葉ひとつひとつを見て感じた。そう伝えると、彼はとても嬉しそうだった。

私は彼のその顔に安心した。やわらかい笑顔。だけど、それだけじゃない。Zattみたいな女の子ウケしない音楽を聴いて、それを偏屈な男の子と話題にして、笑えてる自分に、なんだか安心していた。


今度さ、動物園行こうよ。

唐突、怖くなる。リアクションに困る会話が始まりそうな気がしていた。動物園?

そう、動物園、上野。美術館も一緒に行ってもいい。

動物が見たいの?わたしは別に悪い提案ではないと思いつつも、彼の中でどういう回路を辿って、その提案が出てきたのか疑問を持つ。

動物、何が好き?

ここで答えを間違えてはいけない。

ペンギンかな。

間違えた。彼の表情がわずかに曇った。いや、曇らないで。そもそも、この質問に正解を探す私の気にもなってほしい。なんで私が地雷踏んだ戦犯みたいな雰囲気になるの。この私の困惑を読み取るかのように、彼はすぐさま会話をつなげる。

ペンギンか、他には?

真逆を出すか。真逆って何?

クマ。

クマかぁ。

全ての語彙をここで使い切ってしまって、煙に巻いたあと、手を引いて寝よ眠いって言ってしまえばどうにかなる気がした。

頑張れ、私。

クマってさ、めちゃくちゃ怖いし強いけど可愛いじゃない。可愛いのなんでだろうなって思うんだけど、あれって逆なんだと思うんだよね。強いのに可愛いんじゃなくて、可愛いからってなめられないように強くなったんじゃないかって思うの。

誤魔化せ、私。

ほら、人間がもふもふだぁって寄ってきて、そいつらに邪魔されてたら前に進めたもんじゃないでしょ。だから全部それ薙ぎ払って、殺す必要があったんじゃないかなって思って、そういう所若干羨ましいなぁって思って、ほら、私って決して可愛すぎるとかそういう事ないけど結構誘われるんだよ男子から。

誤魔化す、何を?

だからさ、自分を守らなきゃって強くならなきゃって、女子会とかでよく言ってるんだよね。私は私の人生があるんだから、私が興味を持てない人は寄ってこないで、干渉してこないでって。ぶわぁって腕を振るって、吠えるの、ぐぉぉって。吠えられたらいいなって。でもさ吠えてもさ、怖っで終わりなんだよね。

やばい。

怖って思われてさ、その後、やっぱ怖くてもって戻ってきてくれる人、誰もいないの。じゃあさ、自分なんか守らないで、ちょっとずつ痛くないように傷つけていった方が、まだマシなのかな。自分が好きって、自信持ってブンブン腕振り回して、ぐぉぉ、ぐおぉって吠えて、それで残るのって何って、思っちゃうの。

泣いていた。

吠えられないんだよね。吠えることにびびって、なんだかんだ自分のこと、ちゃんと好きになってないからだと思う。めちゃくちゃ嫌いなんだよ、むしろ。ずっと死ね死ね死ねってシャワー浴びながら毎晩言ってるんだよ、鏡に向かって、ずっとだよ。意味わからないじゃん。自分のことつまんないボキャ貧な言葉数で卑下して終わりだよ。それで起きてさ、生きてさ、空っぽなのにさ、自分の何を守ればいいのかなんて分からないままなのに、強がって自信つけるとか何とか、だけど、その後も別にすっきりして寝られてるとかじゃないんだよ。ずっとさ、ずっとさ、自分ずっとつまらない人間なんだって思うだけなんだよ。

死んだほうがいいじゃん。

本当に死んだほうがいいじゃん。

彼が動く。私の方へ向かってくる。

もう二度とひとりじゃ、ちゃんと寝れないんだよ。

近い。

温度。

あったかい。

私は泣いたまま。彼はもう視界の中にいない。

強い、痛いほど、圧迫感。クマだ。力強い。

クマに私は今から絞め殺されるのだ。圧し潰されるのだ。

それでいい、それがいい。

やっぱ、そうだ。君のこと、少々好きだった。それは君がクマだったから。


意味わかんない、なにその話。ハグのこと、絞め殺すって、全然ボキャ貧じゃないよ。ワードチョイス奇抜。
意味わかんないとか言わないでよ、ほんとにそう思ったんだから。
ふぅん、メルヘンチックとかロマンチストとも違うよね。
不思議ちゃん?
それとも違うわよ。
じゃあ何、単純に気持ち悪い?
まぁね。
ひどいぃ。
で、その彼が今の旦那さんなの?
違うよ、彼、死んじゃった。
え。
あ、大丈夫だよ。ずっと前の話だから。
ずっと前って、さっきあんた2年前って。
でもずっと昔みたいな感じがするの。私たちって生まれてから30年くらいしか生きてないじゃない?それでもずっと太古の昔みたいな感じがするじゃん、生まれた時って。それと同じ感覚。めっちゃ昔のことに感じるの。ひいおじいちゃんが亡くなったって言われても、子供ってピンとこないじゃん。それと同じ。
同じって、付き合ってたんでしょ?
付き合ってないよ、その時別に付き合ってる人いた。
セカンドパートナーってやつ?
そこまでもいってないよ。結局4,5回しか会ってないんだから。
あ、そうなんだ。火遊びするだけの相手。
火遊びってほど派手じゃなかった。
何してた人なのよ。
だから、前職で同僚だって。あ、でも作家もしてたよ。
作家?小説家ってこと?
本人は嫌がってたけどね、そう言われるの。スランプだったみたいだし、新人賞でデビューして、2作目で全然売れなくて、そのまま書けなくてって感じらしくて。
へぇ、ドラマみたい。やっぱ不思議ちゃんだね。女優になりなよ。面白い人生なんだから。
面白い…
あ、ごめん。本当、ごめん。人が死んだ話なのに不謹慎だった。
ううん、全然。でも私自身は面白くないよ。面白くなくていいんだよ、人生ってさ。
それは、そう。

あ、ジンジャーエール、私です。
ジンジャーエールとハラミ?
合うよ?
合わないよ。
彼は合うって言ってた。死ぬ数日前。

え、なんか変なこと言った?面白かった?ねぇちょっと、ねぇやめてよぉ。

※ハッピーエンドです※


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