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基山瑣末の短編小説

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短編小説をまとめたよ。
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2023年4月の記事一覧

【短編小説】混迷

【短編小説】混迷

 友人の死は私の下へ1番に知らされた。彼には身寄りがなかったのである。
 遺品整理を頼まれた私は彼の借りていたアパートへ来た。寂れた2階建てであった。彼は売れない物書きだった。
 外観に違わず、部屋の中も辛気臭かった。どことなくじめじめしていて、黴の臭いが満ちていた。何も面白味のない簡素な部屋だったが、ただ1つ、異様な存在感を放つものがあった。
 机上の花瓶に、枯れた花が1輪挿されていた。花瓶の形

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【短編小説】贖罪

【短編小説】贖罪

1. 私と富士津西燭の出会いは30年前にまで遡る。
 私の実家に彼の描いた絵が飾られていたのである。
 その絵は、富士津が美大在学中に描いた作品だ。何のことはない、ただのシロツメクサの絵である。しかし、在学時から既に稀代の天才と囃されていた彼の筆力を以てすれば、8才の少年に画家を志させるに足る尤物となる。
 富士津の絵は写実的である。だが、見た物をそのまま写すのならカメラの方が余程上手くやる。彼の

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【短編小説】或る1日

【短編小説】或る1日

 何も浮かばないまま徒らに時が過ぎていく。いくら時間という概念は元来あるものではなく、人間の便利のために生み出されたのだと言ってみたって、机上の時計は針を進めるし、締切は3日後である。私1人が拗ねたところで暖簾に腕押し、糠に釘。望むべくは人類皆が時間へボイコット。
 白紙、白紙である。偏に私の性分が悪い。まず紙に書く所から始めねばならぬ。いきなりキーボードへ手を置いてみた所で、口も目も半開きでスペ

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【短編小説】蜃気楼を恋う

【短編小説】蜃気楼を恋う

 ああ、どうも、こんにちは。あなたが……あ、注文ですか?あなたが飲まれているそれは?では、私も同じものをお願いします。
 しかし、随分と物好きですね、あなた。記者でいらっしゃるとか。意外です。いえ、悪口ではなく、というかあなたの外見や振る舞いに対して言ったわけでもないんです。記者よりはもっとこう、作家の方が好みそうな話ですから。ああ、変わった事件を取り上げていらっしゃる、成程。
 当然ながら、私の

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