「変えたくないもの」を変えないため、「変えられるもの」を変えていく:100年使えるデザイン論
「デザイン」という言葉が、ビジネスの世界で飛び交っている今、言葉ばかりが先行してその本質が見失われているようにも思えます。前回までの記事では、デザインとは「変化を理解し、適応する行為」であるとの解釈を提示しました。
本連載では、キャリアを通じてデザインの本質を日本へ伝えてきたGOB Incubation Partners(以下、GOB)共同代表の櫻井亮(さくらい・りょう)が、自身の観点からデザインを語ります。
櫻井自身も、社会人向け教育機関「Hyper Island」 でデジタルシフトについての最先端の事例や実践を学んでいます。最近では、日本企業向けにデザインコンサルティング等を提供する「TensorX」を設立。UI/UXプロトタイピングツールを提供するスウェーデンのデザインファーム「TOPP」とも提携するなど、今なお新たなチャレンジを続けています。
*プロフィールや本文は掲載時点での内容です。
前回までの記事はこちら>
教育と学びのあり方
前回の記事の最後で、日本人は学びの姿勢を見直し、より本物に近いところから一次情報を掴みとるべきだとお話しました。
今の不誠実な学びのあり方は、教育のあり方にも原因があると思います。たくさんの計算問題を与えられて、文章題もパターンで解法を記憶する。だから、自分で問題を作ってそれに答えるということに慣れていないと思うんです。大学3年生頃まで、先生が求める答えや大人にとって耳障りが良い答えを探して、当てに行くような作業を強いられてしまう環境にあると思いますし、枠を外れたことをしたら「ヤバイやつ」としてつまはじきにされる圧力が確かに存在しています。
しかしいざ就職活動となれば、自らの枠を超えて、新しい発想でイノベーションを起こせる人材を演出してくださいと言われてしまう。それでは混乱するのも無理はありません。
ですから、学生の頃から世界の人たちはどんな環境で動いてるのかをよく見てほしいのです。若い人たちでも、子どもでも、今はインターネットでさまざまなことを探せる時代ですから。
大人の役割、外の世界を見ることの重要性をおせっかいできるか
とはいえ、若い人たち自身が世界を知ろうと思わなければ探せないのも事実でしょう。だからこそ、外の世界を見るということの重要性を、余計なおせっかいとして伝えられるか。そこに、大人が果たすべき一番最初の責務があると思います。
私の理想を言えば、日本を飛び出して、世界に住んでほしいですし、海外企業と一緒に仕事をしてほしいとも思います。でもそれはなかなか難しいので、まずは出張を作ってほしい。その時に若い人たちを連れて行ってあげてください。私自身は、遣隋使や遣唐使のような役割を果たさなければいけないと思って動いています。
今の20代より下の世代の人たちは、公教育が変わる、親世代が変わるとか、ましてや日本が変わるといったことを現実にはイメージしづらい世代かもしれません。物心ついてからずっとバブル崩壊後のくもり空を生きてきて、日本が変わった瞬間の、晴れていた頃の時代を体感していませんから。
でも、そこにあるのはシンプルな答えで、変わらなければ今あるものはなくなっていく。これだけなんです。適者生存の考え方において、変わらないということはありえません。
「変えたくないもの」を変えないため、「変えられるもの」を変えていく
100年続いている企業を見てみると、彼らは、変えたくないものを絶対に変えないため、あらゆる挑戦と変化をしていることがわかります。実は、ものすごく劇的に変えていることがあったりします。
変えたくないものがあるから、変えていいものを思いっきり変えていく。そのためには、変わらないものと変えるべきものを考える必要があるのに、今は、考えることそのものが止まってしまっている気がします。
もう1つ、変わることのリアリティ、現実味を持つために、まずは世界の晴れているところへ行ってみてください。できれば、仕事で。ミーティングを2時間するだけでも彼らの意思決定の方法、会議の設計すら随分違うことが分かると思います。仕事が難しければ、ワーキングホリデーでも構いません。日本のくもり空を生き続け、変わることをイメージできない若い世代こそ、晴れた国を見てほしいのです。
先ほども言ったように、変わらなければなくなっていきます。もちろん、変わることなく、哀愁とともに沈没する船で優雅に音楽を奏でていることも一つの形として尊重されるべきだと思っています。それでも私は、最後まで助かる方法を、どんなに不格好でもいいから模索していきたい。
最近では、そういう挑戦を起こす若い人たちも増えていますね。本当に素晴らしいことだと思います。私は、彼らが上の世代になった時に、好循環が生まれることに期待もしています。
よく言う話ですが、シリコンバレーと日本では成功した人たちが次の世代を手助けするアプローチに違いがあります。
シリコンバレーでは、芽も出ない若い時期に、たくさんの大人に助けてもらっています。お金に限らず、アドバイスや人の紹介など、そうした恩を感じて成功しています。だから、自分が成功を収めた時には、今はまだ小さくて弱いかもしれないけど、大きくなる可能性を秘めた若い人たちを助けようとする循環が生まれていくのです。
一方で、これまでの日本では、成功体験の捉え方が異なりました。冷たい仕打ちにあいながら成り上がってきた人たちが多かったので、若い人に対しても「お前ら甘いこと言ってるんじゃない。必死に努力しろ」と。
だから、どこかでその循環をうまくポジティブな方向に変えていきたいと思いながら、この5年間、GOBという会社をやってきました。直接的ではないにしろ、GOBというものを通って社会へ出てくれた人たちはたくさんいて、できれば彼らに少し余裕が生まれた時に、次の世代へ良い循環をつくるための役割を果たしてほしいなと思っています。
全てのスタートアップが成功できる仕組みは描けないのか?
事業を作る、投資をするためのスキームはシリコンバレーを中心に世界で展開されていますが、これが日本の環境とうまくフィットしていないのではないかと感じています。1000人に少しずつ投資して、そのうちの1〜2組が大きく成功すれば全部の元は取れるという考え方は日本の美徳とは合いません。
チェスと将棋の違いからもわかるように、取った駒は活かすのが日本の社会性です。これを考えると、スタートアップに対する投資の仕方は変えられるはずです。
GOBを立ち上げた当初、共同代表の山口高弘と一緒に話していたのは「全員がそこそこ成功するためのモデルは描けないのか」ということでした。
これを実現するためには、土壌の豊かさが必要です。荒れ果てた土地から一部の優秀な鳥が飛び立つのではなく、土壌全体が潤っていて、みんなが相互に影響し合いながら育っていく。この中から、ひょっとすると世界で戦える会社が1社出てくるかもしれないけど、それは全体の養分を吸い上げた搾取の結果ではなくて、全体が繁栄していく中で、その結果として生み出されたものだったらいいなと思うのです。
その土壌をつくるためには、忍耐強さと、一見すると非合理で経済的にもあまり意味がなさそうな場所に投資をしなければいけない場面も出てきます。利益を追求することに軸足を置いていてはそれは叶いません。GOBが行っているあらゆることは、全てこの土壌を豊かにすることへの投資だと思っています。
2、3社では影響は出ないかもしれないけど、GOBという環境を通って出て行った会社が10社、20社と生まれて、彼らが良い動きをしているとなれば、少しずつ社会の目も変わってくはずです。それを証明したい。ただ、私たちがすごいって言いたいわけではなくて、この仕組みを大企業や自治体、学校にも導入しませんかという大きな提言をしているつもりでいます。そのためにも今は結果を思い求めて、貪欲に、必死に動いています。
最後になりますが、国内でも海外でも、今どんな変化が起きているのかを目で見て、声を聞いて、中途半端でもいいから、こんな風に変わっていくんじゃないかという自分なりの答えを考えてほしい。自分なりのデザインをしてほしい。
私が言っていることは5年前とはまるで違います。一貫性がないと言われるかもしれませんが、これは常に変化を感じて生きているから。そのくらい必死です。変わるために。
変わることを前提に世の中を見渡して、変わるという行為を体感して、そこから得た学びを、課題先進国と言われる日本を変えるためのチャレンジに使える人が増えたらいいなと思っています。