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社内の給与制度ゼロから作ってみた——半年の運用でわかったこと、直したこと

著者:並木 美緒 GOB Incubation Partners/オンテンバー取締役

私たちGOB Incubation Partnersでは、「メンバーの成長を促すための給与制度」をゼロから構築。その過程で、全メンバーの給与を社内で見える化しました。

以前の記事で、2020年2月から6月までの設計に向けた議論と、できあがった制度を公開したところ、「ここまでオープンに社内制度を公開するのに驚いた」「これはすごいことが書かれている......」など多くの方から反響をいただきました。

今回の記事は、その後実際に7月から12月までの半年間、社内で運用をした結果と、その反省をもとに新たに作り直した給与制度の改訂版の中身を紹介します。

ここからは、いくつかのポイントごとに、旧制度と新制度での違いを見ていきます。

金額を決める「成長マトリクス」を改訂

給与制度の根幹にあるのが、成長マトリクスです。自分がこのマトリクスのどこに位置するかで、最終的な給与額が決まります。

*本来社内では「給与」ではなく「投資」と位置付けていますが、今回は分かりやすさのため、「給与」と表記しています。

旧制度では、下図のように、縦軸に「WAY(GOBにおける社内規範のようなもの)の体現度」、横軸に「知識・技能」を設定していました。

旧制度のマトリクス

これを、新制度では以下のようなマトリクスに改訂しました。

新制度のマトリクス

具体的な改訂のポイントと、その背景を紹介します。

改訂1:横軸を定性(もっとやれる!、やばくね⁉︎ など)から、定量(アウトプット、アウトカムなど)へ

旧制度(上)と新制度(下)の横軸

従来のマトリクスを運用して社内で振り返りをしたところ、「アウトプットではなく、『取り組み姿勢』の評価になってしまっている」といった意見が多くありました。

つまり、以前のマトリクスは、主観的な努力目標のようになってしまっていて、人によって甘くつけたり、厳しくつけたりと、マトリクスとして機能していなかったのです。

GOBでは起業家と起業家支援組織である自社での投資に関する考え方に一貫性が必要だと考えています。通常、起業家は努力ではなく結果で評価されます。そのためGOBとしても「自分がどれだけ努力したか」よりも、「社会に対して成果を出しているか」を重視し、誰が見てもわかる「アウトプット」を指標として取り入れました。

一方で、アウトプットに重きを置き過ぎると、自分が達成しやすい目標を立てて、それを達成したからOKだという意識につながる可能性もあります。それはひいては、チャレンジに対して消極的な姿勢にもつながりかねません。また、アウトプットは目的に対する手段であり、目的から考えるという思考が極めて重要です。

そこで、重要なのが「アウトカム」と「チャレンジ」です。これらは単なるアウトプットにとどまらず、さらなる成果のため、社会のために何ができたかを評価する視点です。

「アウトカム」は、単なるアウトプットを超えた先の成果を自ら設定し、達成することを指します。例えばわかりやすい報告資料を作ったというのはアウトプット、その資料をもとになされた意思決定がきっかけで会社の事業が大きくなったというのはその先のアウトカムと言えます。

「チャレンジ」とは、自らの役割や期待値を越えて新たな領域に挑戦することで、その挑戦が「会社の資産」となるものを指します。GOBとしては、うまくいかなかったとしてもチャレンジを大切にしているので、そうしたメッセージも込めて、これを横軸に組み込みました。

改定2:縦軸をWAY(行動規範)の体現度から見識を図る水準に

旧制度(左)と新制度(右)の縦軸

旧制度と新制度の大きな違いが、「実践」をベースにしているかどうかです。

以前のマトリクスでは「理解」をベースにしていたため、ともすれば頭でっかちになってしまうおそれがありました。そこで新制度では、まずやってみることを1段階目の指標に設定。起業を支援する会社として、まず自分で実践してみてどうだったかを重視した設計にしました。

新制度の縦軸は「1:実践」から上に進むにつれて「見識が高まる=社会に対する影響度が増す」ようになっています。

順に見ていきましょう。

「2:自立」は、そのまま自分で計画を立てて行動できることを意味します。「実践」「自立」まではあくまで自分の行動に主眼を置いたものです。

そこから「3:共生」「4:統合」「5:解体」と進んでいくと、自分だけではなく、チームや組織のリーダーとしての実践が問われます。

「共生」は、自分だけではなくチームになって周りの人とも一緒にプロジェクトを進めていけるか。「統合」は主にマネージメント層を対象に、多様なステークホルダーと関係性を築きながらチームとして統合していけるか。そして「解体」は主に経営層に求める役割で、常に現状を疑い、時には混乱を起こして、社会にゆらぎを与えながら大きなインパクトを与えられるかを測ります。

ちなみにこの縦軸の5段階は、私たちGOBが輩出したい起業家像とも一致しています。

起業家の中には、ぶっ飛んだ天才も少なくありません。常識から外れたような思考、行動をしてなんぼという世界だったりもします。

しかしそういう人が仮にこの制度を利用した場合、「実践」「自立」より上の段階に進むことはないでしょう。ある種の社会性を持った起業家を輩出しようとする私たちの姿勢が、このマトリクスに表れています。

改訂3:マトリクスにおける成長の流れを可視化

従来の制度では、縦軸と横軸がある程度独立していたため、縦横それぞれの評価を定めて、その交差点で給与額が決まる仕組みでした。つまり、一足飛びに斜め上へと成長段階が上がっていくこともあり得たのです。

しかし新制度では、縦軸と横軸は互いに影響をし合うものとして作用しています。垂直方向に成長していくためのサポートとして横軸が機能するのです。

成長マトリクスの進み方

例えば「実践」や「自立」はプロジェクトのいちメンバーとしての領域です。その段階でアウトプットが出せていたとしても、「共生」になればチームとしてのアウトプットを出せるかが求められますし、「統合」や「解体」ならマネージャーや経営者としてのアウトプットが必要になります。

ですから、実践段階の「アウトプット△」から自立の「アウトプット△」へと一足飛びにマトリクスが進むことはないという前提で、設計しました。

運用面も改訂、一部は改悪に......?

改訂4:振り返りシートの記入欄を増やす(が失敗だった)

この評価制度は半年に1度の運用で、半年ごとに自分とサポーターになっているメンバーの動きについて振り返りをします。

その時に使用していた振り返りシートがこちらです。上段が自分の振り返り、中段、下段がサポーターからのフィードバックを記入する欄です。

旧制度の振り返りシート

今回の改訂にあたっては、この振り返りシートの中身も変えました。

上で紹介した通り、今回マトリクスを変更したため、縦軸(実践、自立......)、横軸(アウトプット、アウトカム......)の段階ごとにより理解を深めてほしいと考え、項目ごとの尺度を定義。それを見ながら、段階ごとに振り返りを記入してもらう形式にしました。

しかし、結果から見るとこれは失敗だったかもしれません。記入量があまりにも多く、メンバーたちの負担になってしまったのです。

こうなってしまった原因の1つに、シートの改訂を、私たち制度設計側のメンバーだけで考えてしまったことが挙げられます。

設計側は、文章を書くことに慣れているメンバーたちだったため、そうではない人たちへの配慮が欠けた設計になってしまったのです。

書くのが得意な人、話すのが得意な人、はたまたビジュアルにするのが上手い人......など、コミュニケーションスタイルには人それぞれ得意不得意や特徴があります。そのためメンバー一律で文量を要するテキストでの振り返りをお願いするというフォーマットは少しバランスを欠いていたと思います。

もちろん長く振り返ること自体は悪いことではありませんし、文字数を指定していたわけではありません。しかし、役員からインターンまでさまざまなメンバーが活用するこの仕組みにおいては、私たちの振り返りが基準になり、他のメンバーへのプレッシャーになってしまった部分もあると思います。これは反省の1つです。

改訂5:サポーター3人のうち1人は役員に

旧制度から変わらず続けたのが「サポーター制度」です。メンバー1人につき、業務上関わりのある3人のサポーターを選定。半年間そのメンバーの成長をサポートし、フィードバックをします。1人の視点からではなく、できる限り全方位的なフィードバックを得られるような体制を目指していました。

とはいえ、サポーターの3人であっても、やはり見えている範囲は限定的です。そのメンバーと関わりのある業務の範囲のみでしかフィードバックできない点に課題がありました。

そこで、新制度ではサポーター3人のうち1人を役員にすることに。業務をもっとも横断的に見ている役員をサポーターに入れることで、これまでよりも俯瞰からのフィードバックを得られるような仕組みを目指しました。

改訂6:月記から2ヶ月に1回の振り返りに

旧制度では「月記」を導入し、月に1回以下の内容を振り返ってもらっていました。

  • 今月の自分のテンションを表していると思う絵文字を選択して下さい

  • 上記で選んだ絵文字はなんと言っていますか?

  • 月記(「やったこと、感じたこと、考えたこと」を書きましょう)


これをチャットツールのSlackと連携させることにより、他のメンバーが何をしているのかがわかるという声が多く挙がりました。

その一方で、1ヶ月の業務をただ羅列するだけになってしまうこともありました。それに対してフィードバックするサポーターも「アドバイスをしたいが、文章だと温度感が伝わらず誤解を生んでしまいそうでコメントしにくい」といった声もあり、徐々に機能しなくなっていったのです。

そこで新制度では、月記を廃止。代わりに「余白の会」と題した場を設けました。これはビデオ通話のブレイクアウトルームで3〜4人ごとにグループをつくり、期初の「現在地確認面談」で自分が目標としたことを振り返る時間に。お互いに「LIKE/WISH(よかったこと/もっとこうするとよいこと)」を言えるようにしたのです。

ただしこの改訂も一長一短で、月記をなくしたことでメンバーの動きがわかりにくくなってしまったことも事実です。この辺りは、より良い方法を模索しています。

改訂7:対象者の変更

この評価制度は、「評価システム(振り返り、サポーター制度など)」と「投資システム(最終的な給与額の算定)」が連動していたため、当初はフルタイムのメンバーと、業務委託メンバーの中から希望者を対象にしていました。

しかし、新制度以降では以下のように決めました。

  • フルタイムおよび業務割合50%以上の人は「評価システム」「投資システム」へ必須参加

  • それ以外の人は「評価システム」のみ任意での参加も可能

スポットで関わるなど業務割合が少ないメンバーに対しては、評価システムがあまり有効に機能しなかった(評価しようにも、日々の業務が少ないためフィードバックもしづらい)ため、評価システムと投資システムを切り離し、報酬額を都度決めるほうが適していたためです。

ある一定程度の稼働割合がある業務委託メンバーを対象にしているのはこの制度の大きな特徴の1つですが、実際に半年間運用してみると、これは非常に大きな効果があったように思います。

私も業務委託として関わっているメンバーの1人ですが、業務委託の場合、業務内容が変わらない場合は、よほどのことがない限り報酬額は変わりません。

でも当然、経験を積むにつれて自分が成果として出せるものが変わったり、その時々に応じてGOBとの関わり方の濃度が変わったりします。この制度なら、自分の現状を見ながら、会社側と対等な関係で、建設的なプロセスで投資額を設定できる点が大きなメリットだと感じています。

以上が、2020年12月までの運用を通じて改訂した給与制度です。

実はこの改訂にあたり、私を含めた制度の設計メンバーは、かなりの時間を使って議論をし、制度の見直しを進めていきました。しかしその結果、例えば振り返りシートがメンバーにとって使いにくいものになるといったことも起こりました。本来であれば、メンバーからのフィードバックをもらいながら最低限のプロトタイプを元にテストを繰り返し、小さな改善を積み重ねていくべきでした。

最初の制度設計の時もそうでしたが、細部まで綺麗なものを作ろうとし過ぎないことが大切ですね。今回私たちがマトリクスの縦軸を「理解」から「行動」に変えたように、まずは動いてみないと何も見えてきません。

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