見出し画像

映画「月」を見て思うこと

先日、気になっていた映画「月」を見る機会がありました。原作の題材となった、やまゆり園事件があまりにも残酷で、躊躇していたのですが、誘われて見に行く流れになりました。

舞台は障がい者施設、そこで入所者の大量殺人事件が起こります。殺人を犯した人物は「意思疎通のできない人間」には価値がないと語ります。


実際の事件では、被告が衆議院議長にあてた手紙の中に、家庭内での生活、社会的活動が困難な重複障害者の安楽死が自分の目標だ、と書かれていたそうです。被告がヒトラーの思想について語っていたことからも、ナチスドイツの優生政策との関係性があるだろうと言われています。

今回は、ナチスドイツのみならず、世界に、そして日本に広がりを見せた優生思想の歴史について、そして、このような事件が二度と起こらないようにとの願いを込めて、国連の障害者権利条約に記されている、障がいを持つ人々の権利についても、取り上げていきたいと思います。

最後に、映画「月」では、障害を持つ人にとっての生活の場のあり方と社会福祉施策、福祉の現場における職員の労働環境など、様々な課題が示されていましたので、そのことについても触れていきます。


1.優生思想について


1)ナチスドイツをはじめとした、各国の優生政策


優生思想から起こった、ナチスドイツの政策や計画は、断種政策(強制不妊政策)、さらに障がいある人を標的とした「T4作戦」と呼ばれる、ガス室での殺害計画です。これにより、約20万人余りの障がいのある人々が殺害されたと記録されています。

しかし優生思想は、ほかの多くの国々の政策にも大きな影を落としていました。

優生政策が最初に導入されたのは米国で、世界初の断種法は1907年、米国のインディアナ州で制定されました。アメリカでの特徴は、重点が断種政策と移民抑制に置かれていました。白人は上位に、有色人種は下位に位置付けられ、白人と有色人種の混血を禁じました。そこではナチスのような障がいを持つ人々の殺りくはなかったようです。

スウェーデンでの優生政策で、注目されるのは1934年のスウェーデン不妊法(断種法と同意義)です。正式な名称は「特定の精神病患者、知的障害者、その他の精神的無能力者の不妊化に関する法律」で、対象は精神障がい、知的障がいを持つ人々でした。

2)日本における優生政策

①国民優生法
日本の優生政策は、1940 年の国民優生法にさかのぼります。この法律では、優生手術の対象を「遺伝性精神病」や「遺伝性精神薄弱(現在では知的障がい)」を持つ人としていました。この法律は任意で、強制力がなかったこと、また施行期間が戦中戦後の混乱期と重なっていたことなどの要因で、効力は大きくありませんでした。

②優生保護法
戦後推し進められた、優生保護法には精神障がい、知的障がい、ハンセン病の人が妊娠した場合に、子どもを産ませないための人工妊娠中絶の規定がありました。精神障がい、知的障がいの場合は本人の意思が無視され、それが遺伝性とみなされた場合は、医師の判断のみで優生手術を行うことができました。また、遺伝性でなくても、本人の同意は不要で、家族の同意で手術をすすめることができました。

ここでの問題は「遺伝性」についての根拠が明確でなかったことです。さらに法律の強制力を高めるために、手術を拒否した場合は身体拘束、麻酔が用いられました。

このような非人間的な政策が、国家レベルで長年行われていたことは大きな衝撃です。この法律が人々の意識に大きな影響を与えたこと、そして障害を持つ人たちへの差別につながったことは、否定できない事実だと思います。

1996年に制定された母体保護法は、その目的を「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的とする」とされ、先の法律に示されていた、遺伝性疾患についての記載も、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止、という文言も消失することとなりました。

2.国連の「障害者権利条約」

「障害者権利条約」には障がいを持つ人々の権利について明記されています。この条約には当事者の自尊心、自己決定権の重視や、雇用なども含めた生活のあらゆる場面における差別禁止、障がいを持つことに由来する社会からの隔離や孤立の防止、その個性と違いを尊重された上での社会参加の権利について記されています。

この中で、今回特に注目したいのは、第10条 生命の権利です。以下が条文の内容です。

締約国は、全ての人間が生命に対する固有の権利を有することを再確認するものとし、障害者が他の者との平等を基礎としてその権利を効果的に享有することを確保するための全ての必要な措置をとる。

そして前文には、人間の尊厳、価値について、以下のように記載されています。

いかなる者に対する障害に基づく差別も、人間の固有の尊厳及び価値を侵害するものであることを認め、さらに、障害者の多様性を認め、全ての障害者(より多くの支援を必要とする障害者を含む。)の人権を促進し、及び保護することが必要である

障がいがあることによって、人としての尊厳、価値が傷つけられるなど、決してあってはならない、と強く感じます。そして、自らの意見、主張があたりまえに重んじられ、社会に生かされることを、切に願います。

3.映画「月」で浮き彫りになった課題

映画「月」では、その他にも、いくつかの課題が示されていたと感じました。

1)障害を持つ人たちの生活の場の問題と日本の社会福祉施策

国連の障害者権利条約、第19条では、障害を持つ人が、他と平等に居住地を選択し、どこで誰と生活するかを選択する機会を有すること、並びに特定の生活施設で生活する義務を負わない、とされています。

しかし、日本のこれまでの社会福祉施策を見てみると、障害福祉、高齢者福祉、児童福祉等においても、生活施設で支援を受けるというのが主流でした。歴史的な流れもあると思いますし、施設福祉から地域支援への移行に不可欠な、地域の支援体制の整備の難しさ、障害の度合いに応じての課題の違い、というのも背景にはあったと思います。

しかし、入所施設は、多くが社会から隔離され、保護が受けられる一方、生活は管理されます。また、当事者一人一人の意思に応じて対応することは困難なのが現状なのです。

2024年4月に改正障害者支援法が施行されます。改正法は、障がいのある人々の地域生活や就労の支援の強化、自身が希望する生活を実現することを目的としています。

そして、具体的には①地域生活の支援体制の充実、②多様な就労ニーズ に対する支援及び障がい者雇用の質の向上の推進、③精神障がいのある人の希望やニーズに応じた支援体制の整備などが掲げられています。

今後、当事者の希望とニーズに応じた生活の実現のため、地域での支援体制が整備されることを大いに期待したいと思います。

国の施策とは異なりますが、やまゆり園事件のあった、相模原市ヘイトスピーチを禁止する条例案がまとまったとの報道がありました。人種、民族、国籍、障害、性的指向、性自認、出身を理由とするヘイトスピーチについて、概要を公表することが示され、市は2024年4月の施行を目指しているとのことです。

注目すべきは、障がいを持つ人へのヘイトスピーチの内容の公表は、全国で初めての取り組みということで、インターネット上の差別も市民、市内の事業者を対象としているものはこの対象にするとのことです。このような動きが全国的に広がっていくことを願います。

2)福祉の現場における職員の労働環境

障害福祉、高齢福祉、児童福祉など、多くの現場では慢性的な人手不足という課題に直面しています。このことは、職員の労働環境に大きな影響を与えています。

人手が足りなければ、ひとりひとりの職員に過剰な負担がかかり、さらに、残業が増えるということにもつながります。また、余裕のない中で、相談や支援に十分に時間が取れなくなる、ということも出てきます。さらに、職員の疲弊が支援への意欲を低下させるという悪循環に陥っていきます。

志をもって入職した職員が、疲れ切って辞めていくのを見るにつけ、この悪循環がどうにか断ち切れないものかと、やりきれない思いになりました。

福祉現場での仕事の魅力を語る職員は少なくありません。それを考えると、改善されない賃金水準も人手不足の一つの要因だとも言えると思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?