ポチポチ物語3
僕が通ってる中学で、飛び降り自殺があった。
飛び降りたのは僕と同じクラスだった男子、山田太郎君で、野球部員だった。
警察が、山田君の自宅の自室の机をあさり、遺書を見つけ、それには、先日の試合に負けたことを悔やむ文章がつらつらと書かれていた。
それで、自殺の理由が試合に負けたことだと分かった。
試合に負けたことによる野球部員の自殺。
でも、それにはおかしな点があった。
それは、山田君が二年生であることだった。
なので、試合に負けたといっても、まだ来年にチャンスがあったのだ。
どうしてそれを待たなかったのか?
そんなに悔しかった?
なにか他にトラブルを抱えていたのか?
どうしてだろう?
僕は個人的に山田君と親しかったわけではないが、でも、身近にこんな事件が起きることなんかそうないし、ことの真相に興味があった。
山田君はなにを思って死んだのか?
僕はそんな興味本位で、山田君の葬式に参列することにした。
で、学校帰り、先生や生徒たちと列になり、葬式の会場に行くと、そこはテレビ局やらなにやらの取材によるカメラやスタッフやらで囲まれた、なんだかのイベント会場みたいだった。
試合に負けたことによる野球部員の飛び降り。
これってどの程度のニュースになるんだろう?
ネットとかで見れるのかな?
それはずっと残るのかな?
データとして?
ボーッと見てると、その中の一団がこちらに来て、僕らにカメラやマイクを向ける。
質問をされる。
「今、どんな気持ちですか?」
でも、僕がなにか答えようとすると、先生が追っ払う。
なにか怒ってるみたいだ。
「まったく、どうしようもない奴らだ」
「これからも来るだろうね」
「うん、たくさんね」
みな、口々に言う。
そうこうするうち、僕らも会場に入り、葬式が始まる。
で、始まってから気づいたけど、葬式って、もう死ぬほど退屈なのだ。
坊さんのお経だのあいさつだのって、山田君の死の謎に関係ありそうなことはなにもなく、あくまでもシステム的に、ことは進んでいく。
まあこんなもんかと拍子抜けするような、でも葬式だしな、と思い、しばらく我慢して座ってるけど、やがて限界がきて、トイレってことにして、お経の途中で席を立つ。
そのまま廊下に出て、帰ろうかと思ったその時、声をかけられる。
振り向くと、細身のハンサムがこちらを見ている。
僕はこいつを知っている。
山田太郎君の弟、有由君だ。
「お前、何しに来たんだよ」
と、有由君に訊かれる。
「なにって、お葬式」
「なんで来たんだよ」
僕は迷ったけど、正直に答えることにする。
「山田太郎君の自殺に興味があって」
僕がそう答えると、有由君は軽く驚いた表情になる。
「へえ、正直だな」
「うん。だって、隠す理由がないから」
「ははは。その通りだね」
「みんな、そうなんだと思うよ」
「ああ、そうだね…」
「でさ、ひとつ訊きたいんだけど、君は太郎君の自殺、不思議だと思う?」
「不思議?」
「いや、だって、野球の試合に負けただけで、来年にもチャンスがあるのに、ジサツするなんてさ」
「ああ、俺はわりと普通というか、まあそうなるのかなーって思ったけど」
「どうして?」
「だって、嫌だったみたいだから」
「なにが?」
「試合について話すのが」
「だからってこと?」
「うん。だから、この前うちのパパが試合の話を兄貴にして、で、兄貴は死ぬほどキレて、暴言まきちらかして、パパと喧嘩して、で、兄貴が勝ったのよ。殴り倒されたパパに、兄貴は、お前の話なんか知らねえよって言ったの」
「へえ」
「で、それからはもう試合について誰も話さなくなって、数日たったら、自殺したって」
「なるほど」
「まあ、試合の話をしたくなかったんだろうね」
「うん」
「だからあそこまでパパを殴るのかなって」
「そんなに殴ったの?」
「うん。もうボッコボコ」
「へえ」
「まだ跡が残ってるもん」
「そうか」
俺は少し考える。
お前の話なんか知らねえよ、か。
そう言ったということは、話、というもの自体を拒絶した、ということだろうか?
話を拒絶とは、どういうことだろう?
「なあ、外行かない?」
と、有由君。
「外?」
「うん。もうここ退屈だから」
俺たちは裏口から外に出る。
裏口の駐車場には、来客たちが乗ってきた車が並んでいる。
それらを眺めながら、ぶらぶら歩く。
俺は、思ってることを有由君に言う。
「なあ、話を拒絶したってどういうことだと思う?」
「話を拒絶したって、兄貴が言ったこと?」
「うん」
「ふつーに、嫌だったんじゃない?」
「なにが?」
「なにがって、他人の話が」
「他人の話?」
「自分の敗けを、他人のなんとか話にされるのが嫌だったんじゃないの。だから殴った」
「なるほど」
「だから、多分兄貴は、そういう他人のなんとか話の外に行きたかったんだと思う」
「話の外?」
「そう。解放というか、まあ死んだら死んだで、またいろいろ言われるんだけどさ」
「……」
「だから、俺、個人的にはなんとも思わない。この自殺」
「……」
「まあ、そうなるだろうなーって」
有由君はあくびをする。
最初からこの子は答えを知っていたのだ。
最初から謎なんかなかった。
なにもなかったのだ。
「なあ、このまま帰る?」
有由君が訊く。
「ああ。そうしよう」
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