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「パッケージ」「インスタント」を求め続ける日本人へ:100年使えるデザイン論

「デザイン」という言葉が、ビジネスの世界で飛び交っている今、言葉ばかりが先行してその本質が見失われているようにも思えます。前回の記事では、デザインとは「変化を理解し、適応する行為」であるとの解釈を提示しました。

キャリアを通じてデザインの本質を日本へ伝えてきたGOB Incubation Partners(以下、GOB)共同代表の櫻井亮(さくらい・りょう)が、自身の観点からデザインを語ります。

櫻井自身も、社会人向け教育機関「Hyper Island」 でデジタルシフトについての最先端の事例や実践を学んでいます。最近では、日本企業向けにデザインコンサルティング等を提供する「TensorX」を設立。UI/UXプロトタイピングツールを提供するスウェーデンのデザインファーム「TOPP」とも提携するなど、今なお新たなチャレンジを続けています。

櫻井亮/GOB Incubation Partners共同代表
日本ヒューレッド・パッカード、企業支援等を経て、2007年よりNTTデータ経営研究所にてマネージャー兼デザイン・コンサルティングチームリーダーを務める。2013年より世界11カ国に15のオフィスを持つ北欧系ストラテジックデザインファームであるDesignitの日本拠点、Designit Tokyo株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。新規ビジョン策定・情報戦略の企画コーディネート、ワークショップのファシリテーション、デザイン思考アプローチによるイノベーションワークなどを行う。その後共同代表である山口と共にGOB-IPを立ち上げ。イントレプレナーとアントレプレナーの両方の経験を活かし起業家支援に携わる。現在もシリアルアントレプレナーとして様々なチャレンジを実践中。

主な著書:「ITプロフェッショナルは社会価値イノベーションを巻き起こせ」「RFPでシステム構築を成功に導く本- ITベンダーの賢い選び方見切り方」「ファシリのひみつ」など。

*プロフィールや本文は掲載時点での内容です。

前回の記事はこちら>


本質を置き去りにしたまま展開されるデザイン論

2012年、私はデンマーク発祥のデザインファーム「Designit」の日本法人であるDesignit Tokyoを立ち上げ、「デザイン」という概念を日本企業に理解してもらうための挑戦をはじめます。

しかしながら、当時はほとんど受け入れられませんでした。

「デザイナーがやればいいんじゃないの」「大事なのはなんとなくわかるけど......」といった反応が多かったのです。

日本経済新聞にデザインというワードが登場するようになったのが、およそ2013年か14年はじめごろ。そこから一気に露出が増え、少しずつ認知は増えてきました。「デザイン思考」や「エクスペリエンスデザイン」などの言葉を日常で耳にする、使う人も多いでしょう。

ただ、世界中を回り、彼らの考え方に触れている私からすると、世界の人たちが当たり前に使っている「デザイン=変化に適応する行為」に対する戦略性や、それを設計をするということが、まだ日本の中で真に受け入れられてはいないのではないか、伝わりきっていない部分があるのではないかと感じています。

「パッケージ」「インスタント」を求める日本人

日本人は、「パッケージ」になっているものを求める傾向があります。また、カップラーメンが進化した国だけあり、「インスタント」なものを好みます。こういったものが、学びを阻害している面もあるのではないかと思うのです。

1、2年じっくり考えて結論を出すことの豊かさを、本来、日本の人たちは持っていたはずです。でも今は、とにかくインスタントに手軽なものを求めてしまう。じっくり考えるべきところを、3分で知りたがる。これは高度経済成長の弊害だと思っています。

米シリコンバレーから生まれた文化に「エレベーターピッチ(必要なことを3分で話す)」があるように、世界でも、すぐに結果を求める部分は当然あります。

しかし、彼らはそういうピッチ的な考え方と本質とをうまく切り分けていているという点を見逃してはいけません。自分の人生や家族との生活、会社をどう進化させるか、そういった中長期で考えなければいけない事柄については、実はじっくり考えているんです。ちゃんとお金もかけています。それだけの意味を見出しているんです。

どうも日本では、このあたりが、教育や企業戦略、社会システムといったあらゆる場面でものすごく蔑ろにされている気がします。“ちゃちゃっと手軽に”何か成果が出ることを求めすぎているのではないかと思うのです。

何もしなくても成長できた時代、亜流としてのチャレンジ

なぜ、日本と世界の間に頭を抱えたくなるようなその差が生まれたのか。

高度成長の前、つまり戦後に、私たち日本人は“何もない”状態を経験しています。そこから、ものすごくしたたかに、時にはグレーな部分に足を踏み入れながらも、泥水すすって成長してきたのが日本の経済、日本の企業でした。

今の20代の人たちには想像がつかないかもしれませんが、世界中で誰も日本に期待していなかった時代があったんです。ところが、急成長を遂げて、これまた今の人たちには想像がつかないかもしれない、右肩上がりの経済を誰も疑わない時代が続きます。

何もしなくても、売り上げが10%上がっていく。今のやり方を変えなければうまくいく。そんな時代でした。

するとどうなるか。余計なことを考えるなと言われるようになります。新しいチャレンジは面白いかもしれないけど、そのままで成長できるんだから余計なことはしないでおこう。これが、高度経済成長期にはまったモデルだったのです。変えないこと、余計なことを考えないことが主流で、新しいチャレンジは亜流。余裕があれば、道楽や気まぐれでちょっとやってみるもの、だったわけです。

余計なことをせず、計画を固め、それを守る。目指すのは、30分かかっていた仕事を25分に短縮するような生産性。そんな風にして、“よい子”がたくさん生まれました。当時はこれが理に適っていたんです。

バブル崩壊後20年以上続く、長い曇り空

ところが、環境が変わった。

バブルが弾けます。リーマンショックがやってきます。大打撃を受けながら保守本流を守り、なんとか維持することが精一杯の状態が続きます。うなぎのぼりの成長はやがて鈍化し、1.2倍、1.1倍、1.01倍…...。今までと同じことを10年淡々と続けてもほとんど維持レベルでしか成長できなくなった。まぁでもマイナスではないし、ちょっとずつ上向いてるじゃんって言い方もできるけど、じゃあその時、タイはどれくらい成長してきたのか? マレーシアは? アフリカ諸国は? そう考えたら、到底伸びているとは言えません。

日本に限らず、成熟国と呼ばれるところはどこも非常に苦労しています。しかしその中で、各国はその国なりに変化に適応して必死に成長を続ける努力をしてきたわけです。アメリカも、シンガポールも。

日本は他の国よりも少し早いタイミングで、この“長い曇り空”を経験しているのかもしれません。実は中国だってこれからどうなるかは分かりません。

でも一つ言えるのは、環境の変化に対して適応できるかどうかは、危機能力だということ。変わっていくことが普通で、変わらないことがリスクだということをマインドセットとして持てなければ、次の環境で生き残っていけないということです。

そのマインドセットがあれば、社会の潮流が変わった時にも素早く移っていける可能性があると思っています。

積み上げてきたものを一気に崩されてしまう自然の中で

2011年の東日本大震災、その前の阪神大震災。日本というのは、私たちが積み上げてきたものを一気に崩されてしまうような自然の中にいて、それを感じやすい国民だと思います。戦後の焼け野原も同じ。「明日、何もなくなってしまうかもしれない」という状況に置かれているが故に、崩れたものを一から立て直す力を古来より私たちはずっと培ってきたはずなんです。

ただ、20年ほど経済がうまくいってしまい、そういう精神性を忘れている気もします。特に若い子たちは、あの東日本の震災で色々と自分の価値観を変えられたことがいっぱいあると思う。この先どうするんだろうって。いろんな問題があって、それを抱えて生きていかなければいけないという責任も負ってしまっている。そこについては私やその上の世代が若干無責任な感じもしています。

本来なら、我々が生み出した課題は、我々で解決しなければいけないんだけれども、時間は流れていきます。それならせめて、課題が解決できる人たちを増やすことをミッションとして動いていかなければと思うのです。

だから積極的に世界に行き、新しいことを取り入れて、日本に紹介したいと強く思っています。

その中で、5年ほど前からデザインというキーワード使って、その考え方や使い方の重要性を伝えてきましたが、もうみんなが何となくデザインという言葉を使い始める時代になりました。

ここまでくれば、デザインという言葉尻を捉えることなく、その本質を伝えてくれる人は私以外にもたくさんいますから、私は別の形で学びを提供していこうと考えています。

ブランディング、デジタルトランスフォーメーション(デジタル時代の態の変え方)、ラーニングエクスペリエンス(学びの環境作り)......こんなことに興味を持って、自ら得た学びをGOBを通して多くの人に伝えたいと思っているのです。

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