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パン職人の修造117 江川と修造シリーズ ロストポジション  トゲトゲする空間



その頃


岡田と修造は事務所で話していた。

最近の岡田への信頼は著しい。

岡田は「こんなものを見つけました」と言ってマーケットプレイスの画面を見せた。

「このリボンをよく見てください、グリーンの」

「え?」なんだか見覚えのあるドリップバッグをガン見する。

「あ!うちのリボンじゃないか!このまま売るなんて雑な事するなあ」

「いい様にされてますね」

「だらしなくて恥ずかしいよ全く」



2人はその後防犯カメラを見ながら怪しい人物を特定していた。

「あ、これ見てください」

なんとカメラギリギリの所から白い手が見えて5個入りのドリップバッグを2つ持っていくのが映っている。

「とうとう見つけた!でも誰かまではわからないな」

「そうですね、動画のこの部分の時刻は朝6時。完全に店の者です、しかもカメラの死角を知ってるんじゃないですか?」

「あ、カメラを付けた時に2人にカメラの範囲を見せたよ」

「その2人のうちどちらかかも知れない」

「だな」

「会話は何か撮れていませんか?」

「音は出ないんじゃない?」

「そうですか?」

岡田はアイパッドの音量を上げた。

その時

「修造シェフ」登野が改まった感じで話しかけて来た。

「あ、じゃあ僕はこれで業務に戻るので」

「うん、岡田君ありがとう」

修造は岡田を見送ってから登野の方を向いた。

「登野さんも辞めるの?」

「えっ?いいえ」

「あ、ごめん。勘違いしちゃった。えーと何かな」

「江川さんが来なくなって気になってはいましたが、今まで黙ってた事があったんです」

「江川の事?」

登野は体育会系なのかスポーツマンらしいキリッとした態度で言った。

「はい、私、和鍵さんが白栂さんに江川さんの事を悪く言ってるのを聞いてた事があったんです」

「そうなの!」修造は初めてはっきりと和鍵のやっていたことを聞いた。

「白栂さんはそそのかされて江川さんを傷つける事をしたんですが、みんなに白い目で見られたり、修造さんに呼ばれた時に焦ってました。それで分が悪くなったので辞めたんです」

「和鍵さんの目的はなんなの?」

「それは、江川さんが気に入らないと言っていました。追い出そうとしてるんだと思います」

「なんだって?」


修造はすぐに1階へ降りて行った。

臓物の底からじわっと怒りが込み上げる。



いやいや、冷静にならないと。



深呼吸してから工房のドアを開ける。



「和鍵さん、ちょっといいかな」

「何ですか?修造シェフ」和鍵はニコニコと廊下に出てきたが、修造の怒りに耐えた表情を見て真顔に戻った。

「ここは俺と江川の店なんだ」

「でも社長は修造シェフですよね?」

「そうだけど。江川はずっと俺について仕事していた。誰よりも俺のパン作りをわかってるんだ。江川や江川の仕事を馬鹿にするのは俺のパン作りを馬鹿にしてるのと同じことなんだよ。もしそうならもう一緒には仕事できない。ここから出ていって欲しい」

和鍵は全てばれたと思い黙って聞いていた。

「俺たちは店と言う同じ船に乗ってるんだ。よく考えておいてね。今日はもう帰っていいから」







いつもより早く帰って来た和鍵は、台所のテーブルで求人誌を見ていた。

それを見た母親が心配そうに声をかけた。

「希良梨どうしたのそれ?転職するの?」

「私辞めさせられるかも。私なりに一生懸命やってたのに」

「え?ねえお父さん!希良梨が辞めさせられるかもしれないって」

「なんだって?どういう事なんだ。入社した時はあんなに張り切ってたのに」リビングにいた父親がやって来た。

「パワハラかなんかか?」

「ある意味そうかも。江川って人とそりが合わなくて、そしたら辞めて欲しいって」

「なんですって?私達にまかせておきなさい。学校でも塾でも何かあったらすぐに先生にねじ込んで文句いってやったら言いなりになってたんだから同じ調子でやればいいのよ」

「解雇だと?訴えてやる。弁護士の先生に電話しなさい」

「えっ」

和鍵はこんな時の親の瞬発力を何度か見てきた。

何かあったらすぐに学校に意見したり先生を泣かせたりしていた。それが和鍵が自分を守る為の嘘でも何でもだ。

「元気を出して!パワハラ裁判!勝てるわよ絶対!」

和鍵はそんな親の顔をじっと見ていた。

この人達が私を育てたんだわ。

和鍵が過去に学校で注意された事や、最近では職場で修造に言われた事を親に言う時、一部は言うが全貌を言う事は無い。常に自分を庇うように習慣付いている。自分の性格について知ってはいるが認めたくは無い。それでも両親は自分の事をまるで疑ってはいない。

立花の言葉を思い出す。



『このままで良いのかな。私はここにいて少しでも修造さんの技術を学びたい。それが自分の為になるのよ』

そう、修造を裏切りたい訳では無かったのに。



ーーーー





誰もいない工房で修造は1人パンの分割をしていた。

分割した生地を丸めてどんどん箱に入れていく。

いざとなったら自分1人でも仕事できるんだ。全員がいなくなっても。でもそれだと俺は何の為にこの店を作ったんだ。

静かな工房で1人考えを巡らせる。

コンコン

裏口から人が?音の方を振り向く

「誰?」

「久しぶりだね修造君」

つづく




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