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会場装飾の変遷から見えた?既存の環境で「夢のアリーナ」を実現する方法

なぜnoteをはじめるのか」では“来場してもらえれば魅力は伝わると考えていた”と書きました。初めからそう思えていたわけではなく、数年の積み重ねからそういう考えにいたりました。
今回は、変化のわかりやすい“会場装飾”をテーマに、ライターの山田智子さんに開幕当時を知るスタッフへインタビューをしてもらいました。また開幕を知る#3柏木真介選手にもコメントをいただきました。
この記事から私たちの思いや考えを読み取っていただければうれしいです。(シーホース三河note編集部)

練習試合!? 殺風景なBリーグ開幕戦

百聞は一見にしかず。まずはこの2枚の写真を見ていただきたい。

2016年10月1日名古屋D戦(Bリーグ開幕戦)
2017年5月6日滋賀戦

上は2016年10月1日に開催されたBリーグ開幕戦、下は同じシーズンのホーム最終戦(5月6日)の写真だ。

なんということでしょう!同じ場所とは思えないほどの劇的なビフォーアフター。
わずか7ヶ月での激変ぶりは、実業団色が強かったシーホース三河が、Bリーグ開幕を機にプロスポーツクラブへと変わろうとした努力の成果である。

今回、会場装飾にスポットを当て、“夢のアリーナ”を作り上げるために奮闘した3人の「匠」、シーホース三河の堀江隆治、小島徹也、加藤真治の話を聞く中で、あらためてシーホース三河というクラブが大切にしているものが浮き彫りになってきた。

試行錯誤を繰り返した怒涛の1年目

2016年9月22日、Bリーグは華々しく開幕した。代々木第一体育館で行われた開幕ゲームは、世界初の全面LEDコートに映像を映し出すなど革新的な演出で新しい時代の幕開けを予感させたが、その裏では各クラブがそれぞれの開幕戦に向けた準備に追われていた。

インタビューに答える小島徹也

「試合を開催するだけで精一杯というか、その試合すらも良くできたなという状況でした」。興行主となるシーホース三河株式会社は5月に設立されたばかり。社員・スタッフあわせて10人弱で、宣伝活動、チケットの販売、Bリーグの規定に従った会場の設営。飲食売店の誘致やグッズの制作など、山積みの仕事を手探りでこなしていた。「優先順位が高いものから対応していたので、会場装飾は二の次になっていましたね」と小島は正直に明かす。

2016年10月1日名古屋D戦(Bリーグ開幕戦)

結果的に、練習試合のような殺風景な体育館で開幕を迎えることとなったが、Bリーグが標榜するスポーツエンターテイメントを実現するには、非日常空間を作り上げることが不可欠であることは全員が当初から感じていた。
「普段の体育館とは違う風景が目に入った瞬間から非日常は始まる。そのスイッチになるのが装飾なので、そこは非常に重要視していました」(堀江)

日本ではプロスポーツクラブが自前のスタジアム・アリーナを持つことは稀で、ほとんどが国や自治体が所有する施設を利用している。シーホース三河が主に試合会場としているウィングアリーナ刈谷は刈谷市が所有し、コナミスポーツクラブ・エリアワン・サンエイ共同事業体が指定管理をしている。要するに、試合のたびに会場を設営し、終了後は原状復帰が原則になる。そこにアリーナ装飾特有の難しさがあった。

「施設側の理解を得られるように、簡単に取り外しができるということが第一。次にコスト面。そして最後に消防法という強敵が待ち構えている。そうしたさまざまな制約がある中でどこまでできるかが我々の挑戦でした」(堀江)

取り外し可能な状態になっているエントランス装飾

「Bリーグ開幕前は一般の方しか使っていなかった施設ですから、無謀な相談も多かったと思います。施設の方にはめんどくさい話に根気よく付き合っていただきました。突っ張り棒で取り付けるなんて普通じゃないですからね。自分たちのやりたいことを実現するために、施設の方、装飾屋さんなどとの仲間づくりも大切にしてきたところです」(小島)

「3人とも作るのが好きで、ホームセンター好きというのは共通していました。その点は活かされたかもしれません(笑)」(加藤)

体育館をアリーナに変えるために、3人はベンチマークを定めるところから始めた。「他のクラブがどんなことをやっているのか知るために、車で行ける範囲は全部行きました」(小島)。

まずは観客を出迎えるアリーナの外、エントランスロビーから整備。とりわけ入口すぐの壁に選手全員が並んだタペストリーは、「選手の魅力が伝わるよう、動きのある写真を使用しました。他のクラブを見ても、当時はこれだけ大きなタペストリーはなかったと思います」という小島の自信作だ。

2016年11月27日琉球戦(ロビー内タペストリー )

12月17、18日にクリスマスをテーマに行われた三遠ネオフェニックス戦で、初めてアリーナ内の装飾に着手。天井の四隅にチームカラーのブルー、ゴールド、白の3色の布でリボン装飾をほどこし、クリスマスムードを演出した。

2016年12月18日三遠戦(アリーナ内に施されたリボン装飾)

リボン装飾を提案した加藤は「施設の方の了解を得られるのか、非日常感を醸成できるのか、デザインとしてどういうものが作れるのか、を実験してみたのですが、やってみたらとんでもない時間がかかってしまって」と苦笑する。「その場でリボンの形をつくるので、4人の職人さんが1ヶ所1時間、全部で4箇所あるので4時間かかる。それだけで半日終わってしまうんですよ」。

手間はかかったが、観客からは会場の雰囲気が大幅に変わったと好評を得る。それだけの価値があると感じた堀江は、アリーナを全面リニューアルすることを決断する。

わずか1ヶ月で全面リニューアル

リニューアル日は、1ヶ月後の1月28日、29日のアルバルク東京戦に定めた。3人にとっては、そこからが「試練」だった。
リーグ戦が続いている中で、並行して準備を進めなければならない。会場の壁、柱とデザインに必要な採寸を行い、デザインを急ピッチで進めていった。

「“体育館感をなくそう”というのはキーワードでした。その上で、 “海中の闘技場”をテーマに、応援カラーの青をベースにした、観客も選手も両方のテンションが上がるような戦う場所を作りたいと考えていました」(小島)

名前と背番号だけだった選手幕を写真入りにし、「GO! SEAHORSES!」の巨大な横断幕、天井に吊るす「共に頂点へ」幕を追加で制作。さらに好評だったブルー、ゴールド、白の3色布も全面に拡大することに。日常感溢れる柱や茶色い壁を隠すための青の布で覆った。

制作途中イメージ図

デザインの入稿日は1月17日。制作物の点数を考えれば、信じられないほど短いスケジュールだ。それでも一切の妥協をしなかった。「いい意味で、言い合いになることが何度もありました。でも(実業団時代の)昔の感覚を引きずったら、変えることができない。だから時間がなくても必ず複数案出して検討するということを徹底していました」と小島の言葉に力が込もる。

デザイナーの加藤も、「ホームゲームの合間に打ち合わせをすることもありましたし、入稿に間に合わせるために1月8日には天皇杯が開催される国立代々木競技場第一体育館でデザインの承認をとりに行きました。とにかくギリギリまで意見を戦わせましたね」と懐かしむ。

なんとか横断幕などを間に合わせ、いざ取り付けの段階になってからもトラブルが多発した。国旗を掲揚するバーに取り付ける予定だった「GO! SEAHORSES!」の横断幕は重すぎて取り付けられず、急遽キャットウォークに設置した。柱巻きシートも、柱のサイズがそれぞれ微妙に異なることが判明。職人さんが調整しながら、なんとか取り付けた。

2017年1月28日A東京戦

そうしてこぎつけたA東京戦当日。「アリーナに入ってきたお客さんが『わー』っておっしゃったのを聞いて、すごく感動しました。それは今でもよく覚えていますね」と加藤は感慨深げに回想する。

Bリーグ1年目に三河に所属し、2020-21シーズンに復帰した柏木真介選手は、”三河らしさ“のあるアリーナが好きだと語る。

#3 柏木真介

NBLの頃からbjリーグの会場や演出がすごいというのは知っていたので、Bリーグになってそういう面も変わっていくのだろうという期待感が選手にはありました。三河もどんどん変わってくれたらうれしいなと思っていました。
三河の装飾は青と黒でかっこよさもあるけれど、温かさ、可愛らしさみたいなものもあって、それがミックスされているイメージ。”三河らしさ”があって、あの雰囲気はすごく好きです。昔から三河のファンは温かいので、それが装飾にも表れている気がします。

観戦ではなく、応援する雰囲気を醸成

その後もチケット売り場の装飾など地道に改良を重ね、アリーナ装飾は1年目でほぼ目指すところまで到達する。そして迎えた2017-18シーズン。「2年目は私たちにとって非常に大事なシーズンでした」と小島は振り返る。

2017年5月21日栃木戦

「B.LEAGUE CHAMPIONSHIP 2016-17のセミファイナルで栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)に惜敗してしまうのですが、会場(ブレックスアリーナ宇都宮)がびっくりするほど(栃木のチームカラーである)黄色に染まっていて、凄まじい応援の力を実感しました。だからお客さまが”観る”のではなく”応援する”アリーナを作りたいというのが2年目の共通認識でした」

2017年10月7日大阪戦[シーズン開幕戦]
(アイシンスーパービジョン・椅子などが新調されている)

小島が意図した通り、三河のホームゲームは1年かけて”共に戦うアリーナ”へと変貌していった。
その中でアリーナ中央の天井に「アイシンスーパービジョン」を設置したことも大きい。試合中などに"青援”を促す映像を放映することで、一体感のある"戦う空間"が作り上げられていった。
満を辞して迎えたB.LEAGUE CHAMPIONSHIP 2017-18のセミファイナル。青に染まったウィングアリーナ刈谷で、三河は宿敵・栃木を迎え撃った。結果は77-63、80-75と接戦を制した三河が連勝。栃木に初年度の借りを返した。「接戦を勝てたのはファンのみなさんの青援のおかげ」と選手は口をそろえた。

2018年5月13日栃木戦[CSセミファイナル]

もう一つ、2年目の変化として、それまで外部のWEB制作会社に所属していた加藤がインハウスデザイナーとしてクラブに加わったことも大きいと堀江は言う。

デザイナーを社内に抱えているクラブはあまり例がないが、プロ野球・楽天で球団の立ち上げに携わった経験を持つ堀江は、「デザインの雰囲気が一担当者の気分で毎年毎年変わるようでは、クラブのアイデンティティが保てない。選手の写真一枚にしても、お客さまの目に触れるものはクラブの考えを理解している人がコントロールする必要がある」とデザイナーの価値を理解していた。

勝手知ったる加藤が加わったことで、制作のスピード、柔軟性がアップ。ロビーのタペストリーを選手の入れ替わりに対応できるよう短冊形にするなど、細部をバージョンアップし、アリーナ装飾はますます精度と機能性を上げていった。

こうした努力が結実し、3年目の2018-19シーズンには、ホームアリーナで最高のおもてなしをしたクラブに贈られる「ホスピタリティNO.1クラブ」に初選出された。NBL出身クラブで初のことだ。

それでも堀江は、「ホスピタリティはホームゲームでお客さまが体験する楽しさの一つの側面でしかない」と言う。「我々は、お客さまが素敵だなと思う世界観を作り、心地よいと感じるおもてなしをし、様々なイベントを企画して楽しんでもらい、カスタマーエクスペリエンス(CX)『顧客体験価値』を上げることを目指しています。会場作りや装飾はそのプラットホームになるわけです。もっと言えば、会場に来られない顧客、写真や映像でシーホース三河を体験する人たちをも意識した会場作りが必要だと考えています」と満足することはない。

コロナ禍。世界観を壊さず、どう引き算をするか

“夢のアリーナ”の実現に向けて順調に歩を進めていたが、新型コロナウイルスの感染拡大にその道を塞がれることになる。2019-20シーズンはシーズン途中で全試合が中止に。2020-21シーズンは入場制限付き開催(50%、上限5000人)で行われることに決まり、アリーナは「密」を避けるためロビーのタペストリーなどをなくすなど、感染予防、拡大防止を優先せざるを得なくなる。

2020年3月15日横浜戦(リモートゲームで開催された)

「入場者が50%になったので、収支の面からも身の丈にあった形に変える必要がありました。ただ削減しすぎてしまうと、これまで作り上げた雰囲気が壊れてしまうし、選手もプレーしにくくなってしまう。最低限守るところは守りながら、どう引き算をするかを考えました」(小島)

2020年10月18日名古屋D戦(場外に検温所等配置した)

制約の中で知恵を絞り、毎年作り直さなくて良いように汎用的な装飾に変更したり、入り口にデジタルサイネージを設置。選手が動画で「ようこそ、シーホースへ」と観客を出迎え、ウエルカム感を高める新たな試みは、ファンの心を掴んだ。

2020年10月18日名古屋D戦(ロビー内サイネージ)

アリーナ内から地域へ

2022年7月29日、B.LEAGUE 2022-23シーズンのスケジュールが発表された。休む間もなく、新シーズンの準備は始まっている。今季は過去6年の施策を統合し、With/Afterコロナ時代の新しいアリーナ体験を模索することが課題となる。

さらに、「昨季から少しずつ始めているのですが、場外の雰囲気作りがまだまだ足りていないと考えています。昨季はナイターのときにグルメロードと提灯で光の演出をしましたが、例えばシャトルバスの中もいまは何もできていないし、ホームゲーム当日に刈谷駅に到着した時から今日はバスケがある日だと知ってもらえるように、場外の活性化を図っていきたいです」と小島は言う。

2022年4月20日大阪戦(ナイター時の様子)

プロスポーツ選手が日々練習を重ねて成長し続けるように、シーホース三河のスタッフもどのような状況であろうと、選手、観客、顧客によりよい体験を提供するため、小さなことを疎かにせずやり続けている。
今季、彼らがどのようなスポーツエンターテイメントを体験させてくれるのか、今からとても楽しみだ。