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パン職人の修造118 江川と修造シリーズ ロストポジション  トゲトゲする空間


「那須田シェフ!」

「開店おめでとう修造君」
急に憧れのシェフ那須田が現れて驚いた。



「ありがとうございます」

「そろそろキテると思ってね、やってみると色々大変なことばかりだろう?」

「はい」

「誰でも通る道なのさ。今日は手伝いに来たんだよ、以前手伝って貰ったお返しにね」

「その節は勉強になりました」


修造は今の職場の状態を話しながら仕事をして、那須田は慣れた手つきでクロワッサンの成形をしていった。

「すごい!お客さんに那須田シェフの作ったクロワッサンって言いたいです」

那須田は何も言わずに微笑んだ、そんなこと良いじゃないかって感じに、そして言った「昔は結婚したら幸せになれると思ってた時代があった。今は何だろうね『転職したら幸せになれる』かな?実際幸運度の増した人も沢山いるだろうし後悔してる人も多いだろう。結局みんな人それぞれの理由があるんだよ。君のせいじゃ無い。そうだ、俺めちゃくちゃ仕事早いんだ。だから早く片付けて一杯やろううよ」

「はい」

本当に那須田はパンの仕込みを素早く済ませて片付けにかかった。

「神業だ」

「俺も君みたいに夜一人で仕事してんだよ。雑念を振り払ってね」



2人で外のベンチに座り買って来た酒やつまみを広げた。

「まあ飲めよ」

「はい、那須田シェフ、雑念を振り払うってどうやってんですか」

「そうだな、僕はいつも日本海に向かって叫んでる」

「叫んでる?」

「そう!すっきりするぞ」そう言って那須田は上を向いて叫んだ。

「うおーーーっ馬鹿やろーーーーーっ!ってな」と言って修造を促した。

修造は濃いハイボールを煽りやおら立ち上がって駐車場の向こうに通っている夜の高速道路に向かって叫んだ。



馬鹿やろーーーッ



経営者ってなんだ!

経営者ってなんだ!

俺はパン職人の修造だ!

文句あるかーっ!



ーーーー



2時

修造は事務所のソファで目が覚めた。

那須田はもう帰った様だった。

「タクシーを呼んだのかな?」

トントンと階段を上る音がする「那須田シェフ」

ドアが開いた時修造は驚いた。

「修造さん」

「あっ!江川!」

「修造さんすみませんでした。僕もう大丈夫です。それで、パン粉ちゃん、瀬戸川愛莉ちゃんがテレビや取材のない日にお店で働いてくれるって言うんですが良いですか?」

「うん、助かるよ」

修造は江川をめちゃくちゃ心配していたが、江川が自分で乗り切って表情も変わったのを見て心からほっとした。

「俺、心配で」

「すみません」

ごめんなさい修造さん。大変なのに迷惑とか心配とかかけちゃったな。自分で店をするのってこういう「人」の事は避けられないんだ。常に色んなことが起こって、人の入れ替わりも当たり前なんだ。パンロンドが安定感ありすぎてわからなかっただけなんだ。昔は当たり前だった事が全然無くなって、常識を守るっていう意識も薄くなって自由になったんだ。

数ヶ月前の僕はパンの世界のキラキラした物を修造さんと一緒に追いかけていた。

江川はトロフィーを手に取った。

ずっしりと重い。

これを受け取った時の気持ちを忘れないようにしなくちゃ。



「僕もう平気だよ」



江川は久しぶりに工房で仕事をしていた。

一人、また一人と職人がやって来る。

「おっ!江川さん。もう体調は良くなったんですか?」

「心配したんですよ」森田と大坂が声をかけた。

「みんな心配かけてごめんね。僕もう大丈夫になったんだ」



5時

江川の様子を見に1階へ降りた修造は何げなく店の方を見た。

すると

誰もいない暗い店の中で、白い手が5個入りのドリップバッグをひとつまたひとつ掴んだ。

その瞬間修造は走っていってその手を掴んで「お前だったのか」と言った。

「何するんですか修造さん、落ちかけていたから直したんじゃないですか」

「えっ」

修造はやらかしてしまったのだろうか?




そんな事は知らずに和鍵が出社してきて江川に気が付いた。

以前とは何かが違う。

和鍵は江川に近づいて行って顔を寄せて言った。

「うざあ」両手を耳の上にあげてピョンピョン跳ねる仕草をして見せた。どうせ修造に見限られて退職を余儀なくされているんだし、誰に何と思われても構わない。

「そんな風に思ってるの和鍵さんだけだよ。他の人はそんな事思ってないもんね。可愛いのが好きなのも、この性格も生き方も、これが僕の個性なんだ。人にとやかく言われることじゃないよ。僕はこれからも変わるつもりはないし、僕は僕に合う人と付き合っていくつもり。和鍵さん、自分の性格を見直した方がいいんじゃない?」

「なんですって?」

こうもはっきり言われるとなんと言って良いかわからない。

江川と和鍵は睨み合った。

「修造さんに取り入ってるだけのくせに」

「それはそっちも同じでしょう?僕より経験浅いのに偉そうに言わないで。僕前も鷲羽君と編み込みパンで勝負して勝ったんだ。なんなら今やってやるよ。和鍵さんの得意な事でいいよ」

江川は急に和鍵に勝負を挑んできた。

つづく


次回江川と和鍵の対決。
そして修造はやらかしてしまったのか?


読んで頂いてありがとうございました。

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