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もしかして胆管炎が原因?急速に悪化する肺と腎【総合病院E-ICU4日目】

「入院されたときよりも、状態は悪くなっているように見えますよね」そうおっしゃるのはいつものグレイ先生ではなく、グレイ先生の部下で瞳の大きな女医さんだった。搬送時以外で私たち家族がいるときに先生が来てくれたのはこれが初めてのこと。初めてのご挨拶が「悪くなっている」ってかなり残酷よね。

でも確かに、素人が見てもそうなのだ。酸素マスクが苦しいと父はずっと訴えているけれど見た感じ苦しそうなのは呼吸の方。胸が大きく上下し時折顔をしかめるのは入院時には見られなかった。そしてそれまで気にならなかった尿の出方。これも父は尿を出すときのカテーテルの痛みを訴えるけど、尿量はすごく少ないのがわかった。ひとみ先生曰く「酸素濃度が低下し、尿も自力で出しにくくなってきている」とのこと。それはつまり肺と腎機能が低下していることを表していた。

多臓器不全。初日にグレイ先生から聞いた悪い可能性が脳裏に浮かぶ。だけど私はそれよりも目の前の父がつい数日前よりも苦しそうであることの方のが気になっていた。「どうにか、苦しいのを取り除いてあげたい」そう思った。そのためにも原因が早く見つからないと…

胆石の可能性を説明された日から私はネットで情報を調べまくっていた。「敗血症 原因」「DIC 治療」思いつくシロウトワードで検索をする。情報検索は諸刃の剣だ。症状ワードの空白の後には大抵、今一番見たくない「余命」「死亡」などのワードが必ず出てくるから。タイトルやディスクリプションを注意深く読んで、”悪い”情報に遭遇するのをできるだけ避けながら開くページを厳選していく。すると胆管炎から敗血症を起こす事例を見つけた。消化器の先生に診てもらい診断がつけば、外科的な治療ができる基礎疾患ということになる。腹痛や下痢も説明がつくように思えて来ていた。

ところが、1日遅れた消化器の先生の所見は、確かに胆嚢は腫れたりして石の可能性も否定できないけれど、それが原因でこの全身炎症や血液数値を引き起こしているとは到底言えない、と言うものだった。

ひとみ先生(瞳の大きな女医さん)が続けて状況を説明してくださる。

・血液数値は入院時から横ばい(輸血をしてもまたすぐ落ちる)
・細菌検査は今のところどれも陰性
・強めの抗菌薬を投与したが、発疹が出たため中止
・原因が特定できず有効な治療ができていない
・相変わらず危険を脱することはできていない

ここまで聞いて妹がポツリ「手詰まりってことなんですね?」と。これにひとみ先生は躊躇することなく『そういうことになります』と答える。私は先生の話をぼーっと聞きながら、ベッドサイドでこのやりとりをしていることの方が気になっていた。父はどんな気持ちでこれを聞いているのだろう?

妹は、淡々と事実を説明してくれるひとみ先生を信頼しているようだった。「情を交えて話されるのはどうも苦手」と。たしかに、先生の大きな瞳から伝わるものに感情は感じられない。私はどうしてもそこを物足りなく感じ、ひとみ先生を「冷たい感じの人」と印象付けていて、先生の話が半分も入って来なかった。もしかしたらお茶目で優しい印象の人間味あふれるグレイ先生と比較してしまっていただけかもしれない。

妹が話を引き出し関心を持って聞いてくれるおかげで、そのときの父の状態がどんなものなのかを客観的に知ることができた。これがもし私一人でひとみ先生の説明を聞いていたら「あ〜そうですか、ハイハイ」と聞き流してしまっていたと思う。感情や感覚優先の私と、思考や論理優先の妹。有事の時に頼りになるのは圧倒的に妹の方なのだ。

原因に関するさまざまな可能性が、どんどん消えていく。その上、父の全身状態は日に日に悪化していく。それも急速に。顔色は黒く、腕や胸には紫斑(赤むらさきの内出血の跡。出血傾向が進んでいる証拠)がたくさんできている。呼吸は苦しく、おしっこは自力で出せない。足は浮腫んで指は紫色に変色し、腕まで浮腫が出て来てしまった。手足共に通常の倍くらいの太さになっている。それに、父の体力が消耗してきているのは手に取るようにわかった。

何なの?どうしてこんなことになってるの?なんで原因がわからないの?

普段、こういう思考をすることはほとんどない。どちらかと言えば「どうしたらよいか」「何のためにやるか」など目的や先のことを考えていくのが前向きで好きだから。目の前の父の苦しそうな姿に、思考が真逆に向かうほど追い詰められてきていたということだろう。

原因のわからない「隠れた」病気と、医学、そして父の体力。果たしてどれが勝てるんだろう…父の気力が萎えてしまうのではないか?それだけが心配だった。


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