見出し画像

騙されやすい人。それでもいいんじゃない?

騙し騙され、人生はさながらエスポワール (カイジ)

…何言ってんでしょうね。
こんにちは、ごうちです。
自己紹介はこちらから。


本日は人生最大の「騙された」体験から得たものをシェアします。
記憶が曖昧な部分もあるので、少し事実とは違うかもしれません。
事実を基にしたフィクションくらいに思ってもらえればいいと思います。
また、当時の僕の心情を表現しやすくするために、本文では敬体ではなく常体を使わせていただきます。
何卒ご容赦ください。

お題目は以下の通り。


1. 序章

時は2013年。
大学4年生の春から話は始まる。

就職活動をしていくうちに、留学経験を活かした仕事ができたら楽しいんじゃないかと考えた僕は、その方向で企業リサーチをしていた。

そんな中でとある企業に目を付け、選考の後に内定をいただくことになった。
同時にいただいた同業他社の内定をお断りするほどに、その会社、もとい社長の考え方に惚れこんでいた。
社長も社長で、僕の留学経験や奇特な人間性を気に入ったらしく、内定の段階でシンガポール支社への出向を約束してくれた。

人生ヌルゲーかよ。
正直そんな風に思っていた。
本当に青い。

入社後、東京での研修期間を経て、ついにシンガポール行きの日程が決定した。
研修期間中、社長に何かとお世話をしていただいたことには感謝が尽きない。
辛いこともあったが、概ね楽しい思い出だ。

しかし、期待を抱きながらも、同時に一つ、気になっていることがあった。

シンガポールに渡ってしまったら、社長と仕事ができない。

そう、シンガポール支社は東京本社の子会社なので、現地には別の代表がいるのだ。

社長と仕事がしたくてここに来たのに。
そんなことを思いながらも、やはり海外で働くということが楽しみで仕方なかった。
この先にド級のトラップがあるなんて、この時は思ってもみなかった。


2. シンガポールへ

ついにシンガポールへ。

同期の中で唯一一緒にシンガポールに渡ることになっていた女の子とともに、チャンギ空港に降り立った。
11月のことだったが、当然ながら、シンガポールは嫌気が差すほどに暑かったのを覚えている。

到着後、出迎えの先輩とともに、オーチャードロードのオフィスに赴いた。
そして。

そこで初めて、待遇の変更に関する説明を受けた。
変更点をまとめる。

・給料はアップ、ただしみなし残業込み
・休みは月当たり2日少なくなる(8日→6日)
・その代わり半年に一回、一週間、航空チケットのみ会社払いで日本に帰れる

ふむ。


3. 思わぬ落とし穴

考えてみれば当然だったのかもしれない。
シンガポールでは日本の労働基準法が適応されない。
就業ルールに関しても、シンガポールの法律に則った現地法人のものが適応される。

しかし、だ。
事前にそんな説明はなかった。
人事部からは「給料が上がるよ」としか言われてなかった。
つい数か月前まで学生だったガキに対して、このような形の「現地説明」はあり得ないだろう。
ルール上問題がなかったとしても、モラルには反している。
初めからこき使う気満々だったとしか思えなかった。
「ここに来たくて来たんだから平気でしょ?」じゃない。
ヤクザのやり口そのものではないか。

許せないのは、待遇の変更そのものよりも、それを直前まで黙ったまま、心理的に断りにくい状況で提示してきたところだ。
僕は「決める権利」を奪われたのだ。

これに関しては完全に現地法人側の意図だと踏んでいる。
恐らく東京本社も関知していないことなのだろう。
それはそれで問題だが、恐らくは本社側が現地法人を信頼してのことだったのだと思う。

今の僕ならその場で「日本に帰ります」と言うところだが、当時の僕は、まだ社会人1年目、社会がどういうものなのか理解できていなかったし、自分の市場価値も把握していなかったし、会社を相手にうまく立ち回る方法なんて、知る由もなかった。
言われたことに、ただ「はい」と言うしかなかった。

日本の労働基準法も完璧に理解しているわけではない。
ましてや、シンガポールの法律などちんぷんかんぷんだ。
提示された条件が合法なのか、違法なのかすらわからない。

こうして、シンガポール初日から、僕と会社の間には大きな亀裂が生じ、僕のモチベーションはどん底まで下がった。
信頼していない相手のために働けるほど、僕は仕事が好きではないし、切り替えも上手くない。


4. 結局

結局2年半後に退職することになるのだが、そこに至っても、会社への信頼が回復することはなかった。

心身ともにボドボド、もといボロボロで、診断を受けていないのでわからないが、恐らく鬱病気味の自律神経失調症だったと思う。

画像1

壮絶極まりない退職時のエピソードも、そのうち書くことにしよう。

しかしながら、今だからこそ、少し感謝をしている部分もある。
当時は「騙された」と思っていたが、僕自身の心構えがなっていなかった部分は否めない。
調子に乗っていたことも否定しない。
社会人を舐めていた節もある。
そういったことに気付くことができた。

そして、世の中には他人を利用しようとしたり、平気で貶めるような心の貧しい人間がいること。
お金があるというだけで優れた人間とは限らないということ。
人をマネジメントするのに教科書はなくて、個人の資質を見て臨機応変な指導のできる上司が「いい上司」であるということ。
自分が追い詰められた時にこそ、本当の味方が誰かわかるということ。

多くのことを学ぶことができた。

僕の夢は声優になることだ。
「上司を全員殺して俺も死のうか」なんて物騒なことを考えていたこともあったが、そういった極限の思考を経て、やっと自分の夢に向き合えるようになった。
当時の上司のことは、今でも浅薄で愚かな人間だと思う。
だが、意識的にではないにしろ、ご自身の人生を賭して、僕の人生の糧になってくれたのだから、そこには心から感謝をしたい。
ありがとうございます。

基本的に自分がやらなくてはいけないことはすべて解決してから帰ってきたつもりだが、一つだけ心残りがある。
東京法人の社長や、数少ないながらもお世話になった皆さまにロクに挨拶もできないまま退職してしまったことだ。
僕の心を救ってくれた情報システム部や設計施工部の皆さん、そしていわゆるローカル、現地採用のシンガポール人の皆には感謝しても感謝しきれない。
大変な思いをしたが、東京法人の社長のことは今でも素敵な人だと思っているし、出会えたことを光栄に思っている。
きっと届かない思いだが、ここに書いておこう。


5. 騙されやすい人。それでもいいんじゃない?

僕がこの体験を通して一番に感じたことは、騙す人になるくらいなら、騙される人でいい、ということだ。

多くの同僚や上司が、「会社のため」と言いながら「自分のため」に行動し、他者の気持ちを踏みにじる様を見てきた。
美しさのかけらもなかった。
彼らは、目先の利益のために、自身の魂を汚し、心を切り売りしていることに気付いていないのだ。
他の誰も見ていなくても、誰も気付いていなくても、自分はその不義理な行為を見ているし、気付いているはずだ。

生きていく上で一番大事なものは何だろう。

お金だろうか。
時間だろうか。
仲間だろうか。

僕は 尊厳 だと思う。

自分の生き様に胸を張って生きていけるかどうか。
それが一番大切だと思う。
一片の罪悪感もなく生きていける人なんていないのかもしれない。
だが、0にはできなくても、0の近似値を目指すことはできる。
その気持ちは決して無駄ではないと思う。

僕はお人よしだ。
すぐに調子に乗るし、楽観的で、うまい話が大好きだ。
きっとこれからも他人に利用されることだろう。

それでも、自分の人生が間違っていないと、自信を持って生きていけるように、逆の立場にはならない、つまり、意図的に他人を利用するようなことはしないと、心に決めている。
そんなことをするくらいなら、他人に騙されるお人よしでいるほうがいい。

騙されてばかりで辛いという人。
僕も仲間です。
悪意に晒されながら生きるのは大変です。
心が疲れます。
だけど、僕たちは平気で他人に悪意を向ける人なんかよりもよほど崇高で、高尚な生き方をしていると思います。

自信を持ちましょう。
胸を張りましょう。

あなたは間違っていません。

いつかそんなあなたのキレイな心を好きになってくれる人が、必ず現れます。
騙されたと思って…と言うのは何か、洒落が効いているような感じがしますが、騙されたと思って、僕の言葉を受け止めてみてください。

僕はこれから先、騙されても笑って許せるくらいでいたいです。
許せなくても、冷静にその場を収められるくらい、心に余裕を持ちたいです。

あなたの気持ちにも、何か変化があれば幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?