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6)長寿遺伝子サーチュインの活性を高めるニコチンアミド・モノヌクレオチドとニコチンアミド・リボシド

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術6

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【断食すると寿命が延びる】

 栄養障害を引き起こさない間歇的な断食が寿命を延ばすことが多くの動物実験で証明されています。

生物が「飢餓によって寿命が延びる」ようなメカニズムを進化の過程で獲得したであろうことは容易に理解できます。このメカニズムを獲得したものが過酷な環境において淘汰に生き残ったと考えられるからです。

全ての生物において、最も優先されるのは種の保存と繁栄です。この種の繁栄に有利な性質が進化の過程で淘汰を生き残ることになります。食糧が乏しくなるとすぐ死ぬような生き物は進化の過程で簡単に淘汰されます。

栄養やエネルギーの不足に対して抵抗性を持つようなメカニズムを獲得したものが生き残ります。  

食糧が乏しい時には、栄養飢餓に対する抵抗性を高め、代謝を抑制して寿命を延ばし、食糧が十分に入手できるようになったときに生殖活動が行えるように、食糧が乏しい条件(カロリー摂取が不足するとき)では寿命を延ばすメカニズムやストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが進化したと言えます。  

例えば、栄養飢餓時にFOXO(Forkhead box O)という転写因子が活性化されます。
FOXOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、DNA修復などに関連する多くの遺伝子の発現誘導を促し、様々なストレスに対する抵抗性を高めます。

つまり、FOXOは酸化ストレスや飢餓ストレスに対する抵抗力を高める作用があり、栄養飢餓を乗り越えるために進化の過程で獲得したメカニズムです。

食糧が少なくなったとき単に寿命を延ばすだけでなく、食糧が得られるとき生殖活動を再開することが目的であるため、若々しく保つ(老化を抑制する)ことも重要です。

すなわち、間歇的な断食は寿命を延ばすだけでなく、体を若々しくする効果もあることになります。


【カロリー制限で寿命が延びる】

 食事を自由に摂取させた場合の摂取カロリー、あるいは通常の食生活で摂取されている摂取カロリーを基準にして、その摂取カロリーより30〜40%程度少ないカロリーを摂取する食事を「カロリー制限食」と言います。

タンパク質や必須脂肪酸やビタミンやミネラルの不足などの栄養失調を起こさずに、食事からの摂取カロリーを30~40%程度減らすと、老化速度が遅くなり寿命が延びることが、酵母、線虫、昆虫、魚、げっ歯類、霊長類(アカゲザル)など多くの生物で確認されています。

マウスやアカゲザルの場合は寿命が30〜40%程度延びるくらいの顕著な効果が報告されていますが、人間ではそのような顕著な寿命延長効果が得られる可能性は低く、せいぜい10%までと言われています。

人間は医学の進歩や生活環境の改善によって、この50年の間に平均寿命が50歳代から80歳代まで延びており、寿命が延びる余地があまり無いというのが一つの理由です。寿命の延びは少ないのですが、体を若い状態に維持する効果はかなり期待できると言われています。

つまり、カロリー制限は体を若返らせ、健康寿命を延ばす効果が高いと言えます。

カロリー制限で寿命が延びることが最初に報告されたのは、1935年のことです。ラットに与えるエサのカロリーを30%減らすと寿命が40%延びたという結果が報告されています。

霊長類では、米国のウィスコンシン大学の実験で、成体から開始した30%のカロリー制限ががんの発生率や死亡率を約半分に減らすことが報告されています。

この研究では、7~14歳のアカゲザルを、食事摂取量を70%に制限した「カロリー制限群」と食事を制限なく自由に摂取させる「コントロール群」の2群に無作為に分けて20年間観察しています。

アカゲザルの寿命は25~30歳程度で,最長でも40歳程度と考えられています。2009年の段階で、コントロール群の生存率は50%であったのに対して、カロリー制限食群では80%が生存していました。さらに、カロリー制限食群では、糖尿病やがん、心臓血管系の疾患、脳の萎縮などの老化性疾患の発生率が3分の1程度に低下していたことが報告され、カロリー制限が老化を遅くするという結論が出されています。(Science 325:201-204, 2009年)

カロリー制限のときに活性化されて寿命延長と抗老化作用に関与するのがサーチュイン遺伝子です。

サーチュイン(サーチュインファミリー)は食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群で、NAD+(nicotinamide adenine dinucleotide)依存性の脱アセチル化酵素としての活性をもっています。(後述)


【補酵素は体内の化学反応を活性化する】

 私たちの体内では、生きていくために様々な化学反応が起こっています。食事からの栄養を分解してエネルギーを産生し、細胞分裂で細胞を増やす際には細胞を構成するタンパク質や脂質やDNAを新たに合成する必要があります。

このような体内での化学反応は酵素というタンパク質が行います。酵素は生体で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子です。酵素は多くの種類があり、その数は約2000種類と言われています。

酵素の中にはタンパク質のみで活性を発現するものもありますが、活性発現にはある種の低分子の有機化合物を必要とするものもあります。
このように酵素作用の発現に必須の低分子有機化合物を補酵素(コエンザイム)と呼びます。

補酵素の多くはビタミンから生体内で作られています。特にビタミンB群やナイアシンは生体内でさまざまな酵素の活性発現に必要な補酵素として機能します。ビタミンB群やナイアシンの欠乏は補酵素の欠乏を引き起こして、これらの補酵素が必要な各酵素の活性が低下し、生命活動の低下が起こります。

 NAD+(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)はナイアシンというビタミンから体内で合成されます。NAD+は細胞質における解糖系だけでなく、ミトコンドリアでのエネルギー産生反応にも必要な因子です。

NAD+レベルは加齢とともに低下し、加齢に関連する疾患の発症に重要な役割を担っていることが明らかになっています。NAD+の細胞内レベルを上昇させる方法は、動物モデルで老化を遅らせ、筋肉機能を回復させ、脳での神経再生を促進し、代謝性疾患を改善することが示されています。


【ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド (NAD) は補酵素として多くの酵素反応に関与する】

 ニコチン酸とニコチン酸アミドは総称してナイアシン (Niacin) あるいはビタミンB3とも言います(図)。水溶性ビタミンのビタミンB複合体の一つで、糖質や脂質やタンパク質の代謝に不可欠です。

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図:ナイアシン(ニコチン酸、ニコチン酸アミド)の化学構造


ナイアシンは電子伝達体のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド (NAD+) やニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドリン酸 (NADP) に変換され、酸化還元反応 (電子が供与体分子から受容体分子に転移する反応) に関与する酵素の補酵素として機能しています(図)。

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図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)とニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドリン酸(NADP+)の構造

NAD+は全ての真核生物と多くの細菌で用いられる電子伝達体です。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態を取ります。NAD+が水素の受け取り手となります。NAD+の構造の中で酸化還元反応に関与しているのはニコチンアミドの部分です。酸化型のNAD+が水素と電子を受け取って還元型のNADHになります。NADHは他の物質の還元に使われます。NAD+は生物のおもな酸化還元反応の多くにおいて必須成分(補酵素)であり、好気呼吸(酸化的リン酸化)の中心的な役割を担っています。


【長寿遺伝子サーチュインはNAD+ 依存性の酵素】

 NAD+は古くから酸化還元反応の補酵素として知られていますが、サーチュインの基質としての役割が知られるようになりました。サーチュインは食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群で、NAD+依存性脱アセチル化酵素です。

哺乳類では七つのサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、核内(SIRT1、 6、7)、ミトコンドリア(SIRT3、4、5)、細胞質(SIRT2)に局在します。サーチュインがターゲットのタンパク質のリシン残基を脱アセチル化する反応をNAD+が促進することで、健康や長寿に関わる様々な生命現象に関与しています。

栄養素、特に糖が減少するとNAD+が増え、サーチュインが活性化します。サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握しているのです。

サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な酵素の活性を調整し、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能の制御に関与しています。
その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮します。

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図:サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握している(①)。絶食やカロリー制限などによって栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、サーチュイン(SIRT)が活性化する(②)。サーチュインは細胞質や核に存在するSIRT1(③)やミトコンドリアに存在するSIRT3(④)など7種類が知られている。サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な転写因子や酵素などの活性を調整する(⑤)。サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響する(⑥)。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮する(⑦)。


カロリー制限(栄養不良を伴わない低カロリー食事療法)は、霊長類を含む多岐にわたる生物種において老化を遅延させ、寿命を延長させることが知られていますが、このカロリー制限のときに活性化されて寿命延長と抗老化作用に関与するのがサーチュイン遺伝子です。

サーチュイン1はPGC-1αを脱アセチル化することによって活性化します。活性化したPGC-1αはミトコンドリア新生を亢進します。

加齢とともにNAD+の産生量や体内量が減少し、サーチュインの活性が低下し、ミトコンドリア新生が低下します。特にエネルギー消費の多い筋肉、脳、心臓などでミトコンドリアの機能や新生が低下します。

カロリー制限や運動やレスベラトロールのような食品成分がミトコンドリア機能を維持し高める場合、NAD+とサーチュインが重要と考えられています。


【加齢とともにNADは減少する】

 老化は、がん、糖尿病、心血管疾患などの成人病や、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の危険因子の一つです。

各臓器や組織の恒常性は、それぞれの組織の幹細胞によって維持されています。組織幹細胞の多くは老化によりその機能が低下することが示されており、老化関連疾患の原因となっています。

サーチュインの活性化は、カロリー制限における寿命延長や健康増進に関わる効果の多くを説明すると考えられています。老化および多くの老化関連疾患は,ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)量の低下,およびNAD+依存性脱アセチル化酵素サーチュインの活性低下と密接な関わりを持つことが示されています。

老化に伴いNAD+量およびサーチュイン活性が低下しますが、ニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR)やニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)などのNAD+中間代謝産物の補充がサーチュインを効果的に再活性化することが明らかになっています(図)。

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図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、特にNAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamideriboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。


NAD +前駆体であるニコチンアミド・リボシド(NR)やニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)の投与は、筋肉や肝臓や心臓におけるミトコンドリア機能を改善し、これらの臓器機能を高めることがマウスなどの動物を使った複数の実験で示されています。

健康なボランティアがニコチンアミド・リボシド(NR)を摂取した場合の薬物動態と血中NAD +濃度に対する影響を検討した臨床試験が行われています。

この臨床試験では、8人の健康なボランティアがニコチンアミド・リボシドを、1日量250 mgから開始し、投与量を増やしながら、7日目と8日目には1日2000mg(1日2回に分けて投与)まで増量して内服しました。
その結果、9日目の血中のNAD +量は平均100%(35〜168%)の上昇を認めました。NRの服用で有害事象(副作用)は認められませんでした。

毎日500mgから2グラム程度を摂取すると、心臓や神経系などの老化性疾患の進行予防に役立つ可能性は高いと言えます。


【NAD+前駆体の補充は高齢者の運動療法の効果を高める】

 これからの高齢化社会において、できるだけ長い期間自分で動けるようにするには、筋肉量とミトコンドリアの機能を高めることが重要になります。
加齢に伴う筋肉量の減少と筋肉のミトコンドリアの量と機能を維持するためには、日頃から筋力トレーニングや持久力トレーニング(有酸素運動)を行うことが重要です。

しかし高齢者では、運動だけでは必ずしも身体機能と心肺機能の期待される改善が得られるわけではありません。運動トレーニングに対する応答の違いの理由は、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD +)代謝における加齢に伴う調節異常が関与している可能性が示唆されています。

NAD+が低下していると、いくら運動しても筋力の増強や持久力の向上が得られないことが報告されています。

つまり、筋肉のNAD+の量が多いほど筋力を高める効果が高い可能性が報告されています。

サルコペニアやフレイルの予防のために運動を行うのであれば、NAD +前駆体のサプリメントを日頃から摂取してNAD+の体内量を増やしておくと、運動による筋肉増強や健康作用をさらに高めることができます。

逆にいうと、NAD+の体内量が低い状態で運動を行なっても、運動による筋力増強や心肺機能の向上の効果は低いということです。せっかくの努力と苦労が報われないということです。

ニコチンアミド・モノヌクレオチドやニコチンアミド・リボシドは以前はかなり高額でしたが、最近は安価に入手できるようになっています。毎日0.5gから1グラムを摂取しても1ヶ月1万円程度です。今後、さらに安くなるようです。


体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

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