見出し画像

社会福祉業界のルーキー(恋した女が闇金まみれ)は次の日普通に仕事ができるのか検証してみた。

「見た映画はね、これから世界が発狂していくんだって諦めた主人公が、自分の周りだけはせめて楽園であってほしいって願うところから始まるの」

今から思えば、彼女が願ったのは、そういう閉じた領域を防衛するような恋愛の形だったんじゃないかって思う。

彼女が話した映画は、俺も見たことがあった。主人公は最低最悪のテロリストとして日本中から忌み嫌われた存在。そんな彼の願いは、ガールフレンドと家族の平穏だった。それらをおぼやかす可能性のある要素を、テロで徹底的に破壊していく、という内容だった。
ネット上の似非評論家たちからは批判の声が相次いだ。単純に、つまらないと。主人公の動機とやっているテロの規模が釣り合っていないし、感情移入もできないと。

だが彼女はその映画が好きだと言った。俺はその映画を見たとは言わなかった。細かな部分は覚えていなかったからだ。

「発狂した人とか集団とか権力が、自分の周りの人を傷つけていくことが怖かったんだね。自分では仕方なくやったことだと思ってる。だけど客観的に見たら、それは狂った所業に見える。無差別殺人を起こす人たちの中にある、これ以外どうしようもない、っていう感情を誰しもが持ちうるんじゃないかって思わせられた内容だったな」

「だけど俺たちはバランスを保って社会生活を送れている。まだ大多数の人間は発狂せずに済んでいるよ。誰しもが発狂する可能性を孕んでいる、他人事ではないって考えはニュースのコメンテーターとかがよく言う事だけど、理想的な社会の状態は、発狂する可能性なんてないって平和ボケしている人間の母数をいかに保つかだと思うな」

こんなことを言わずに「そうだよね、考えさせられるよね」と返しておけばよかったのだと思う。だけど正面にいる彼女とは、異なる意見を持った他者として向き合った方がいい気がした。
変にすり寄るのではなく、個人的な意見をぶつけてくれる人間に異質性を感じ、それが恋愛的な発展にいい影響を及ぼす。これはよくあることだと思った。
つまり俺は意見を言うことによって、遠回しに彼女との関係を進展させようとしている。

彼女は俺の返答に対して、笑顔を返す。そして視線を手元のホットチャイに落とし、笑顔を段々としまい込んでいった。無表情。何か話の中で思い当たる節があって、だけどそれを言葉にするのは憚られる、といったところ。



お待ちしておりました。本日ご案内いたします「藤間 三木」と申します。
みき、って女性の名前みたいでしょ。この通り、男らしさなんて微塵もないんですよ。そんなことはいいか。今どき、ジョークにできるようなネタじゃないですね。
あ、波田さん。ちょっと待ってくださいね。この後すぐ行きます。
えーっと、じゃあお席でお待ちください。代理で担当のものが参ります。
はい、波田さん、お疲れ様ですっと。えーっと、あ!必要な申請書類書き終わったんですね!おけです、ダブルチェックしますよ。
あ、いや、いいですいいです。明日とかになったら面倒でしょ。このまま見ちゃいますよ。
えー、あ、そうですね。受給サービスの種別は、うん、こちらで合ってます。福祉サービスの名前って長いですよね。僕もうぜぇって思ってます。ははは、おっけぃ、じゃあ他の箇所は…はい、はい…あ、大丈夫ですね。問題ないと思いますよ。
超早くできたじゃないですか、さすがぁ。助かりますよ。コピーだけとっていいですか?一応、事業所にも控えが必要で、すみません。
え?楽しそう?
いやいや、まだまだ新人ですから、楽しいには程遠いですよ。
あ、でもこの仕事自体、嫌いじゃないですけどね。
波田さんみたいに頼ってくれる人がいるなら、いくらでも頑張れちゃえるんですよ。そういう人がこの業界集まってますから。
ね、今後もよろしくお願いいたします。応援してますよ。
絶対一緒に、理想の生活、叶えましょうね!
いつでも、可能なサポートは全力でやらせていただきますから!


みきくん、嫌いにならない?
ならないよ、絶対ならない。
ならないね?
ならないから、言ってごらんよ。
あの、借金をしてるの。
あっ、おぉー…
そう、借金がね、それも結構あって。
100いってる?
いってないけど。
50?
そんくらい…
そっか。
それもね、あのソフト闇金から、ソフト闇金っていうのがあるの。
ソフト闇金。
そう、反社ではあるんだけどね、映画に出てくるような怖い事務所じゃなくて、綺麗なオフィスで丁寧な接客で、でもやってること同じ、みたいな。
そこから、50。
うん。
闇金って返さなくていいんじゃ。
そこらへんは、ちゃんと対策してるの、反社、頭いいんだ。
弁護士とか。
行ったよ、行ってダメだった。
そっか。
ねぇ、みきくん。
うん。
どうしたらいいか、わたし全然分からない。
うん。
なんでこうならなきゃいけなかったのか。私、何も悪いことしてない。私、やりたいこと頑張ってみようとしただけだよ?
うん。
たすけてほしい。

たすけてほしいの。もう、みきくんくらいしか、たすけてくれる人いない。


本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
今回お受入れいただきました、穂谷様の担当支援員「藤間 三木」と申します。短い時間ではありますが、よろしくお願いいたします。
今回は障害者が健常者と共にオフィスワークという環境の中で協働していくことについて、制度的な知識と共にお話させていただければと思います。
と、その前にですね、少し自己紹介から始めさせていただきます。
私、2022年からこの業界に新卒で入りまして、まだ社会人歴3年足らずのペーペーでございます。福祉系の知識を充分に持ち合わせているわけではございません。
ただ、それでも、この業界にひかれた。それは、この世界の中で、何かしらの方向性に向かって踏ん張り、歩み出す人たちを支えたかったからです。
穂谷様もそうですが、この業界、頑張っている人だらけです。自身の障害や病気に向き合い、それでもできることを最大限探していこうと、懸命に努力されている方ばかりです。
私はそんな人たちを支えたいと思った。自分で言うのもあれですが、穂谷様を2年半サポートさせていただき、彼女からは「藤間さんにご支援いただいて本当によかったです」とお言葉をいただきました。
頑張る人を応援したい、そういうモチベーションで仕事をしている私にとって、涙が出るほどありがたいお言葉です。
正直なところ、支援に知識は関係ないと思います。そして今回、お受入れいただく皆様も、穂谷様に頑張ってほしいというお気持ちのもと、環境を用意していただいたのだと思います。
私も、皆様も、穂谷様も、ひとつの「活躍」「頑張り」を実現させようと歩む同志であると考えます。
そして、その志がつながっていけば、御社だけでなく、この社会全体が前向きな明るいものに転じていくと、私は信じています。


人殺し
人殺し
好きって言ったじゃん
ほんとうに、ほんとうに、どうしたらいいかわからないの
ごめんね
ごめん
ひどいこと送った
でもさ、でも、たすけてほしい
このままだったら、本当に死ぬ
死にたい
でも、いたいよ、みきくんといたいよ


「よっ、飲み行こうぜ」
「いいよ、いつものとこ?」
「いや、お前の家の近く」
「え、全然ないぞ」
「開拓だよ、一緒に行くぞ」
「マジか、うまいとこあるかな」
「てかお前、電話なんで出ないの」
「お休みモードにしてるから、通知来ない」
「なんで」
「最近マジで電話鳴りっぱなしだから」
「え、何お前、モテ始めた?それとも取り立て?」
「ちげぇわ」

URLが共有される。

「ここ」
「いいね」「美味そう」
「決まり」
「なんかあった?」
「なんだよ」
「お前、飲みの誘いしぶりがちじゃん」「調子よくない?」
「そんなことないよ」


酎ハイのジョッキを握る自分の手を見て、その後欲しく白い腕を見る。
この腕で抱きしめたところで、防御力が上がるとは思えない。
俺が誰かの盾になることも鎧になることも、到底叶わない。
そんな貧弱な腕でジョッキなんて持ち上がるのかと疑って手首に力を入れて重力に逆らってみたら、簡単に持ち上がった。
今日の俺が、何故か知らないが、好きでもない酒を果てしなく飲みたい気分であることに気付く。特に酎ハイなんて甘くもない不味い飲み物だ。
これを体に流し込み続けたら、すぐに気持ち悪くなって、帰りの電車で最寄りをとばして、2駅先のホームでしゃがみ込むだろう。
そんな未来が見えていても、飲まずにはいられなかった。
俺は涙のひとつも流さず、友達や常連のおばさんに話しかけられて、へらへら笑っていた。作り笑いではなく、自然と笑えてしまっていた。
遠くの地で、3回夜に会った女性が、死んでいるかもしれない。
俺はチーズ揚げを頼んだ。美味くないわけがない。カリッとした後に、チーズがとろりん。幸せはいつだって手の届くところにある。
手の届くか届かないか分からない店に、背伸びして女性を連れていく必要はないのだ。ないのか?
でもチーズ揚げが目の前に置かれて、かぶりついた時には、そんな疑問について脳のキャパを割く必要性自体、見失っていた。
そうだ、そうなんだ。
俺は手元にある金で、小さな幸せをすぐ手繰り寄せることができて、
奇跡のような、知らない所にある大きな幸せを、わざわざ探しに冒険する必要はないし、
その冒険が上手くいかなかったからって、しょげないのだ。
すごく社会人に向いている。先のことを考えすぎない、この特性。
短期的に幸せになるためのPDCAサイクル。
俺はまたメニュー表を見ながらPlanを練る。


オチなんてない。結論は出ていない。
彼女は死んでいるかもしれないし、
生きたくない道で生きているかもしれない。
俺だって、今は元気に生きられているが、
数か月後、どうなっているか分からない。
そんなもんだよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?