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メンバーの給与を全公開! 給与制度をゼロから構築、5ヶ月に及ぶ議論とその仕組みすべて見せます

著者:並木 美緒 GOB Incubation Partners/オンテンバー取締役

2020年2月、私がバックオフィス業務を担当するGOB Incubation Partersでは、ゼロから人事評価、給与制度の構築を試みました。

GOBは起業家を支援する会社なので、起業家が将来的に組織を拡大する時に苦労するであろうポイントを、まずは私たち自ら経験しておこうと考えたのです。そう、起業家は人事評価や給与制度も何も知らないところからゼロから創る存在なので。

という目的はありますが、いざスタートしてみると、議論は思わぬ方向に進みます。「そもそも評価とは何か」「成長の定義は」といった壮大な議論に始まり、結果的には「メンバー全員の給与公開」など、アグレッシブな給与施策ができあがりました。

この記事では、2020年2月〜6月までの制度設計にあたっての検討内容と、実際に出来上がった制度の概要を紹介します。

さあ制度設計! の前に.......

人事評価、給与制度の構築にあたり、プロジェクトメンバーとして集まったのは、役員陣(社長、副社長COO、CFO、CXO)の4人と、経理をはじめとしたバックオフィス業務を担当する私、並木美緒でした。

今考えるとバックオフィス担当の私が、なぜ評価・給与制度を主導するメンバーになったのか、今でも不思議といえば不思議です......。とはいえ、私自身も株式会社オンテンバーという企業の経営メンバーの1人であり、このプロジェクトを通じて、得難い経験を積むことができたのも事実です。

制度設計の議論が始まると、話し合いはすぐに評価・給与制度という枠組みを超え、「そもそも評価とは何か」「成長の定義は」といった壮大なテーマに及びます。結果として、「成長支援の仕組みとしての評価設計」を考える一大プロジェクトとなりました。

そもそも「評価」とは何か

最初の議論は「そもそも評価とは何か」。

4ヶ月後には社内に共有し、運用を開始する必要がありましたが、大前提を確認するところからのスタートになりました。

というのも、私以外の経営陣は起業家のメンターとしての役割も担っています。日々、起業家に対して「顧客は誰か」「価値は何か」「そもそも事業の目的は何か」などWhyを問うことが日常なのです。

そこで、「なぜ評価をすのか」よりさらに手前の「そもそも評価とは何か」からの議論となりました(ドラッカーからの問いかけを受けているようで、めちゃくちゃ大変でした)。

この議論だけで2週間を使い、たどり着いた結論は、評価とは「成長支援の仕組みである」ということでした。

通常、評価とは、給与額を決めるためになされます。具体的な金額を算出する必要があるため、多くの場合、その人が生み出した付加価値から計算しますから、ある意味では、労働の対価を「精算」するために行われます。

一方私たちGOBのミッションは「起業家の価値観が社会化されるプロセスに投資する」ことです。言い換えると、起業家が成長していくプロセスに「投資」しています。

しかし、その起業家を支援するGOBメンバー——例えば私のような経理担当や、toB向けのプロジェクトのマネージャー、PR担当など——に目を向けると、労働の対価を「清算」する給与制度を採用しています。

起業家も、起業家を支援するメンバーも同じ立場であることを目指すならば、支援側のメンバーにも成長に対して「投資」することが必要なのではないか、との前提に立ちました。

このため、GOBでは「給与」ではなく「投資」と定義し、評価は「給与額」ではなく「投資額」の算出に反映します。ですからタイトルでは「メンバーの給与を全公開」と書きましたが、正確には「メンバーへの投資額を全公開」です。

このように、私たちにとって評価とは「成長支援の仕組み」であり、成長の結果生み出すアウトプットに「投資」していると言えます。

正直なところ、当時は「そんな原理原則からこだわる必要あるの?」という思いもありましたが、今では納得できる考え方だと思っています。

なぜ評価するのか?

次に考えたのは「評価の目的」です。

評価が必要な理由の1つは、評価を適切に伝えることで、メンバーは自分がより成長するために何をしたら良いのかを理解できることです。そしてそれを評価制度という仕組みに落とし込むことで、「より成長するために」必要な役割の変化やアップデート、成長の方向性を、精神論ではなく客観的に伝えることができます。

役割の変化やアップデートと言いましたが、これには「手放すこと」も含みます。組織においては、成長の段階に応じて、今ある役割を手放して次の場所へと進み、成果を他の人に譲るといったプロセスが重要です。しかしこれを個人の指示として伝えてしまうと、そのコミュニケーションに齟齬が起きやすくなります。そこで人に依存せず、評価制度という仕組みによって伝達することにしました。

評価が必要な理由の2つ目に、弱点の克服が挙げられます。人は誰しも弱点を持っており、それを克服するには、その人自身が弱点を直視する必要があります。しかし人に弱点を指摘することは簡単ではありません。そこで、人ではなく制度によって弱点を可視化することで、客観的かつ適切にその指摘が可能になると考えました。

このように、私たちの考える評価制度とは、中長期で「GOBとしての社会価値の創出」に向けて組織とメンバーが共に成長していくための仕組みです。そのために、個々人が自分の位置を確認し、目線を上げ、成長の機会とできるような仕組みでなければなりません。

ですから、制度の中にMBO(Management by Objectives、目標による管理)的な、つまり目標Aを達成したら25万円、Bを達成したら30万円といった定量的な目標と報酬が対応する仕組みは取り入れていません。MBOで目標達成への意識が向くことは素晴らしい一方で、それと同時に、できる限りのことをやろうとする内発的動機を高めていくことが難しいと考えたのです。

投資額を公開するメリット

タイトルにも書いた通り、私たちはメンバーへの投資額を社内で公開しています。役員含め、個々人が受け取っている金額を誰もが閲覧できます。

公開に踏み切ったのも、前述した通り、起業家とその支援者を同じ立場に置くという原則からです。

起業家は主に2つの観点で投資額と向き合います。

1つは、投資を受けることに対する健全なプレッシャーです。起業家は投資を受けると、投資家及びステークホルダーからのプレッシャーを受けながら、その投資に対するリターンを常に意識して日々前進します。

もう1つは、投資を受けることで、リソース配分に対する感度が高まります。起業家は調達リソースを何に配分すべきか、最適解を出そうと努力します。

私たちは、支援者側もまったく同じように向き合うべきだと考えています。起業家同様に、受けた投資額を公開されることで、自分と会社の一部の担当者だけが知っているという状態よりも、健全なリターンに対するプレッシャーが働きます。

支援者も、リソース配分の多くの割合を占める社員への投資が誰にどの程度配分されているのか、この配分は最適なのかという、リソース配分に対する感度を磨くことができます。

投資額(給与額)の決め方

評価制度の設計にあたっては、投資(給与)額の基準を定めた投資(給与)テーブルも作らなければなりません。

*以降は分かりやすさのため、投資を「給与」と表記します。

給与額を公開するなら、当然そのための明確で妥当な基準が必要です。

GOBでは給与額算定の基準として「過去の経験」「家族状況」「役割」の3つを考えました。

1:過去の経験、2:家族状況

高いレベルの役割を担うには、今この瞬間に発揮できる役割や可視化できる知識・技能だけでなく、それらを支えるOSのような存在が必要です。そのOSこそが過去の経験だと考えています。

過去の経験はおおよそ年齢と連動しているものと考え、このような金額換算フレームを設定しました。

「年齢(=過去の経験)」と、「扶養家族の有無」によって基準額が決まります。

例えば30歳、扶養家族が1人であれば「124,000円+15,000円=139,000円」がベースの金額となります。

もちろん、必ずしも年齢と経験値が比例するわけではありませんが、年齢が上がるにつれて経験値が蓄積され、それがOSとして作用するという観点からこのように決めました。

ただし一定の年齢に達すると、経験値がむしろ行動の制約となったり固定概念が革新を妨げるといった可能性もあり、年齢と経験値を比例させるピークをどこに設定するのかは、引き続き議論の余地があると考えています。

3:役割

「1:過去の経験」と「2:家族状況」をベースにベースの金額が決定できたら、次にそれぞれの成長段階に応じて金額を決定していきます。

前述の通り、この制度ではMBO(目標による管理)の仕組みではなく、「何が達成できたか」ではなく「どのようなレベルの役割を担い得るか」を基準としました。

具体的には、GOBでは社会で担うべき役割に対してどのようなレベルの役割を担い得るかを明確にするために、「行動原理」と「知識・技能」の2軸で定義。より広く、重要な役割を担うために必要な行動原理と知識・技能を定義しました。

*なお投資額を全面公開していますが、当社ではこれまで利益をほぼすべてスタートアップへの自己勘定投資として投入してきました。そのため、運営メンバーへの還元が不足しており、それを受けて昨年度から運営メンバーへの投資額拡大を経営課題として取り組んできました。

今後数年でコンサルティング業界の水準まで段階的に引き上げていくという点も付記しておきます。

縦軸は成長を図る指標として「行動原理」を用いました。具体的には、GOBが会社として掲げている「GOB 5 Way(この記事では詳細は割愛しますが、いわゆる行動規範のようなもの、画像を参照)」の体現度を指標としています。

行動原理と知識・技能の到達水準によって、どのレベルの役割が担えるのかを見極めます。担える役割のレベルが向上することを成長と定義しており、担える役割のレベルを見極めるためのフレームということで「成長マトリクス」と呼んでいます。

GOB 5 Way

投資額は“自分”が決める

私たちが考える制度では、メンバーそれぞれが自分の投資額を決定します。

その背景として、投資額の決定プロセスにおいては、次の2つを重視しました。

1つは、経営者だけでなく、メンバー1人ひとりが意思決定の力を磨いていく必要があるということです。そして特に重要な意思決定の1つがリソースの配分であり、なかでも大きな割合を占めるのが人件費です。

つまり、人件費=給与額を決めるという重要な意思決定を、経営者や一部の担当部署、担当者だけでなく、メンバーそれぞれが行えるようにすることでその力を高めることを目指しました。そこで、給与額の半分以上の割合を占める意思決定=成長マトリクス上のどこに自分が位置しているのかの決定を各メンバーに委ねています。

2つ目は、影響力の分散化です。GOBでは、経営者や経営陣、特定の担当者が大きな影響力を持つことを避けています。もっとも鮮度の高い情報を持つ人がその場その時に最適な意思決定をすることを重視しているためです。影響力を持つ人が必ずしも最適な意思決定を下せるとは限らないため、給与額を決めるという意思決定も、特定の人物に権限を与えていません。

このような理由から、給与額を自分で決める仕組みを取りました。しかし、これは完全な自分単独での意思決定でもありません。

ここで重視したのが共助の考え方です。自分以外の3名がサポーターとして、自分の現状を把握し、自分と同じく、成長マトリクス上でその人がどの位置に位置付けられるのかを評価します。このサポーター3名の評価を踏まえて、改めて自己決定する仕組みを採用しました。

繰り返し書いている通り、評価制度の目的はメンバーの成長です。私たちは、それぞれのメンバーが、社会の中で担える役割の幅と深さが拡大することを成長と考えています。言い換えると社会に対する良い影響力が高まることを成長と定義しているのです。

ここでの成長は、実際のマトリクス上で右上に移行することと一致します。

そのためには、まず横軸を高めてから、縦軸を高めて(Wayのアップデート)いくという順番が大切です。行動原理だけあっても知識・技能がなければ具体的なアウトプットが生み出せません。具体的なアウトプットが生み出せる力があってこそ行動原理が生きてくると考えているためです。

このようなプロセスを経て最終的に、以下の条件で算出したのがこちらの金額です。

・年齢:30歳
・扶養家族:1人
・成長マトリクス:知識・技能=3、行動原理=3
・業務割合(コミット度合い):50%
・社会保険料手当(業務委託契約の場合):14%

上の条件で算出したマトリクスと給与額

前述の年齢、扶養家族の有無、成長マトリクスの金額を足したあと、コミットの割合を掛け合わせます。

なお、GOBではさまざまな契約形態(正社員、業務委託、パートタイムなど)のメンバーが参画しています。フルタイム以外の場合には、コミットの割合を50%〜100%の間で変動させています。

さらに業務委託契約のメンバーの場合は、社会保険料分として投資額に14%を上乗せした金額を最終投資額としています。これは、契約形態ではなく「コミットの期間(継続性)」を軸に考えるGOBの思想を強く反映したものになっています。

すなわち、私たちとしても「業務委託は手切れがいい」という理由で契約を結ぶことはせず、中長期でコミットしてもらう前提で関係を結ぶことを意味しています。

また、業務委託は社会保険料分のコスト削減になるという考え方を取らないという意思表示でもあります。

設計のコアコンセプトは何だったのか?

さて、このようにして制度が固まりました。プロジェクトメンバー内では議論のまとめとして、改めてどういうコンセプトでこの制度を構築してきたのかを振り返りました。

最後に確認したのは、「Given」という概念です。私たちが掲げるWay(行動規範)にも組み込んでいるもので、「自己中心で物事を考え行動するのではなく、社会や組織がこれまで培ってきた資産の上で自分は活動を進めることができている。これらの『与えられている』ことを深く認識し、社会に対する返礼としての貢献を志向すること」を意味しています。

このあと記事の後半では、半年に一度の「評価」方法を紹介しますが、そこでも、自己評価と他者評価それぞれの評価シートの中で「Givenされたこと」「Giveできたこと」「今後Giveしていきたいこと」を言語化する欄を設けています。

振り返りの方法

さて、半年間の運用を経て、半年後には振り返り評価をします。

振り返りは、次の半年間でさらなる成長をするためにどのような努力するか、その指針になるものになることを目指しました。

サポーター制度

評価は自分1人で振り返るだけでは効果が薄くなってしまいますが、かといって「上司が決めた評価」がすべてとも言えません。直属の上司の視点はあくまで一部であり、適切な評価には、できる限り全方位からのフィードバックを得ることが必要です。

また自分の足りないところを適切に指摘してくれ、かつエンパワメントしてくれる身近な存在がいると、成長スピードが高くなると考えました。そうした考えをもとに制度化したのが「サポーター制度」です。

期初に、メンバーは自分の意思で3人のサポーターを選びます。業務上の関わりがある人の中から、年齢や複数のプロジェクトに関わっている人などの基準で任意で選択。選ばれた3人のサポーターは、半年間そのメンバーの成長をサポートし、適宜フィードバックをするという役割を担います。

月記

また、フィードバック方法も工夫しました。

給与の改訂は半年ごとですが、半年後に「この半年間はどうでしたか」と振り返ろうとしても、覚えていないことが多いでしょう。一方で、頻繁に負荷のかかる振り返りをするのも現実的ではありません。

そもそも振り返りは「自分のできなかったことを責められる場所」ではなく、「できたことに周囲が感謝し、さらにどんな行動ができると良いかをみんなで考えていく」という前向きな場所であって欲しいと思いました。

そこで取り入れたのが「月記」です。その名の通り「月に1度書く日記」のことです。月に1度くらいなら時間を取りやすいですし、半年後に自分の行動を確認する良いマイルストーンになると考えました。

月記で記入する項目は次の3点です。

・今月の自分のテンションを表していると思う絵文字を選択して下さい
・上記で選んだ絵文字はなんと言っていますか?
・月記(「やったこと、感じたこと、考えたこと」を書きましょう)

質問は、半年後に振り返った時に「自分はこの時こんなことを考えていたんだな」とわかるようなものを意識しました。

また、「記入すること」自体へのハードルを下げるため、記入は専用のGoogle Formのアンケート形式に。

Google Formに回答した結果はSlackの専用チャンネルに自動連携しました。

こうすることで、自分の振り返りはもちろん、他のメンバーが今何を感じているのか、何に悩んでいるのかといったことを可視化したのです。特に自分がサポーターとして関わっているメンバーについては、Slackでその人の「Like/Wish」をコメントするよう推奨しました。

実際に使用する振り返りシートがこちらです。

振り返りは「自己評価」→「他者(サポーター3名の)評価」→「自己評価」の順です。最初に自己評価で内省を促した後に「他者からの視点」を加え、最後に他者からの視点を踏まえた自己評価へ進めます。

以上が今回私たちがゼロから作り上げた人事評価制度の全貌です。

次回は、実際に2020年6月から11月まで運用した結果とその振り返りを紹介します。いざ運用してみると、良い効果が生まれた一方で、反省すべき点、改善すべき点がたくさん見つかりました。まさに、動いてみないとわからないことだらけ......。

その後の制度の運用改善はこちらをご覧ください。